101.痛い指摘と妄想と


「さて、どうすっかな」


 ウィルが声に出してみたのは一度落ち着くため。


 地下空間は明らかに人工的に作られたとわかる。

 側面に螺旋を描く階段状の窪みは、内壁の蠟燭に明かりを灯すためだけにあるようで、ここより上には続いていない。

 しかも年月による摩耗か、または小柄な人間が利用していたのか、窪みは浅いもので、ところどころ崩れていて、正直足元はおぼつかない。

 

 ぱらぱらと土塊が底知れぬ闇へと落ちていく。

 

 ウィルはヒュウ、と息を吸って、持ち前の身体能力を発揮して、軽いステップで地下の最深部へと下っていった。


 リディアの造った明かりは、ウィルの頭上で漂う。


「――おい、無事か」


 野太い声が響いて、ついでするするとワイヤーを伝わり下りてきたのはシリルだった。

 彼女はウィルの隣に降り立つと、ワイヤーを手の中に巻き戻してしまう。


「無事、だけど……」


 ウィルの疑問の眼差しを受けて、シリルは笑う。


「自力で戻るのも実習だ」

「――ああそう、だな」


 まだ実習中なのか。そう言われたら「はい、そうですか」と言うしかない。


「ふーん」


 シリルは、ウィルを見てニヤリと謎の笑みを浮かべたが、ウィルが問いただす前に視線を地下空間の先に、向けていた。


「つーのは、どうでもいい。本命は、この先に何があるか、だな」

「は……何が?」

「どうでもいいって」と突っ込むよりも、シリルがなにを見つけたのか尋ねかけてウィルは言葉を呑む。


 地面には、何かが這ったような跡がある。具体的には、凸凹の石床をてらてらと光るものが筋を描き、この先を目指している。


「なんだ? あの化け物の跡?」


 カタツムリの通った後みたいだ。こんな粘液性の物質を出す生物だったか?


「屍骸がない以上、そうだと考えるのが妥当だけどな……」


 シリルは宙を見据えて、しばらくぼそぼそと口を動かし会話をしていた。通信だろうか。それを切るとウィルに顎をしゃくった。


「調査する、お前付き合え」







 自力で脱出しろと言うわりにシリルが先頭をきって歩いている。

 ウィルはその半歩後ろを歩きながら、光球が照らすシリルの笑みが強張って見えて、口を開く。


「ここ、やべえの?」

「お前には感じねーか? この魔力」

「わかんねーけど」


 言いかけてウィルは続ける。


「リディアは魔力が見えるって言ってたけど、みんな見えるの? あのスキャンってなに?」

「リディアは感応系だからな。あれほど同調できるのはなかなかいねーよ」


 シリルはあんまり気にしていないのか、足音を潜めたりもしない堂々とした歩き方だ。それでも警戒は解いていないのだろう。周囲にめぐらす視線は鋭い。


「感応系?」

「風や水属性魔法師は感応能力が高い奴がいるんだ。だから治癒魔法が使えるんだろ。治癒魔法は、色々方法があるらしいが、リディアは他人と魔力波を同調するってたな。スキャンも同じ原理なんだろ」

「スキャンってみんな出来るのか」


 シリルの説明は全く分からないが、気になったところをウィルはピックアップする。


「できねーよ。うちに来た時、入口でスキャンされただろ。人間でできるのは、リディアが特別。まあシールドの奴らにはできるのもいるらしいけどな」

 

