鬼神少女は同居人

二川 迅

第1話

「おい、鬼の子だ!」

「気持ち悪い!こっち来ないで!」

「や、やめて!…私は、人間と仲良くしたい……」

「うるせー!」

「ひっ」



 今日も、石、投げられた。

 痛い、痛いよ。どうして嫌がることをするの?

 ひどい、私だって、怒る時は、怒る、よ。


 って、そんなこと、言ってる間に、みんな、殺しちゃってる。だから、私は、この力が、嫌いだ。

 鬼神という言葉が、嫌いだ。


「君、どうしたの?」


 そんな時、あなたが、声を、かけて、くれた。







 何気ない日々の帰り道。オレンジ色が街を支配し始める時間。

 俺は、この時間が一番好きだ。何にも囚われず、何にも邪魔されない、静かな空間。

 住宅街の一角に俺の家はある。本当にただの家。

 そして、ただの生活を送っていた俺の目の前に現れるまでは、本当に平和だった。でも、今考えてみると、あの日々も嫌いじゃ無かった。


 家に入る前の交差点に、一人の少女がすすり泣いていた。最初は親と迷子になったのかと思い、近くの交番へと連れていこうとしたが、それは阻まれた。

 頭、腕、足。所々に肌がえぐれ、出血している箇所が幾らかあった。俺は慌ててその子に話しかける。


「君、どうしたの?」

「……うっ……」


 どうやら、少し俺に怯えてるみたいだった。俺は恐る恐るその子の肩に触れる。そうしたら、服越しでも分かるほど、少女の体は冷たかった。

 俺は背筋にある悪寒が走る。このままでは、この子は野垂れ死んでしまうかもしれない。


「君、今すぐ家に行くよ…」


 俺は少女を抱え、家へと直行した。なぜだか、病院へは行かせない方がいいと直感が語った。少しだけ、少女を誘拐する犯罪者に見えて、心が泣きそうになったが、そんなこと言っている暇はなかった。


「どうして……」

「あ?何が?」


 少女が小さなしゃがれた声で質問してきた。俺は息を切らしながら、質問をまた返す。


「私を………助けて、くれる、の?」

「はぁ?当たり前だろ?怪我してて、ましてや女の子を放置するほど俺は落ちぶれてない」

「………」


 少女はそれ以上何も言わなかった。その数秒後に家の中に入った。両親が離婚し、母方の方に着いた俺は上京して一人暮らしをしていた。

 救急箱を取り出し、包帯や消毒液などを取り出す。


「少し痛いけど、我慢してね」


 なるべく優しい声で、そう言った。少女がコクリと小さく頷いたのを確認して、消毒液をかけた。


「いっ………」

「もう少しだよ」


 消毒液を拭き取り、ガーゼを付けて包帯を巻く。少女は涙目になりながらも耐えていた。


「………よし、終わりっと」

「あ、………ありがと……」

「いいよ全然。それより、お母さんは?」


 突如、少女は首を傾げて疑問符を浮かべていた。


「お母さん?」

「うん、お母さんだよ?いるでしょ?」

「いない」

「は?」


 まさか、まさかとは思うが、捨て子なのか?

 俺は冷や汗をタラタラと流す。


「じ、じゃあ今まで……何を食べてきたの?」

「………何も……食べてない」

「……」


 驚愕の上に驚愕が重なる。思考回路がショートしているのが分かった。俺は少し震えた後、少女に訪ねた。


「君……名前は?」

「…ない」

「………」


 完全な記憶喪失だ。これはもう断定してもいいだろう。警察にでも行こうかと考えた瞬間、俺はある所に目がいった。

 少女の額、薄らではあるが少し突起物が付いているようだった。それも、左右対称に。こんな幼気な少女がコスプレをするとは思えない。


「まさか……鬼?」

「……」


 コクリ。と少女は頷いた。鬼なんて、絵本や昔話でしか見たことがない。今のような現代社会、そんな存在を認識し、信じる者などゼロだ。

 しかし、今はそんな現代社会に反した事が俺の前にあった。


「うそ……だろ……」

「あなたも、私が、怖い?」


 所々変なところで区切られる口調。これが彼女の口癖なのだろうか。

 彼女の顔は不安げで、残酷だった。恐らく、この角のせいで人々に忌み嫌われていた事が容易に想像できた。


「(くそっ……どうしてこんな幼い少女に………)」


 拳を握りしめ、歯ぎしりをする。今の現代の腐り様に俺はガッカリしていた。


「いいや、怖くなんてないさ。君はただの女の子だ」

「うん、ありが、とうっ」


 瞬間、少女の顔がパァと明るくなった。その顔は本当の人間のような。俺はその笑顔を見て、一つの決意をした。


「君はさ、住む場所って無いの?」

「ない、住む場所は、まだ、ない」

「じゃあここに住む?俺しかいないし」


 すると少女は訝しげな表情を見せて、少し俺から距離をとった。


「私、知ってる、おじさんには、ついて行っては、いけない、って、いやらしいことを、されるからって」

「しねぇーからっ」


 俺は慌てて少女が逃げようとするのを止める。そうして、改めて少女の容姿を見る。

 ピンク色の髪はパサついており、腰まで伸びている。真紅の双眸と子供らしくないシュッとした輪郭。遠目から見たら綺麗なモデルさんみたいだ。


「じゃあ、ここに、住む」

「お、そうか。よろしくな……えっと……」


 名前どうしようか?俺は悩みながら考える。

 一番頭に思い浮かんだ名前にしよう。よし、これだ。


茉夕まゆうはどうだ?」

「う、うんっ!、その名前、いいっ!」


 外は今夕暮れ時、俺はここで、たった今鬼の少女と同居することとなった。





「さて、俺は砂原 唯人ゆいと。よろしくな、茉夕」

「うん、よろしくな、えと、唯人」

「いきなり呼び捨てかよ……」


 俺の口調を真似して男口調に挑戦する茉夕。


「えと、家のルールとかは特にないから、好きにくつろいでくれてていいし、遠慮もし無くていいぞ、バイト代も溜まってるしな」


 正直、お金の使い方には俺も悩んでいて、持て余していたところだ。茉夕のために使っても罰は当たらないだろう。


「ばいと?……茉夕も、やりたい」

「……未成年だろ」

「今やっつ」


 と言って右手5本、左手3本で8を作った。


「ほら見ろ、8歳はまだ働けないんーーーー」

「×100!」

「冗談も程々にな茉夕」


 8×100=800じゃねぇかと心の中で突っ込むと、茉夕は真面目な顔で俺を見据えていた。


「ホントだよ……」

「…………マジ?」

「マジ、唯人が、信じない、だけ」


 俺はまた言葉を失う。鬼は成長しないのだろうか。まぁ、人間よりも寿命が長いのは分かっていたが、ここまでとは予想外だった。


「……でも、いいよ。茉夕は働かなくて、俺が働いているしな」

「そうか……じゃあ、食べ物、作る」

「………経験は?」

「ない」


 一寸先は闇。とはこのことを言うのだろうか、茉夕の好奇心に俺は耐えられるのだろうか。少し心配になってきていた。

 俺は大きなため息をついた後、茉夕の頭を撫でた。


「分かった。料理は最初教えてやるから、頼むぜ。後、その口調も直した方がいいな」

「おう、分かった、茉夕、頑張る」

「……」


 この話し方には慣れなさそうだ。

 しかし、この茉夕との出会いは何やら楽しいことが待っていてそうでワクワクしていた。

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