76.転移

 転移陣は、転送機能を持つ魔法陣のことだ。魔法を扱う機関には、転移陣が常設してある場合が多い。その様式は様々だが、一般的には転送先が固定されているものが多い。


 だが、転送先が数箇所に設定されているものもある。そういう転移先が流動性のある転移陣の場合はそれを扱える魔法師が必要となる。

 魔法師団にはもちろん、転移室所属の魔法師兼技師がいる。主に、転移陣と転移に必要な魔法術式に精通しており、魔法陣を起動できるほどの魔力が必要とされるのだ。

 

 昔からいるなじみの初老の技師にリディアは手を振り挨拶をして、生徒に遅れて転移した。


 今回利用したのは、砂漠の任務地に飛ぶように設定された転移陣だった。

 薄暗いテントの中に転移した生徒たち。そこは転移専用の仮設テントで三十平方メートルほどの空間。 

 リディアは生徒達の興味と興奮と、そしてわずかな緊張混じりの表情に安心させるように頷く。


「先生。今日、魔法を思いきり使えるのが楽しみなんだ」


 ケイが微笑みながら、リディアに笑いかけてくる。あれからケイは講義を二日間休み、何事もなかったようにこの実習にきていた。

 全くこの間のことがなかったかのように振舞う彼の様子はかなり異常にも思えるが、それもいつもどおりの彼のような気がする。

 

 先日のことを話さなくてはいけないと思いつつ、今日は実習にリディアも専念する。


「魔法は楽しみで使うものじゃないのよ」

「勿論。評価だよね」

「そうだけど」

「魔獣にとどめを刺したら高得点なんでしょ。僕頑張るよ」

「それは違うから」


 そんなこと言っていない。ケイを追ってテントを出たリディアは、生徒達が立ちつくしている様子にケイのことを忘れて苦笑した。


 そこは、あたり一面砂漠だったからだ。


 そして、目の前には戦争映画に出てくる装甲輸送車。武装した兵士たちを運ぶ車だ。後部のハッチが観音開きで開き、中には戦車が詰めそうな広い空間。

 左右に幅の狭いベンチがついていて、そこに見合う形で空間を真ん中に座る。


 学生たちは落ち着かない様子で乗りこむが、開け放たれた入り口の向こうから遅れてやってきた集団に息を呑んだ。


 周囲に団員を引き連れ歩く姿。第一師団ソードの団長、ディアン・マクウェル。

 身長は百八十三センチ、体重はどのくらいだろう、七十キロはあると思うけれど。

 熊のような体型もいる他の団員達に比べれば、戦闘員としての体格だけを見ればさほど目立たない。

 

 けれど、彼の筋肉は鋼だ。衣装の下にあるのは、鍛えられて引き締まった肉体。魔法師としての能力に更に磨きをかけ戦闘能力を強化しているのは、彼の身体能力にあるだろう。


 リディアは二年ぶりに彼の姿を見つめる。

 派手さはない。赤みがかかった漆黒の髪、深紫にも見える沈んだ黒い瞳、そして黒装束、色彩がないにもほどがある。

 

 夜明けの群青に溶け込んでいる佇まい、なのに圧倒的な――存在感。

 

 魔力は抑えていて感じないはずなのに、彼が現れた瞬間、人は本能で危機を察知し、振り返りたいと思わないのに振り返る、そしてそのまま固まってしまうのだ。

 

 まるで背後に巨大な肉食獣が現れたかのような緊迫感を持ち振り返るが、そこにいるのは中肉中背に見える男性。

 あれと思いながら見ていると、次第にそれが人間なのかわからなくなる。得体のしれなさに落ち着かず、そして怖くなり目を逸らす。そんな存在だ。

 

 しかし、団員は慣れたもの。彼の行く手を阻まないように、あちこちから作業服姿や魔法衣の男たちが、彼から指示を貰おうと世話しなく行き交う。

 何しろ彼に出してもらわないと進まない処理や話が常に舞いこんでくる。 


 その都度、彼は前方を見据えながら、指や顎を軽く動かしながら指示を出す。時には左右に従う者達が、彼の代わりに捌いていく。


(調子は悪くないみたい)


 彼の魔力を表面上ざっと撫でたリディアは、変わらないどころか、更に魔力を増した様子に舌を巻く。 

 魔力の成長は思春期までがピークだ。今でも増え続けていたら、それは確かにあらゆる方面にさらに驚異を与えているだろう。


 そうしてペースを落とすことなく総勢二十人余りの黒い集団が、装甲車に乗り込む。効果音がついてもいいくらい。


 その瞬間、生徒達はぽかんと見ていた視線を慌てて逃す。

 が、キーファはさすがだ、表情を変えず落ち着いたもの。ウィルは硬い表情で、目を眇めてディアンを睨んでいる。ていうか、……そんなふてぶてしい子は初めてだ。バーナビーは寝ていた(嘘でしょ)。


 ディアンと会話をしていたディックが、リディアを見て軽く親指を立てる。片頬に傷がある副団長のガロがにやりと笑う。


 そしてディアンは、リディアをちらりと見ただけ。

 先程リディアが、治癒魔法師としての癖で魔力を撫でたのに気がついているはず。彼は仲間以外にはそんなことを許さない。だから既にリディアの存在を認めているのだろうけれど、挨拶はない。

 

 リディアは緊張と安堵という交感神経と副交感神経が両方騒ぐ複雑な感情に襲われて、息をついた。

 

 しばらく人が入り乱れ、ようやくディアンが腰を落ち着け合図をすると同時に、車は走り出した。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る