病んで……ないよね?

 

 森での魔道具訓練を終え、再び場内の祝勝会会場へ戻って来た。


「あれ、どこ行ってたの?」


 と、レナがやって来る。


「いや、ちょっとね」


「ええ、少し用事が」


「ふ〜ん」


 レナは目を細め怪しい! とでも言いたそうな表情になる。


「なんだよ、何か言いたいことが?」


「べっつに。こんな忙しい時に二人してイチャコラ逢い引きとは、結構なご身分だと思っただけですよ、ゆ・う・しゃ・さ・ま」


「なっ、なんだよ、そんなんじゃねーから。なあサーヤ?」


「うふふ」


 え、サーヤさん?

 なんで唐突に腕を組むんですかね?


「さっきまでしっぽりゆっくり、二人の時間を楽しんでいたんですよ、ふふ」


「へ、へえ、そう」


 おいやめろ、レナの眉がピクピクしてるぞ。人目があるから、相当我慢しているな。


「今夜もたーっぷり、愛し合いましょうね、ヒジリ?」


「え? あー、そのー……」


「ふん、ヒジリのばか、あほ、すけべ、変態勇者!」


「あっ、ちょ!」


 レナは言うだけ言ってどこかへ立ち去ってしまった。


「はあ、全く。やめてくれよサーヤ。そんなに意地はらなくても、俺の婚約者はサーヤなんだからさ」


「でも、レナに横取りされそうで……昔からレナがヒジリのことを好きだったのは知っているし、あんな堂々と告白されちゃ、心配になるわ」


 サーヤは俺の腕を離し、後ろを向いて俯く。


「大丈夫大丈夫。今は、サーヤのことだけ考えてるよ」


「今は?」


「えっ?」


 と、こちらを振り向き真顔になる。


「じゃあ、それが過ぎたら私のことを----」


「ああ、ごめんごめん、そう言う意味じゃないから!」


 ああ、また目から光が!


「ステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレルステラレル」


「そんなことないから、な? サーヤ、聞いてるか?」


 何事かと、次第に人が集まって来た。


「ヒジリダイスキステナイデヒジリダイスキステナイデヒジリダイスキステナイデヒジリダイスキステナイデヒジリダイスキステナイデヒジリダイスキステナイデ」


「捨てたりしないよ! 信じてくれよ」


 どうしたらいいんだよ……周りの目が痛い。これじゃあ、人目につく場なのに、王女殿下をいじめている勇者みたいな構図じゃないか!


「ホン、トウ?」


「ああ、本当だ。絶っっっっ対に約束する」


「ジャア、キスシテ」


「お、おう、わかった!」


 ええい、ままよ!


 レナの唇に、己の唇を優しく当てる。


『おおっ!』


 と、周りから歓声が上がった。

 はあ、また変な噂がたったりするのだろうか?


「……ごめんなさい」


「いや、いいよ、不安にさせた俺が悪いんだから。本当に、俺の好きな女性はサーヤ。君ただ一人だ」


「……嬉しい」


「おっと」


 今度は勢いよく抱きついて来た。まあもう、それくらいいっか。どうせ婚約発表するんだし、この場にいる人間は皆知っているしな。


 最近、サーヤの精神が若干不安定な気がするな。二年間も放置してしまっていたんだから、またいついなくなるか不安なのだろうか?

 これからは一緒にいるし、なんなら一生を共にするんだから、大切にしてあげないとな。


「--もう、勇者様、はしたないですよ?」


 と、近づいて来た女の子が言う。


「ああ、イセンタか。あはは、まあ、ちょっとね」


「はあ、ちょっとですか。ですが、悪い噂も立っています、少し控えた方がよろしいのでは……?」


「まあ、そうなんだけどさ。サーヤがねえ」


「私がどうかしましたか? こほん。こんにちは、聖女様」


 サーヤは俺の体から離れ、何もなかったかのようにシャンと立っている。

 全部見られてたから、今更そんな見てくれだけ装っても意味ないと思うぞ。


「殿下。あまり人前でいちゃつくのは、よろしくないかと……」


 イセンタは控えめだがしっかりと注意する。


「なぜですか?」


「え?」


 が、サーヤはそれが何か? といった顔だ。


「私達は婚約者なのですから。それに噂が流れている以上、今更取り繕っても意味はないと思います」


 一番最初に陛下に流したのはあなたですけどね!


「いえ、そう言う問題ではありません」


 イセンタは若干被せ気味に否定する。こんな彼女は珍しいな。


「じゃあ、どういう問題なのでしょうか?」


 サーヤも食ってかかる。おいおい、こんなところで喧嘩はやめてくれよな?


「人前で、勇者様と王女殿下ともあろうお方々が、接吻をしたり抱擁をしたりするのは、風紀の問題があります」


「風紀?」


「下々に示しがつきません。権力というものは、それ相応の振る舞いが求められるのです。このような下品な行為をこれからもなされれば、王国全体の品位と権威を蔑ろにすることとなりますよ」


 確かに、彼女の言う通りだ。


「別にいいじゃありませんか、そんなもの」


 だがしかし、サーヤはそう言い放つ。


「はあ?」


 ほらみろ、いつも笑っているイセンタの顔が少し曲がっているぞ。というか、この娘も"はあ?"とか言うんだな、少しびっくりした。


「わたしにはヒジリがいれば、それでいいのです。たとえ深い森に捨てられようとも、ヒジリ一人で一生幸せに生活していけます!」


「おいおい、サーヤ」


「わたしにとってはっ! ヒジリが全てなのです。生まれた頃から一緒で、結婚の約束もしました。共にいっぱい遊んだし、勉強したし、今は深く愛し合っています。私達の仲は、誰にも裂くことなど出来ません。例え、それが聖女様であろうともお父様であろうとも」


「いえ、ですからそう言う話をしているわけではなくて」


「いいえ、そう言う話です」


 空気がどんどんと冷える。今日は晴れのはずなんだけどなあ、ほら、太陽があんなに輝いて……




「――――わかりました」




 え?


「そこまで仰るのであれば、好きになさってもらって結構ですよ」


「……そう?」


「ええ、なんなりと」


「だって、ヒジリ。良かったですね!」


「え? あ、ああ。うん」


 あれれ、なんで急に納得しちゃったんですかね。


「私にも、考えがありますから」


「考え、とは?」


「さあ? 楽しみにしていただけるとありがたいですね」


「そうですか。じゃあ、楽しみにして待っていますね」


 なんか嫌な予感がするなあ。


「では、失礼いたします。勇者様、また後ほど」


「ああ、また」


 そうしてイセンタはどこかへと去って行った。


「……聖女様って、あんな嫌味な女性でしたっけ?」


「そんなことないぞ。可愛くて、優しくて、ちょっぴり怯えやすい小さくて大きな女の子だ」


 だから俺も謎なのだ。何故急にあんな怒ったのか。本当に俺たちがイチャイチャしていたからなのか?


「オオキイ? ……イマノコトバ、クワシクセツメイシテクダサイ」


「ハイ」


 この後めちゃくちゃ怒られた。


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