1章.過去編

1.過去の発端

 ――薄黄色の日差しが切妻屋根に反射している秋の夕刻。


 あと一時間もすれば、橙色の空は、すぐに青から漆黒に変わるだろう。

 リディアは、目前に佇む旧集会所の見取り図から顔をあげて、自分を取り囲む男たちに目を向けた。


「部隊を二手に分けます」


 それぞれが、鋭い眼差し、油断のならない気配、そして好戦的な性格を持っている。

 呑まれるな、目で、声で、気配で、そして内容で従わせろ。それが求められていること。


 今回の作戦の実質の指揮官は自分だ。


「ボウマン師率いる一隊は正面入口から突入、大広間まで急進し敵を制圧。支援部隊は後方のここから進入」


 リディアは、見取り図上の長方形の建造物の正面入口の正反対にあたる再奥の壁を、トンと指で叩く。


「裏手の壁を破壊し侵入、回廊を抜け、大広間後方に回る」

「後方部隊に人員を割きすぎじゃないのか」


 不精鬚を撫でながら胡乱げに図を見下ろすのは、リディアの父親ほどの年齢の経験の長いガロ。

 リディアは、自分の読みに迷いを見せないよう、淡々と口を開く。


「村人からの話では大広間後方に小部屋があったという。敵は、ここに何らかの戦力を潜ませている可能性が高い。挟み撃ちは避けたい」

「何らかの戦力とは? 索敵サーチでは、生体反応はなかったはず」

動く鎧プレートメイル動く死体アンデッド、または幽霊ゴースト


 リディアは一息に言う。


「敵は、この地の古代魔法を利用している可能性があります」

「ふん! 古代魔法など! 時代遅れどころか野蛮人の残り滓だ」

「ですが、この集会所というのは、過去に何らかの術を行っていた聖域または祈祷所と考えられます」

「いいかね! そんなものは、まがい物のインチキ魔術だ。我々の近代魔法に敵うものではない。さっさと扇動者をひっ捕まえて終わらせるんだ」


 古代魔法という固有名詞は、ボウマンには禁句だった。

 ただの民間信仰のたぐいだと、普段から馬鹿にしているのは、敵対する大学教授がその研究をしているからだろう。


 ブラム・ボウマンは四十代前半のダークグレーの髪の上級魔法師マスターであるが、専門は研究だ。

 視野が狭く、神経質で、正直、戦闘を任せるには不安がある。


 けれど、彼はこの混成部隊の総司令官でもある権力者だ。

 魔法省から派遣されてきた、国家特殊任務調整機関のお偉方。


 戦闘経験はともかく、本人の希望で突撃隊を任せざるをえなかった。


「後方からの支援部隊の指揮は、マクウェル団長にお願いします」


 第一師団ソード団長のディアン・マクウェルが、漆黒の冷えた眼差しを向けてくる。

 夕日が反射して、黒髪に紅みを写す。

 大抵のものは、その整った顔に落ち着かなさを覚え、酷薄な目が冷ややかに笑うのを見て肝を冷やす。


 が、長い付き合いだ。

 放つ魔力も威圧感も相当だが、いちいち恐れていたら何もできない。


「――お前は?」


リディアよりも五歳年上の彼は、一言だけ尋ねる。


「私は、正面から突入します。ボウマン師と一緒に」


 ディアンに任せる後方支援のほうが、正直何があるか読めない。

 先程から嫌な予感がするのだ。


 何しろここは、まだ解明されていない旧文明の土着信仰で使われていた集会所だ。

 だから、最も戦闘能力が高いディアンをそちらに回す。


(ただ……)


 ボウマンのほうを見そうになるのを留める。


 彼は前線に加わるのを望んでいるが、自分の能力を把握していない疑いがある。

 突入せずにここで待機していてくれればいいのだが、この作戦で突撃の指揮を取ったということが、今後の彼の何かの昇進に役に立つのだろう。

 

 (――私が、補助するしかない)


 ディアンには、不確定要素の大きい後方支援に回ってもらう。


 正面からの突入は、自分がボウマンを補佐する。


「ふーん」


 ディアンは、納得したのか、何かを含んでいるのかわからない返答をする。

 わずかにリディアは心の中で逡巡をした。


「では突入だ、みな散れ、散れ!」


 ボウマンが収まりの悪いやりとりには気づかず、せかせかと場から離れ、神経質に怒鳴り散らす。

 ディアンもそれ以上は言わない。


 ちらりとリディアを見て、皆と同じように離れて行った。

 

 後悔はあとからするものだ。けれど、予兆はあった。あの時感じていたのに、と思うものなのだ。

 

 リディアは――自分の欠点を知っていた。

 

 人に頼めない。頼れない。自分ですべて抱え込んでしまう。そうしなければいけないと思ってしまう。


 それでも――頼れないのだ。


 「リディア殿!」

 

 リディアは自分の名を呼んで追いかけてきた魔法師を見つめ返す。

 彼が呼んできたのは姓では無く、名前だった。


「ハーネストです」

「私は、ランスのマート・ヘイ上級魔法師マスターです。リディア殿のお噂はかねがね。いやあ、『春風のリディア』、まさに春の女神ですな。ご一緒できて光栄です」


 ハーネスト、と姓を強調したのに、無視だった。

 だからリディアも、彼が言う『春風のリディア』という名称を無視した。

 

「そうですか。――配置についてください」

「ああ、それでまあ、機会があったらぜひ見たいものです。その、奇跡の御業を」


 ついてくる男に、リディアはピタリと足を止める。そもそも作戦遂行の前に雑談って何? 


「でしたら、試してみますか? ここで死んで頂けたらお見せしますが」

「いや。ご冗談を、私は死にたくありませんよ」


 喋る度に口元が歪むのは癖だろうか。

 けれど、かすかに目元がひくひくと引きつっているのは、焦っているからか。


 好奇心なのか、持ちあげているのか、まさかナンパかはよくわからないけれど。


(こんなときにわたしを持ち上げて、どうするの?)


「言っておきますが、成功率は私の心証によって下がります。今の会話で、あなたの蘇生率は、一割程度になりましたから」

「え!」

 

 ディアンの部隊は、既に目的地に向かっている。

 ボウマンの部隊は、正面玄関前の生け垣で待機だ。


 リディアは言い捨てて、自分も生け垣正面に屈んだ。


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