 どうもシリルは、自分の言いたいことだけを話すタイプらしい。リディアがスキャンで告げていた値がなんなのか、後でリディアに聞こうとウィルは思った。


 リディアが丁寧に説明をしてくれていたんだと改めて思い知る。


 シリルは戦闘服でウィルの一歩先を歩む。

 彼女が呟くとリディアの作った光球の照度が落ち、ほのかな明かりになる。


「キーファだっけか? ヤツが気にしてたな。お前、――経験者か?」


 何が、と一瞬思ったがすぐに分かった。

 アーチェリーのことだろう、ウィルは隠す必要もないから、ああと短く答えるが、それ以上は話さない。


「あの魔法剣ダガーも、リディアのもんだろ。いいとこを奴にばっか持っていかれて悔しくねーのか?」

「悔しくねーよ」


 ウィルは素っ気無く、そして淡々と答える。


「キーファのほうが使いこなせてるんだし、俺はいいよ」


 何の感情も篭っていないはずだった。

 なのにシリルはいきなりウィルの手首を掴み、ひっくり返す。


「だいぶ硬くなってるな」


 ウィルはその手を引き剥がす。そして顔を背ける。


「猛練習したのを知られんのは、恥ずかしーか?」

「別に。わざわざ主張するもんじゃねーし」


 リディアから剣を教わってから、ウィルは近くの武術を教えているところを片っ端から訪ねた。

 どこも精神修行的なところから入り、即効で有効な攻撃を教えて欲しいと言ったら即断られた。


 結局、伝統武術の短刀術を指南している道場に通いつめて、なんとか短剣ダガーを手に馴染ませるまでには至ったが、有効な攻撃も防御も全然できていない。


「いいこと教えてやろうか」


 ふいにシリルがウィルの首に腕を回して、抱え込んでくる。腕はまるで男のもの、抱え込まれても、身体には柔らかさがない。


「リディアと比べてんじゃねーぞ」


 指摘に顔を赤くしていると、「お」と驚きの顔が見下ろしてくる。


「経験ありか。リディア、そこまで許したのか。やべーな、うちの野郎ども」

「え?」

「いや、こっちの話」


 そしてシリルはニヤニヤと笑う。


「感応系で同調力の高い魔法師は、めちゃくちゃ感度がいい」

「――は?」


 ウィルが話の概要をつかめずに返すと、シリルは察しの悪い奴だなと口を尖らす。いやいや、説明が足りねーし。


「これは魔法師間でよく知られている事実だからな。リディは感じやすい、あれだけ能力高いからかなりだろうな。気の毒なくらいに。魔法師団の野郎どもが言うには、感応系魔法師とヤると中毒になる、一度でいいからお願いしたいって言われてるほど。だから楽しみにしとけよ」

「--は? え?」


 シリルは背を向けてさっさと行ってしまう。なんだ、今の。

 ウィルは尋ねながらも、顔が赤くなっていく、つまりえーと、そういうこと?


「それって、身体が……」

「全部が、だよ」


 シリルは煽るだけ煽って反応に困るウィルを見て楽しんでいるようだ、ちょっと待てよ。色々やばいんだけど。想像しそうになるのを慌てて堪える。



「ところでな、あの魔法剣ダガー。リディの初任務での、古代文明遺跡からの遺物だ。リディはずっとそれを自分の護身用に身につけてた。黄金期の魔法具で価値も高い、かなりの思い入れもある品だ。譲ってやったなんて、ずいぶんお前も懐が広いな」

 

 またその話だ。ウィルは、全くこだわっていない、そういい切ったはずなのに顔がこわばる。


「ま、嫉妬で女の事情もタイミングも図らず、後先考えず押して嫌われちゃ仕方ねーな」


 ウィルは反射的に、シリルを睨みあげた。


虫目ワームは、結界の中には入れねーけどな。大体分かるんだよ、青臭い奴がなーにしちゃうか」


 リディアに手を出したこと、だろうか。

 虫目ワームとは何かは語らないが、監視カメラの類だろうか。


 爆発のとき、リディアが結界を張った。結界は、すべての魔法の影響を防ぐものだったはず。虫目ワームが、魔法で動くものならば、そこに侵入はしていないはずだが。


「ゴリ押しは失敗、リディアには逆効果。ま、うちの野郎どもへの挑発は成功」

「アンタ、何が言いたいんだよ」

「リディが感じやすいのは、全部ったろ。精神もだ。やたら他人のことを気にしては同情しちまう。訓練はしてるが、構っちまうのは癖なのか性格なのかはわからねーけどな」

 

 シリルは鋭い眼差しで、ウィルを見据える。


「それを受け止めてやんねーとな。今のまんまじゃ、難しいぞ」

「そんなの……」

「親友(ライバル)に点数負け。このまんまじゃ女(リディ)も持っていかれるな」


 そう言って煽るだけ煽って、また先にいってしまった。


 ウィルは顔が強張り、そして拳を握り締めて、彼女を追う。

 ――見透かされている。男心も、妬心も、リディアへの思いも。


 強張った表情で追いかけたウィルは、シリルの鉄壁のような背中に突き当たり、寸前に足を止める。


 そして、異様な気配に息を呑む。


「なんだ――」


 言いかけて、言葉も呑む。

 魔力を見ることも感じることもできない。けど、気配というものはわかる。


 異様な気配に圧迫される、濃密で息をするのが苦しいほどだ。

 

 一本一本が両腕で抱えきれないほどの巨大な円柱が立ち並ぶ回廊空間、だがここはホールでも神殿でもない。


 この地下空間は昔は貯水槽だったとキーファは言っていた。つまり、この空間に水をためていたのだろう。


 その円柱に張り巡らせている巨大な白い糸でできたハンモック。そこにぶら下がる無数の繭は半透明で、中はたくさんの虫がうごめいている。


「ぐぅ」


 ウィルは喉を押さえて吐気を堪えた。



 無数にうごめくのは、蜘蛛の幼生だった。何万どころの話じゃない。

 体育館並みの広さの空間いっぱいに無数の繭があり、その中のひとつひとつに子どもがうごめいているのだ。


「これって魔獣の幼生かよ。孵ったらどうなんの?」

「問題はそれだけじゃない」


 シリルの硬い声にウィルは視線を足元に辿る。

 ゴツゴツした黒い岩石で作られた地肌には、黒い羽と肉塊、そして大量の赤黒い血溜まりが残されていた。

 目玉とキーファの折れたアームが落ちている。


「あのバケモン、喰われたのか……」

「子どもを育てるには、養分が必要だからな」


 魔法師である彼女自身も薄気味悪そうに眺めている。


「さて、どこに行ったか、だ」

「どこへって、巣から出てったのかよ」

「子どものために食料調達が必要だろ」


 ウィルは息を飲んだ、それってつまり。


「魔獣の好物は魔力のある人間。そして、この上には丁度いい餌がわんさかいる」


 ウィルは目を見開き、反射的に天井を仰ぐ。餌、つまり――上にいる生徒たちだ。


 シリルは耳に手を当てて顔をしかめた。


「ここは、通信阻害に加えて魔力障壁があるな。通信機器も使えねえし念話もできねえ」

「それって」

「上と連絡がつかねーってことさ」


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