136. 喧嘩売ってる?


 今回、作戦前ブリーフィングに学生は参加していない。

 かわりに、目的達成後に使用した魔法の術式や、効果発現の分析を行う。自己とプロの魔法師による客観的な分析。


 学生は攻撃や防御のための魔法を、なぜしなかったか、ではなく、なぜそうしたのか、を説明させられる。

 責められはしないが、他者を納得させなくてはいけない。そこに妥協はない。


 なんとなく使ってみたなど、あいまいな効果を狙っていた場合は曝け出される、黙り込んだり、誤魔化しで答えても無駄。

 なぜなら現場は命がけ。一緒のチームでは、互いの魔法の相乗効果を考えなくてはいけない。


 そうして自分の行動を振りかえさせられて、次はどうするか、を徹底的に身につけさせられる。


 もちろんこれは新人まで。経験を積んだ団員になれば、いちいちあの魔法はどうだったなんて言われなくなるから、学生にとっては貴重な機会だ。

 そんなことをしている実習先は少ないから、大学は概ね求めていないかもしれないが、実践実習では大事なことだと思う。


 ――魔獣との戦いは命がけだ。

 学生であっても魔獣側は気にせず命を狙ってくる。それに対抗して命を奪うのだ。倒した、よかった、で終わりではない。


 十分に活かしてもらいたい。

 

 キーファが立ち上がり、レポートを読み上げる。


「今回、魔法を使用したのは図に示すように、A、B、C、D地点。各地で使用された魔法を示します」


 さすがキーファだ。壁の地図に重なるようにポイントがつき、彼が示すとおりに報告が投影されていく。魔法、その術式、発現時間、効果。


 団員たちは、無言でそれに目をやる。

 行程の無駄を指摘し、キーファが修正案を述べると、概ね彼のリーダーとしての調整能力は評価されたようだ。


 次に矢面に立ったのはウィルだった。

 ウィルは今回の魔獣討伐で相当活躍した。が、術式はかなり無駄も多く、行き当たりばったり。

 

 とは言え臨機応変にできていたともいえ、厳しいツッコミは団員たちの趣味にも思える。


「その魔法術式は? 効果範囲と発現、持続時間の設定は?」

「魔力注入は五十秒、熱伝導魔法で効果は三百度とした。発現までは十秒ほどを予想した」


 肉食蟻を焼いたときの魔法を説明させられている。


「が、効果がでたのは四十秒だな」

「術式の効果範囲を限定距離にしたほうがいい」

「その術式だと効果範囲は半径十メートル、持続は百八十秒。が、効果二百メートルまで及んだな」

「魔力制御ができてねぇ。今も垂れ流し状態だ」


 団員の指摘にリディアは頷く。


「ウィル・ダーリングの魔力制御方法については、検討します」


 ガロが団長に顔を軽く向けて口を開く。


「その魔力制御だが、こいつはD級の炎召喚もやれるんだ。うちで面倒見たほうがいいんじゃないか?」


 その対象者はもちろん、ウィルのことだ。

 ウィルが驚きで目を見開くが、誰も押し黙ったまま。ディアンの返事待ちなのだ、彼の声だけが響いた。


「いや――。それについては、大学側に」


 ディアンは、珍しく歯切れが悪くリディアを見て、更に珍しいことに顔をしかめる。判断を下す時に表情に出すなんて、どういうことだろう。


(何? なんの不満があるの?)


 だが、その彼の動揺はすぐに消えた。まるで勘違いだったかのように。


「――ウィル・ダーリングとキーファ・コリンズの魔力制御については、うち預りとする」


 ディアンの申し出に、リディアは立ち上がり頭を下げてお願いしますと言おうとした――したのだが。


「は? 俺はまだいいって返事してねーけど」

「俺も――、具体的な方針を示してもらってから、考えさせてください」

「はあ?」


 リディアは二人を振り返る。


「だって俺はリディアに特別授業をしてもらってる最中だし」

「俺も。まずはハーネスト先生にお願いしている最中ですので」

「なんなの!? 私よりこっちで――」


 二人は、ディアンを向いたまま、まるで宣言するかのように告げる。


「俺はリディアがいい」「俺も、ハーネスト先生にお願いします」


 ヒュウって誰かが口笛をならした。


 ディアンが黙る。その顔は僅かに顔が動いただけで、感情の乱れはない。

 いや――目を眇めている。やっぱり不機嫌?


「あのねえ。折角の機会なのに」


 だが、彼らがどこで指導を受けたいのか、選択をリディアは強制できない。そしてディアンは「好きにしろ」と言うだろうな、そう思った。


 ディアンは、黙る。そして口を開く。


「二人の魔力値の精密測定は魔法師団で行う。その結果次第では、制御方法の実技指導は、教員と団員両者立会のもとに行う」


 ディアンはことさら凄みを込めたわけではない。が、有無を言わさぬ迫力があった。


「二人きりの個人指導は、今後なしだ。リディア――いいな?」


 眼光鋭く命じられて、リディアはこくこく頷く。なんかこっちにお咎めきた!


「うちから大学に通達を送る。お前たちの魔力値を考えろ、いち教員に負わせるな」


 魔法師団は王の私物だし、大学も王立。大学は、王族からの命令には概ね逆らえない。ディアンは王のご意見番だ。これは王命になるのだろうか?


 勿論、彼らの魔力値を考えると、然るべき機関で見てもらったほうがいいのは言われるまでもない。


 けれど視界の端では、キーファはやや上気した顔でディアンに挑むような目で見つめ返し、ウィルはやや青ざめた顔で敵のようにディアンを睨みつけている。 

 それに尊大に構えるのがディアン。


 まさかとは思うけど、団長に喧嘩売ってるの?


 みんな、どうしたのだろうか。

 周囲の団員たちも面白がっているような気配が満ちてリディアも頭が痛い。娯楽じゃないんですけどね。


 リディアは取りなすべきか迷い、不意に気づく。

 そんなことよりも、大事なことがあった。


「一つ確認したいことがあります」


 リディアが意識を切り替えて、静かに強く切り出すと、団員と生徒の顔が全員こちらを向く。


「キーファ・コリンズ、及びウィル・ダーリングの教育、指導を行っても、彼らの将来に関して一切の強制力を働かせないことを、確約頂けますか? またキーファ・コリンズに私が譲渡した魔法剣に関しても、指導以外において魔法師団は何らかの圧力を与えないこともお約束ください」


 学生二人の同意は得ていないが、これは教員として必要なことだ。将来、彼らが魔法師団に属するよう強制されることがないようにしておかないといけない。


 ウィルとキーファの視線を感じる、リディアはそれを跳ね返す。何も言わせない。

 ディアンは頷いた。


「いいだろう。後で文書を作成させる」

「彼らにも確認させてもよろしいですか?」

「当然だ。署名してもらう」


 リディアが振り返ると二人とも頷いて、じっとディアンを見ている。

 それは憧れでの視線ではなかった。

 

 シリルがにやって笑ってリディアに親指を立てるが、リディアには嫌な予感しかなかった。

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