55.応用魔法演習3

 その声は静かな教室に妙に響いたが、ケイは気にした様子はなかった。


(全然伝わっていない?)

 

 リディアがそれをさせる意図はあまり伝わっていないみたいだ。

 ケイは、まだ口を開く。


「先生、なんで詠唱はいらないの? というか、魔法術式と請願詞の両方が必要だったり、いらなかったり、わけわからないよ」


 ケイはふてくされたように不満を訴える。リディアは、そこからかと改めて気づかされた。色々問題のある生徒だが、何が生徒は理解し難いのか、いい目安になる。


「魔法術式が魔法の構成の詳細を示しているというのは知っていますね? そして請願詞は、属性に命令をしてどのように魔法を発現させるのか、と伝えています」


 ここまで話して学生の反応を見る。


「つまり魔法の発現前には属性に“どのように魔法を発現させるのか”を請願詞で宣言する必要がありますが、この場合はすでに魔法は発現しているので、必要はありません。魔法術式だけ展開してください」

「魔法術式が嫌なんだよ。請願詞だけじゃだめ? それにロッドで方向しめすのに、また術式で方向を示すのも嫌になる」


 リディアは、ケイに頷く。ケイは、大学から魔法を学んでいる。幼少時から親しんでいるわけではないから、魔法師が基本としている大前提が捉えられないのだ。


「良い質問ね、ベーカー」


 (大学では“請願詞”と“魔法術式”を覚えなさい、としか言わないから)

 

 そもそもなぜ必要なのか、を教えていない。

 リディアは、指を無意識に唇に当てて考えてから口を開いた。


「魔法は目に見えますね。幻覚魔法ではない限り、五感でも感じられます、でも別の見方ができます」


 リディアは歩んでいき、中央に立つ。


「皆さんは、自然界には属性魔力があることは知っています。目には見えないけれど、皆さんはそこから魔力を拝借して魔法を構成します。ではなぜ魔力があるのか。立証はされていませんが、何らかの魔の存在、たとえば眷属と発表している研究者もいます」


「眷属?」と、誰かが呟いた。


「“木の眷属から魔力を拝借する”、そのように告げている研究者もいますが、植物の妖精等ではありません。感情はなくただの存在している魔力の塊、だから公式には眷属とは呼ばず、属性と呼んでいます」


 リディア生徒の反応を確認しながら話を続ける。


「それら属性や、以前に話した六系統魔法以上の何か、大きく含めると魔獣など魔を纏う存在、それらの存在する世界があると言われています」


 リディアは口を閉ざし、どう説明をしようか頭の中を整理する。


「例えば、目の前に桶に入った水があるとします、手を入れてみます。皆さんは五感で認識できますね。簡単に言うと冷たくて、掴めない液体。でも化学式ではH2Oです。でも、H2Oは別の世界にあるわけではない」

「つまり、H2Oが魔法術式で、目の前にある水が魔法の顕在化したもの、と」

「そう。別の味方からみた違う表し方のことといえます」


 キーファの察しの良さにリディアは頷く。


「例えば、MPというメモリアルプレートで表計算ソフトを使うとします。表の画面では、手入力で数字や記号を入れられます。その画面は最終画面であり、そのまま同じ物を印刷することができます。けれどそのソフトには、プログラミング言語と同様の裏の画面があります。そこでプログラムを入力すると、表画面にそれが処理された結果が示されます」


 これはやってみないとわからないけれど、想像がつくだろうか。


「皆さんが“請願詞”で、火球を放つ際“燃え盛る炎よ、渦を巻き風に乗り、障害を焼き尽くせ”とリュミナス古語で言います。それにより、火を飛ばし目の前の相手を倒す、ということが宣言されます。更にロッドで的を示せば、そこに火球が当たります。魔法術式が不完全でも、ロッドで示せば標的を示すことも、請願詞で火球を飛ばすということも実行されます。これは表計算ソフトの表の画面で、手入力で数字を入れれば、そのまま表示されるというのと同じです」


 「じゃあ、魔法術式いらないじゃん」そう思う一部の顔ぶれに語りかける。


「複雑な魔法ほど魔法術式を詳細に組むことが必要です。例えば、“火球を目の前の相手に当てる”、それは請願詞とロッドで実行可能です。けれど、敵に当たるまで火球が追いかける、という詳細までは請願詞やロッドでは示せません。他にも一つの火球を出して、それを途中で三つに分けて、三人に当てる、または一人を飛び越えて後ろの敵に当てる、などのような複雑な動きも魔法術式ならば、組むことができます」


