168.告白
チャスが賑やかにでていき、リディアはキーファは、準備室で二人きりで取り残される。
緊張する、どうしようと思いかけるとキーファは自然な動作で立ち上がり、当然のように片づけを始める。
リディアは追いかけるように他の片付けをしながら話しかける。
「コリンズ、魔法のことだけど。あなたの主ははっきり告げていないけど、力の内容は、自分で探っていくしかないから」
ただ、とリディアは続ける。
「今日はゆっくり休んで。今回のこと、負荷テスト以上のかなりのストレスだったと思う。あなたの主との対面だから、後遺症は起こさないと思うけれど。――大丈夫?」
キーファが魔法師団で受けるはずだった負荷テストに匹敵するものだ。負荷を与え、魔力の最大値を測り、真の力を目覚めさせるはずのもの。
彼はそれを受けずに自分の力を発現した。テストは必要ないかもしれない。
「何も問題ないですよ」
キーファはリディアを伺うように見た後、何かを言いかけて、手で口を覆う。じっと見つめる瞳。
その熱い視線に戸惑い、心臓がはねて、リディアは思わず顔をそらしたくなる。
けれど彼は何も言わない。
リディアは、声を絞り出す。少し震えていたけれど、話し出すうちに、内容に意識が囚われて平気になる。
「お父様とも力のこと、お話をして。もし届け出をするならば、私も手伝うけど、お父様経由にするならばそれでもいいし」
世界にない魔法を発現したのだ。早急に魔法省に届け出をしなければいけないけれど、彼の父親が魔法省の人間ならば、そちらから経由したほうがいいかもしれない。
キーファは深い鮮やかな湖の色の瞳でリディアを見返す。初めての魔法に興奮するわけでもなく、しかも世界で初めて魔法だというのに、その落ちつきに驚く。
「発現した日時や状況を調査されますか?」
「そうね。ただお父様がいらっしゃるから、それほど厳しく聞かれないと思うけど」
リディアの場合は、国を出ていて学院預かりだったから、誰も守ってくれなくて、魔法省からの調査が厳しかった思い出がある。
「あくまでも申告、ですよね」
「そうだけど……」
何を考えているの?
「いいえ。今告げたら煩いことになりそうですし、大学にもいられなくなりそうですし。もう少し黙っていてもいいですか?」
「それは――。だって、せっかく使えるようになったのに?」
「今までも使えなかったんです。あと半年ぐらい黙っていても誰も困らないですよね」
半年? それって、卒業まで?
「――先生は、まだ補習を続けてくれますか? 見てくれると約束してくれましたよね」
「でも、それは魔法師団で――。それならディアン先輩に頼む。彼ならば黙っていてくれるから。私じゃ力不足よ」
リディアが関わるなど、キーファの能力の損失だ。ああでも、確かに届け出をしたら、あらゆる研究機関から研究協力の依頼が来るだろう。まだ明かさないほうがいいのは、確かかもしれない。
「いやです、俺は先生がいい」
「ええと、でもね」
キーファは、ディアンの名には全く反応しない、おかしいぐらいにスルーしている。ちょっと待って。これって、ウィルの時と同じ?
