75.武器の意味

 リディアとシリルは他の生徒ともに、キーファを連れて運動場に向かった。

 運動場に隣接して鍛錬場がある。

 鍛錬場は武術の鍛錬、運動場はマシンがあり身体を鍛える用途に用いられている。

 その奥には射場があるが、銃器を扱う団員のほうが圧倒的に多いため、人気はなかった。


 未明の頃、薄闇の中で、キーファが静かに構える。他の生徒たちも静寂に気圧されるように固唾をのむが、当の本人は気負いもなく的を見据える。


 的に向かうキーファの足がまえスタンスも、胴がまえセットも自然体だ。背骨から頭までまっすぐ伸びており、落ちついているのにすきのない構え。

 矢つがえノッキングから引き分けドローイングまで滑らかに行い、フルドロー時も両肩が下がり、かつ左右の肩甲骨が均等な高さで無理のない姿勢。

 

 力強い緊張が保たれたまま引き締められる両方の肩甲骨、そして上腕二頭筋の流れるような動きに見惚れていると、そのまま吸い込まれるように的に矢が沈められた。

 

 美しい矢離れリリースの姿、ほぼ的の中心を貫く矢にリディアは息をついた。

 魔獣相手には見せる必要はないが、力強くきれいなフォームは危なげない。


「いいな。持って行け」


 だが、キーファはシリルに困惑を見せていた。


「ずいぶん軽いのですが」

「ああ。強化プラスチック素材で、素材強化と軽量化魔法が組み込んである。武器が重かったら効率悪いだろ、その分軌道修正や補助効果魔法はついていない」

アローにも魔法効果はついていないのですか?」

「ああ。もとは、アローは魔法で具現させるものだからな」


 キーファの強張った顔に、シリルは片頬をあげ笑いを見せる。それは笑みというよりも脅しにしかみえない。彼女は十分親しみを見せているつもりなのだけど。


「とはいえ、ただの矢も十分に使える。殺傷能力はあるんだから持ってけよ、牽制にはなるだろ」


 キーファは幾分考えこんでいたが、持っていくことに決めたようだ。矢入れクィーバーアローを装備しながら、ちらりとウィルを見るが、彼は並ぶ銃器を見て他の学生たちと盛り上がっている。


「ウィル、お前は?」

「いや、おれはいいよ」


 ウィルはこちらを見ようともしていない。いつもならばキーファのやることに興味を持つはずなのに、その無関心ぶりはリディアにも不自然に思えた。


「センセ、マシンガンとかだめ?」


 チャスが目を興奮に輝かせて聞くが、リディアは首を振る。


 実習では銃器の使用は禁止しているが、その他の規制はない、魔法剣も許可されている。

 理由は明確にされていないが、“実習だから魔法で倒さなきゃいけない”、“銃だと魔法ではなく道具の力で倒せてしまう”、というイメージ的なものがあるように、学内の教員たちの会話から感じられた。

 

 とはいえ、明確な理由がないからといって訓練していない民間人に、銃器を持たせるわけにはいかない。


「だいたいさ、なんで魔法師団なのにこんなに武器があるんだよ」

「――こっちも命がけだ。殺し合いだ、利用できるもんなら何でも利用するさ」


 シリルの言葉に生徒たちは、ふーんという表情だ。あまり現実味を持って感じていないのだろう。


 対魔獣においては、銃器の強化に力を入れればいい、とも思えるがそうもいかない。

 魔獣は、普通の獣とは生命力も身体強度も桁違いだ。そして魔力による防御シールドを表皮に持っていることが多く、普通の武器は通用しない。

 威力のある銃器ならばダメージを与えることもできるが、それも絶対ではない。だから対魔獣戦で人類は銃器の開発ではなく、魔法師の育成に力を入れたのだ。

 

 まず魔法で対抗するのが第一の有効手段。けれど魔法は人が使うもので、その力は無限じゃない。魔力も消費するし、精神力も体力も使う。だから銃器も併用するのだ。


 まだウィルの方を訴えるように見ていたキーファに、シリルが肩を叩く。


「武器なんてもんは、敵を殺してなんぼだ。ダメージを与える算段がついているなら持ってけばいいし、使う気がないやつに構うな」


 キーファは結局それ以上何も言わずに弓を背にかけ、右の腰にはリディアが渡した魔法剣を入れていた。






 今回の実習内容は、もともと第一師団のとある任務後に派生したものだった。


 それは、大陸で五番目に大きい南西砂漠地帯での部族間紛争の調停と、制圧されていた村々の開放というもの。

 地域の長老やスルタンからの依頼で第一師団が出向いたものだが、任務終了後に、長老より最近住み着いた魔獣により砂漠の交易ルートが阻害されているため、その魔獣を討伐してほしいという追加依頼が生じた。