 理解しているかな? 少し話を膨らませてもいいだろうか。つい話したくなってしまう。


「美しい魔法術式というのは整理されている式のことです。例えば火球を三つ飛ばす時、火球を飛ばす、という術式を三回繰り返す魔法師もいます。それはあまり好ましくありません、一つの式にスッキリまとめることが望ましい。応用すると、火球一つが三つに分裂し、カーブを描きながら三人の敵を追いかけて当てる、というのも一つの式で組むことができます。だから、魔法術式を展開させるのは魔法師では必須であり、それに請願詞とロッドをふるい魔法を発現させるのです」


「じゃあロッドいらねーし」


 ロッド不要派のリディアはチャスの発言に心中で頷くが、利点も示す。


「ロッドはなくても魔法は発現させられます。戦闘を行う魔法師団では使用しません。けれど、ロッドを振り下ろすという行為は、魔法の発現のトリガーになります」

「トリガー?」


「ええ。この行為で最後魔法を発現させますよ、という自分に対する癖をつけておくことが必要なの。これより前には魔法を発現させないという自己暗示にもなります。極端な話、請願詞を使わず自分の魔力と魔法術式を思い描いてしまうだけで、魔法を発現させてしまうこともできます。ただ、それは危険だから、何らかの発射ボタンを己に設定しておくように魔法師は推奨されています。だから指を鳴らす、手ではらう、でもいいのよ」

 

 魔法師団では、戦闘はスピード勝負。手足を動かすのと同じように思い描くだけで魔法を発現させるのが基本だけれど、それは伝えなくていい。


「ふーん」


 一応解しているみたいだから、リディアは、もう一度見渡す。まだ話してもいいだろうか。


「ちなみに、リュミナス古語は神の血を引く最初の人間のリュミエール人が使っていたと言われています。つまり神の世界に通じる言語であり、太古のもの。だから神代から存在する属性に通じると言われています。私達の使う共通語で請願詞を唱えても通じません。ところでなぜ魔法術式が口述できないか、わかりますか?」

「長くてつまらないから?」

 

 バーナビーが頬杖を突きながら、掠れた声で微笑みながら答える。

 起きているので興味を持ってくれたようだけど、つまらない、って。


「長いのは正解。けれど他にも答えはあるの。魔法陣を思い浮かべてみて。あれは魔法術式そのものよ」

「印章が言語化できないから」


 ウィルが即座に言う、リディアはそちらを見て笑んで頷く。

 ウィルは今日の授業は興味があるみたいだ。つまらないときは目が死んでいるし、寝ていたりするから、わかりやすい。


「魔法陣を思い出して。そこにはリュミナス古語と印章が描かれているでしょ?」


 印章というのは、読み方がわからない図や絵や記号のようなもの。

 リュミナス古語の一部で、効果も意味も読み方もほとんど解明されていない。

 もちろん、一部では効果がわかっており、魔法術式や魔法陣に頻用されているものもあるが。


「例えばよく使われる、棒のような嘴に小さな鳥の絵の印章を見たことがない?」

「「ハチドリコリブリ」」


 キーファとウィルの声が重なる。


「そうね。ハチドリコリブリの印章は、火球魔法の術式によく使われます。高速飛行させる、ホバリングさせる、などの付加効果がつけられるの」


 印章が何であるか、というのは大きなテーマだ。ただリディアには一つの仮説がある。


「先ほどリュミナス古語は属性に伝えるための言語といいましたが、魔力を持つあらゆる生物が理解できる共通標識、それが印章ではないかと言われています。魔法陣に描いて、魔族や魔獣を呼び出す際に印章を描きます。言語も発声様式も違う存在達が共通認識できる意思疎通のツール、それが印章ではないか、というのが魔法陣学会の最近の見解です」


 ウィルをちらりと見る。

 彼も知っているようだ、彼は遊んでいるように見えて、成績は上位だ。父親との仲も悪くなさそうだし、魔法陣のことも詳しそう。

 そのウィルも否定する反応をしていないから、リディアはホッとする。

 


 リディアは時計を見て、少し焦る。予定の時間よりも十分オーバーだ。

 早く演習に移ろう。

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