第2話
「さてと、今は夕方だが、そろそろ夕飯の用意をしなきゃならん」
「お、おう、任せろ」
俺はエプロンを付ける。そして、昔使っていたエプロンを茉夕に渡す。エプロンを渡しても首を傾げるだけだったので、俺が着させてあげた。
「さて……簡単なものから作るか……よし、まずは卵焼きだ」
普通、夕飯に卵焼きはおかしいだろうが、俺だってまともな料理はあまり作らない。こう言った簡単なものしか作れないのだ。
夕飯はほぼ毎日、お向かいの先輩の家が飯を持ってきてくれている。
「まず、卵をこうやって割る。角でやると中身が出ちゃうから、平坦な場所でヒビを入れる」
「ん………こう?」
…ぐっしゃぁぁぁ………卵、轟沈。
茉夕の右手には力のない卵が形を保てずに潰れていた。俺は一瞬、目を疑った。力すら入れていないこの右手で家全体を揺らすほどの振動を与えられる力を茉夕が持っているとは、予想外すぎる。
「………茉夕……」
「……こんなに、柔らかい、もの、初めて」
「お前が馬鹿力なんだろ……」
「茉夕は、今、卵を割ろうとした、だけ」
「粉砕してるんですがそれは……」
これは、一から茉夕に力の使い方を教えないといけないのかもしれない。茉夕の手を優しく持ち、卵をそっと割る。
それまでにいくつの卵が無駄になったのか、聞かないで欲しい。
「やっと……できた……」
ヒビの入った卵を見て、俺は歓喜に浸った。
「じゃあ次はそのヒビに親指を入れて、二つに割くんだ」
「……分かった」
ぴっしゃぁぁぁぁ………卵、炸裂。
とてつもないスピードで卵が二つに裂ける。割れるじゃなくて、裂けるね。中身が雨のように降り注ぎ、俺や茉夕の頭にべっとりと付く。
何故か、今までの努力が全て水の泡になった様だった。
「………」
「こんなに、柔らかい、もの、初めて」
「さっきも同じこと聞いた」
果たして、茉夕に料理は可能なのだろうか……。
いや、俺は出来ないと断言する。俺は茉夕の肩に手を置き、優しく、憐れむように言う。
「茉夕、お前に料理は向いてない。別のものをしようか……」
「………お、おう?」
首を傾げながらも俺の意見に賛同してくれた。とは言ったものの、別にやることは特にないのだが……と、俺が苦笑いをしていると、家の音量最小にしていたインターホンが鳴った。
「あ、夕飯の時間だな。茉夕、今から会う人は、お前と同じくらい強い。でも、すぐ友達になれるよ」
「………?分かった?」
まぁ、理解は出来ないだろう。そんな茉夕を横目に見ながら、俺は扉を開けた。
「失礼するわよ唯人」
「あ〜、響奈先輩、ありがとうございます」
やって来たのは黒い髪が肩まで伸び、制服のまま鍋を持った小宮
頭脳明晰、博識洽聞、文武両道、容姿端麗。
様々な美しい四字熟語が当てはまるような人、それが響奈先輩である。
「鍋……ですか」
「ええ、文句あるの?」
「いえ、無いですけど」
「ならいいわ…………よ…………」
響奈先輩がその場で硬直する。鍋は落とさないが、その場で茉夕を見ながら固まっていた。
するとそっと俺に鍋を渡し、ポケットからスマホを取り出して、距離を置いた。
「?……どしたの?」
「……」
俺の言葉には耳も傾けず、ものすごいスピードでスマホの番号を打ち込んでいく。
そして、スマホを耳に当てながら、俺を睨みつけた。
「唯人、これは立派な犯罪よ?」
「……まさか……」
やばい、これはマジだ。マジのトーンだ。
俺は鍋を茉夕に渡す。そして、勢いよく地面を蹴り響奈先輩に向かって走り出した。
「あ、もしもし警察ですか?今目の前に誘拐犯が……」
「やめろおおおおおおおおっ!」
「はぁ………はぁ……」
「全く、この子誰よ?」
「話せば長くなるんだが………」
俺は響奈先輩に茉夕と出会った時のことから事細かに話した。
「なるほど……」
俺はここで一度茉夕の方を振り返った。果たして鬼のことは伝えた方がいいのだろうか?