 既に、紛争は終結していて安全の確保されているルートで、中級魔獣を退治する、それは彼らにとっては、訓練にもならない内容。

 だが学生にはちょうどいいと団長は判断したのだろう。学生には持て余す内容ではないかとリディアには思えるが、提示されてしまったものは仕方がない。

 

 それに、彼らは預かったからには必ず学生の命は守ってくれるし、力も割いてくれる、そういう人達だ。

 それだけはリディアには断言できるし、実力者と接することは、きっといい経験になると思う。

 が、個性的すぎる彼らについていけるのか、反発しないでいられるのか、それは少し不安だ。

 

 学生を先に転移室へと送り出し、リディアはシリルと打ち合わせを行う。



「住み着いたのは、中級のコカトリス系のキメラじゃねーかと思う。まあさほど難しい案件じゃねえ。ただ、村の近くに結構な広さの立入禁止区域があるんだ。長老は、そこには入るなの一点張り。調査もできねえ」

「聖域扱い?」

「いんや、呪われた土地で入ったら祟られれるってな、ただし、その中の大木は聖樹扱いだ」

「呪われた地にある聖樹ね……」

「学生のルートとはかなり離れているけど、近づけさせるなよ。団長は長老と交渉中だ、今日中にはケリをつける」


 現地民が、彼らの住まう地に何らかの制限を設けていることは多い。聖域だったり反対に呪われた地として崇めたり贄を捧げたりしている。

 彼らの自由だ、と放置してもいいが、後で痛い目にあうことは多い。それらの障害の原因は大抵魔獣か、魔族が関わっており、下手するとあっという間に、やばい魔獣が繁殖していたりする。


 そこで現地民を説得したり交渉したりして、それを封印、または退治するのも魔法師団の役目だ。

 数年後に生贄を捧げられ続けて強大な力を身につけた魔界の大公を退治させられるよりは、今のうちに芽を摘んでおきたい、というのがこっちの事情で本音なのだ。


「シリル。今回の編成メンバー、教えてくれない?」

「リディはうちのメンバーだろ。ログインすればいいのに」

「私は辞めたのよ。入れるはずないじゃない」

「じゃあ、思念ネットワークで送ってやる」


 魔法師団は各師団で魔力を繋いだ独自のネットワークを持っている。

 そこに暗号化された情報が載っており、各団員がどこにいて何の作戦任務中か、わかるようになっている。

 もちろん、隠密機動の作戦に関しては団員でも伏せられており、幹部しか知らないこともあるが、基本情報のやり取りは、すべて彼らのネットワーク内で行われる。

 

 グレイスランドの魔法師団が最強である理由は、電子情報網とは全く違う、魔力派による情報網を確立していることだ。どのように作っているのかはリディアにはわからないが、物理的な道具を使わないそれは、とてつもない魔力が必要とされている。

 

 しかし外部への情報漏れは、絶対にない。電子情報網に接続していないからだ。

 そして思念ネットワークは、仲間との魔力派ネットワークによる情報通信の一つであり、幾つかの条件があるが、一番漏れる心配がない通信手段だ。

 

 リディアは、シリルからの情報を脳裏で確認し、息を呑んだ。


「これ……本気?」


 リディアがシリルを見返すと彼女はニマニマと笑う。

 嫌だ、そのいやらしい笑み。


 リディアは、送られた今回のメンバーをもう一度見る。やはり絶句でしかない。


「かなり豪華な人員ね」

「大盤振る舞いだろ」


(――頼んでないよ!) 


 本任務もかねているとはいえ、おかしすぎる。

 世界をまたにかけて依頼を受けている彼らが、一つの任務に揃うのは珍しいし、しかも学生相手の実習だ。

 

 しかし何度見てもメンバー名には、団長のディアン・マクウェルに、副団長のガロ・オルテガ、そしてスナイパーのシリル・カー、そして魔法剣士のディック・リトラ。

 

 全員、第一師団総勢一万のなかの十指の中に入る魔法師だ。

 誰かとは会うだろう、ぐらいは思っていたけれど、全員総出じゃないか。



(――暇なの!? 暇なの!? ねえ、なんで!?)

 

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