「あなたも気づいているでしょ? あなたの力はすごい。そして役目も――」
「循環と言いました。そしてたぶん、俺はもう六属性の力が使えます」
「――世界は円盤。六芒星でも六角形でもなく、六属性は円陣の中にある。そして、力を滞りなく回すのがあなたの役目」
『風は水をうみ、水は木を育て、木は火を燃やし、火は土をならす、土から金は生まれ、金は風を作る』基本の考え方だ。
その循環をキーファが支えるのであれば、六属性はそのための力をキーファに惜しみなく与えるだろう。
何かの偏りがあれば、それを正すのが彼の役目。邪が増えれば聖を、死が増えれば生を。何かの力が強くなれば、それを正す。
それって、世界の根幹を支える役目だ。
キーファは、そのための刻(とき)を操る力の持ち主だ。
「魔法会の根底を揺るがす発見よ。もちろんあなたの力を告げる必要はない、けれど六属性の概念、根本が覆される。あらゆる研究機関から声がくるわ。研究者も目指していたでしょう? 大変だろうけれど、あなたのチャンスにでもなるわけだし」
「それは、卒業後でも構わないでしょう? 俺は今、自分で自分の時間を決めたい。父にも言わなくても平気ですよ」
それに、とキーファはリディアの腕を取る。
「傷を見てもいいですか?」
頷くと、彼がリディアの手に巻かれたハンカチを外す。人形を脅す時に、リディアが自ら突けた傷は、かすり傷だ。
彼が手をかざすと、すうっと傷が消えて行く。
「すごい、もう使いこなしている」
でもキーファの顔色は悪い。リディアは彼の腕に触れる。
「初めてだから無理しないで。いきなり使いすぎてはいけない」
それにこんな傷で、大いなる力を使ってはいけない。
「いいえ。先生の傷が治せて嬉しいです」
彼はリディアの懸念を払拭させるように続ける。
「俺の意思で使うと告げましたし。好きにやらせてもらいます」
それは、キーファのバランス感覚が優れているからだろう。ある程度の事は自分で解決するし、世界の流れを変えてしまう使い方はしない。
彼の判断に任せる、ニンフィアが彼に告げたのはそういう意味だとリディアは思う。
リディア自身も、彼がこの力を持った事自体には不安はない。たぶん、彼は驕ったり間違えた使い方はしない。
ただ――今後苦しい立場に追い込まれそうだけれど。
――自分は支えていけるのだろうか。
リディアは浮かんだ不安を打ち消す。関わったのだ、逃げる訳にはいかない。一番不安なのは、きっとキーファのはず。
「コリンズ、座って」
決意を持って促すが、彼は座らずリディアの腕をつかんだまま覗き込んでくる。彼とリディアの考えることは似ているようで、違うのではないかと、少し不安になる。
「負荷テストの話が出た時、俺が一番怖いものはなにかと考えました」
「……?」
「すぐに思い浮かんだのです、そしてそれは確かでした」
「コリンズ?」
どうしたのだろう。何か、違う話をされそうな気がする。
「――この片付けの前、何かありましたか?」
リディアが言葉を失うと、彼は自嘲気味に笑う。
「立ち入るつもりはありませんでした。でも訊いたのは、わざとです。たぶん、何があったのか、わかります。俺はもう――知らないふりはできない」
「……なんでもないのよ」
キーファは、目を細める。瞳には気遣いがあった。
「困ったら、考えなくていいと思います。アイツはずっと
「……」
「――じゃあ他のことを。先生は他にも気にしていることがありますよね――ニンフィアから聞き出せるかもしれない」
「――だめよ」
リディアは首を振る。利用しようなんて、駄目だ。神に近しい存在、いや神そのものかもしれないのだ。
「ひとつだけ、いいでしょうか」
キーファの声が改まる。リディアは知らず身構えていた。彼の涼しげな眼が、熱を帯びているように見える。
「コリンズ」
リディアが警戒をしたのを感じたのか、キーファが笑う。それは自嘲の寂しげな笑いだった。
「あの時、あの場で言いました。あなたが好きだと。本気です、誰よりも大事です」
「--」
「俺が怖いのは――あなたに何かがあることです。傷つくことから守りたい」
リディアはどうしていいのか分からず固まる。断る? 制止する?
だが、キーファの指が伸ばされて、リディアの唇の上にそっと触れて留まる。何も言わないでとその目が雄弁に語る。
「答えはいりません。あなたは、何も変わらなくていいです。ただ」
一度伏せられて、また顔が上がる。
「二人の時は、あの時と同じように呼んでもいいですか? リディア、と」
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