心配そうに見ていると、茉夕は優しく微笑んでコクリと縦に頷いた。
「……んで、茉夕は鬼なんです」
「………怖いってこと?」
「そうじゃなくて種族的に「鬼」」
「はぁ?……ここは桃太郎の世界じゃないのよ?いくらあなたが悪者だからって」
「それ関係ねぇし……」
ガックリと肩を落とす。そんな俺を横目に見ながら、響奈先輩は物珍しそうに茉夕を見ていた。
「ふぅーん……」
「あ……怖く………ない、のか?」
「どこがよ、可愛い女の子じゃない」
茉夕の問いに優しく、笑顔で答える響奈先輩。それを見て安心した茉夕は一気に明るくなって響奈先輩に抱きつく。
「んふふー、ヒビナ……」
「あっ、ちょっと……」
茉夕が抱きついたことにより、茉夕の頭に響奈先輩の大きな大きなお胸が乗っかっていることには触れないでおこう。
しかし……これもこれで……いやいかんいかん。
慌てて自分を制し、玄関に置きっぱなしの鍋を手に取る。
「響奈先輩、今日はここで食べて言ってくださいよ。茉夕もそれが良さそう」
「おう、泊まってけ、ヒビナ」
「なんか響奈のイントネーションがおかしい………」
肩を落としながらも響奈先輩は満更でもなさそうにニヤニヤしながら靴を脱いでいた。よっぽど茉夕が気に入ったのだろう。
「茉夕ちゃん、君は今何歳なの?」
うわ、さっきまで素っ気なかったのに、もうデレてるよこの人。茉夕は「んぅー」と可愛らしく悩んだ後、さっきと同じように左手で5、右手で3を作り、合わせた。
「8!」
「8歳か、まぁ、一番可愛い歳よね、私はーーー」
「×100!」
「唯人、この子の冗談面白いわね」
「すいません俺も同じような事言ったけど、これが事実です」
俺が静かにそう言うと、響奈先輩は俺と茉夕を交互に見た。
「800歳……まるで御伽噺ね………それに……おでこに角があるのね」
「うん、これが、鬼の、証、1000歳になると、もう少し、生える」
「歳で決まるものなんだ……」
鍋に入っていた具材を口に入れながら俺はそう返した。茉夕はそれに対してコクリと頷く。
すると茉夕は響奈先輩を見つめていた。
響奈先輩は両手を口に持って行って「この子カワイイっ」のポーズを取ったのだが、茉夕は響奈先輩の胸元を指さした。
「ヒビナにも、付いてる、その二つの、大きな、角、成長と共に、大きく、なる」
「えっ」
響奈先輩は耳の先まで顔を紅潮させて、豊満な胸を隠して俺をギロりと睨んだ。
「いやいや、それは理不尽でしょ……」
「全く、どうだか、どうせ興奮してたんでしょ?」
「そんなこと……ない……ですけど」
俺は目を逸らしながらそう言った。だって興奮しないわけないだろう!心の中で叫ぶ。
「でも、ヒビナ、茉夕は、聞いたことがある、その角は、個人差が、あるって」
「え、ええ……そうね……」
今日一日で分かる。茉夕はかなり手強くて毒舌だ。誤ったことを言わないように言っとかないと。
響奈先輩も帰り、俺達は就寝についた。
茉夕はベッド、俺はソファで寝た。まぁ、ソファで寝るのも別に慣れているし、響奈先輩の親がいない時は響奈先輩が家に泊まりに来てベッド占領するから、気にはしてない。
夜中の1時。音が何も無い静かな空間の中に俺は起きていた。
「寝れねぇ……」
原因は言わずもがな、茉夕の事だ。
あれだけの力を持って、人間から恐れられるのは、正直当然だと思った。何せ、俺もあの時は悪寒が走ったから。
だが、普通にしていたらただの幼い少女じゃないか。
今更だが、少しだけ怒りが湧いてきていた。
「ゆ、唯人……」
「ん、あ、茉夕、どうした?」
俺の枕を抱きしめながら、うっすらとした目を辛うじて見開こうとして、それに頭もコクコクト動いていた。傍から見ても眠そうだと分かるのだが、茉夕はこう言った。
「寝れない。一緒に寝よ?」
「眠そうじゃねぇか」
「寝れない、の」
「……まぁいいけど」
ソファの中にモゾモゾと入っていく茉夕。別に女の子だから意識している訳では無いが、少し変な気分になる。
しかし、男の俺にここまで心を開いてくれたのは単純に嬉しい。
俺はソファに入るなり数秒で寝息がたった茉夕の頭を撫でながら、俺も眠りに入った。
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