18.魔力欠乏症


「バッカらしい、そんなのやっても意味ねーじゃん」

 

 大きく音をたてて、立ち上がり「帰るわ」と言ったのは、ウィルだった。橙色の髪の毛を揺らして、教室を出ていく。

 

 僅かに静かになる教室。リディアは他の生徒も出ていくかと覚悟した。

 

 けれど、「先生、僕やっていい?」と、笑う少年に顔を向ける。

 愛らしい笑みで、一番乗りをしたのは美少年。肌はつやつやで、天使のよう。


「えーと、あなた。たしか――ケイ・ベーカー?」


 なんとも可愛らしく小首を傾げて、ニッコリと笑う顔。

 それが肯定らしい。ちなみに、男子だ。女のリディアが到底敵わない愛嬌を持っている。


「はい。先生が覚えていてくれて嬉しい」


 彼は、前に出てきて楽しげに計測をする。水属性と風属性が百超えし、あとは五十から八十の平均的な値だった。魔石も、風属性が反応し、その後水属性が反応。それだけで変わったところはない。


「平均的だし、バランスもいいわ。魔石との差異もないから、測定器の値と同じかな」


 首を傾げているケイに、リディアも何かと思う。


「得意な魔法はある?」

「火球魔法です。前の学校ではクラスでも、詠唱から三分と発現が早いし、連続で二発打てるのでS評価もらっていました」


(詠唱から三分、詠唱に一分かかるとすると、早くて四分か)


「連続って、二回目はどのくらいで発現する?」

「……さあ。五分はかからないですけど」


 ケイはそれきりニコニコと黙っている。けれど次第に顔を曇らせる。


「僕、早いほうですよ。普通は五分くらいかかるんだから」


 その顔も愛らしいけれど、リディアは気にかかることがあった。


(そういえば、学生の魔法の発現にかかる平均時間を私は知らない)


 魔法師団に配属される新人くらいかと思っていたけど、更に下限修正しないといけないみたい。


「そうね。でも、水と風が高いから、水系や風系魔法の習得に力を入れてもいいんじゃない?」

「だって、水や風って防御系でしょ? 僕、攻撃系のほうがいいな。意外って言われるんだけど」

「え?」

「え?」


 リディアが聞き返すと彼も、えっと返す。ええと何を言われたの?


(“意外”っていう言葉に同意を求められている?)


 別に何も思わなかったのだけど。


「僕、癒し系みたいなんだけど、結構違うんですよ? 肉食系男子?」


 にこにこにこ。


「そ、そうなの?」

「僕、先生が担当でよかったです」


 機械をゼロ設定に戻すリディアに、ケイはずっと話しかけてくる。なついてくる子犬みたいだけど……。どうしよう、会話に困る。


「先生優しいし。話しやすいし」

「ええと……そう、なのね」


 なんていうか。なんていうか。

 なんというか、距離の近さが――苦手かもしれない。慕ってくる様子は、女子にも可愛がられそうだけど。


 顔がいい男性が苦手というのもあるけれど、それとは少し違う気もする。


 リディアは、さり気なく距離をとって、次の生徒に促す。でもまだ話しかけてくる。


「この領域って、それ以外の能力も伸ばしてくれるんですよね?」

「伸ばすというより、その分野の研究よ。それに、あなたは六系統の魔法が使えるだけでもすごいことよ?」

 

 ケイは何故この領域を選んだのだろう。火系魔法が得意と思うのであれば、火系領域を選択すればよかったのに。


(ただ、火系領域はすごく人気で倍率が高かったからな)


 ケイの火属性値は八十だ。人気の領域は通りにくいかもしれない。けれどそれなら風か水を選択してもよかった、って彼は、そちらはお好みではないと言っていた。


 じゃあ、なんでこの領域?


(編入生だから、他の先生からの情報がないのよね)


「じゃあ、また測ってもいいですか?」

「一度測ったから、そんなに変わらないと思うわ」


(ひっかかるというか……)


「僕、先生みたいになりたいです」

「そうね、頑張って。はい、次は他の生徒の番。ベーカーは、席で見ていなさい」


 ケイは肩を竦めて、席に戻る。その顔が強張って、舌打ちが聞こえたのは、気の所為――じゃないよね。


「先生、俺も?」

 

 いつも寝ているバーナビーが、うつ伏せていた顔をあげて訊いてくる。とろんとした眼差し。 

 オリーブ色の肌に、長い黒髪の合間に垣間見える特徴的な赤い瞳。

 色っぽく見えるが、まだ寝ぼけているだけだろう。


 うつ伏せで寝ていると気づかないけれど、ラテン系の血が入っているからか、上半身だけ見てもかなり立派な体格の大きな身体だ。


「オルコット、具合は?」

「うん。悪くないよ」

 

 バーナビー・オルコット。

 失われた地下世界で、常に夢を見て生きる予知能力のある民族。

 彼らの民族は日中が苦手だから、寝ていても仕方がないと一年次から大目に見られているらしい。

 

「あなたも興味があれば測って」


 リディアを含め魔力がある人間は、誰もが魔力を少しずつ消耗している。日常では、生命に問題ない程度だが、大きな魔法や魔力を捧げなければいけない召喚術などで消耗し、ある一定値以下になると、昏睡状態になってしまうのだ。


 彼は、魔力欠乏症という魔力代謝障害を起こす疾患を持っている。

 息をして日々生活しているだけで、魔力をどんどん消費してしまう。

 だから常に魔力補充薬を内服して魔力を補充している。



「うん、わかった」


 大きな身体なのに、温和な表情。彼こそ癒し系ではないかと思ってしまう。

 大型犬のように穏やかな気配で微笑んで、彼はまた寝てしまった。


 彼の魔力値は、薬で補充したものだから測っても仕方がない。だから強制はしない。

 ただ、授業参加をしてくれないと単位があげられない。


 本当は、起きていて欲しいけどね。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る