151.存在意義

 真っ白な壁は継ぎ目がなく、煌々とした明りを反射して目がチカチカする。


『それでは、レベルファイブの火炎魔法を二倍で発現します』


 ――レベルファイブ。


 初めてだった。ダイジョブかな、って一瞬よぎるけど、まあいいかって思い直す。

 魔法のランクで、レベルワンは、火炎魔法だとしたら火炎瓶一本ほどの威力だ。二倍というのは、二人でその魔法を掛けたという意味だ。


 チャスは、ポケットに手をいれかけて、それがないことに気づく。

 カスッた、がっかり感。いつもの私服じゃなくて、つるつるして継ぎ目のない分厚い防護服だと思い出す。

 これは魔法効果を防ぐもの。実験だから安全を期して着せられているが、モコモコの宇宙服を着ているというより、ただのデブになった気分で嫌だった。

 

 そんな事を考えていたからか、いきなり目の前に大量の火炎が出現して、チャスの周囲を取り囲む。

 あっという間に、それはチャスの背の高さを越えて部屋中に炎があふれかえる。


『ロー君?』

「ヘーキ」


 天井から降ってくる声は、向かいの部屋からのものだ。防護服のおかげで、熱さも何も感じないし、チャスに被害を与えるものではない。


 目を閉じる、自分の中、魔力の溜池。なにもない、役にも立たない。

 息を吸って吐く。

 そして――終わり。






「ロー君、お疲れ様。これは謝礼だよ」

「ドモ」

「少し考えごとかな、平気かい?」


 実験の始まりにぼんやりしたことだろう。チャスはヘーキ、と呟いた。


「君の能力は、凄いな。レベルファイブの魔法でも消滅させてしまうのだから。次は、いよいよ魔獣の魔法も試してみるんだろう」

「そうだっけ?」

 

 チャスは生返事をしながら、もらった封筒を開封して謝礼の金額を確かめて、受領サインをする。

 そして、なんだっけ、と顔を上げる。


「そうだよ。そういえば、同意書にサインをしたかい?」

「違う研究になるの?」

「嫌だな。誰も説明書渡していなかったのかな? とりあえず渡しておくから家で読んで、同意書にサインをしてきてくれよ」


 チャスはそれをポケットに突っ込む。


「――エルガー教授ってさ。論文出したの?」

「あ、ああ、うん。そうだ、読むかい?」

「――図書館で検索するからイーヨ。別に俺、興味ないし」


 チャスは呟いて、それから肩をすくめる。


(ねずみ、モルモットっていうのか? あれみたいだけどな)


「俺のって、魔法じゃないの?」

「特殊能力、と言えると思うよ。魔法に分類されるかどうか――六系統ではないから、難しいかもしれないね」


 “被験者A、魔法に分類できないため分析対象からは外した”

 教授の最初の論文ではそう書かれていた。


 被験者Aは自分のこと。誰も何も言ってこなかったけど、すぐにわかった。

 研究に参加したのに、自分は考察どころか、結果にさえも含まれていない。

 

 それ以降は読んでもいないし、教授も最後まで何も言ってこなかった。

 じゃあ何でも今も実験に参加しているかと言うと、別の研究らしい。でもそれが何かはわからない。

 

 チャスがエルガー教授の被験者になったのは、二年前。それからずっと教授の共同研究者の在籍する国立科学研究所で、実験協力している。


 もともと大学で教授の領域を専攻したのも、実験がしやすいから教授と繋がっていてほしいって、この研究所で勧められたから。入ればそれだけで単位がもらえると聞いていたのだ。

 なのに、全然楽じゃない。

 

 ケイがリディアに文句を言いたがる気持ちがわかる。授業も実習もメンドイ。

 

(でもセンセ、結構必死だしな)

 

 年下だし、頑張ってるしな、と思う。

 タイプじゃないけど、……ほっぽり放しじゃないし。


 何しろ教授とは、実験では一回も顔を合わせたこともない。


(ま、俺には興味ないんだろうし)


 教授は、データだけ貰えればいいらしい。


(――俺の能力、実験に協力すればわかるかもって、昔は思っていたな)


「自分の能力は何なのか」は、結局わからないままで。


 この実験は「どこまでのレベルの魔法を消滅できるのか」その繰り返しだった。


「この力は何の役に立てるのか」、「他の魔法は使えるのか」それもわからない。


(そもそも、魔法なのかも怪しいじゃん)


 わかっているのは、周囲の魔法を全て消滅させてしまって、何の役にも立たないこと。

 他の魔法師と一緒にはいられないってこと。


(まあ、金を貰えればいいんだけどさ)


「レベルファイブってさ。特級魔法師グランマスターの魔法の威力?」

「え、特級? レベルファイブが?」


 チャスが思い出したのは、ディアンとウィルの魔法。モニター越しでしか見ていないが、アレは何だったのだろう。


「まさか。特級はレベル外だよ。だから特級なんだよ」

「どのくらい上なの?」

「そうだな……レベルファイブの一万倍でDかな。その上にはC、Bと続いてA級、そして最上級はSS級。大陸一つを沈めた“ダンムールの恐怖”あれが、A級。SS級は、獣王を封じたクラスだよ」

「四獣結界は?」


 研究者は目を瞬いた。


「なんだいそれ?」


(ふーん)


 知らないのか。つまんねーの。


「大学に戻るのかい? エルガー教授によろしくお伝えしておいてくれ」

「あの人、大学に来ていないんで。よろしくできないっス」

「わかった。君に次の研究の説明をしたことを伝えておくよ」


(説明、受けていないけどな)


 チャスはそう思ったけど、まあいいかと思った。

 謝金さえ貰えればいい。


 ――あなたの魔法ね、すごいものなの


 ふと声が蘇る。

 わけわかんなくなって、諦めていたのに、唯一魔法だって言ってくれた。


 ――あなたに来て欲しいっていう機関が、たくさん来ると思う。


 一瞬、本気にしかけた。

 けど、今は違うってわかる。


 そもそも、魔法じゃないって言われるし。


 それでも、その言葉が頭に残る。


(だったらさ、なんで俺……)


 今ここにいない彼女に、問いかける。


(――誰にも、必要とされてねーの?)

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