祝勝会の準備

 

 結局は、祝勝会で各自が一つずつ要望を出し、国はそれにできるだけ答えるという形がとられた。


 ガンツは、各国のツワモノを相手にガンツが殺してしまわない程度に戦う演武を。


 イセンタは、各国役人の前で聖女として演説を。


 レナは魔法の精度を競う競技会を。


 そして俺はというと、


「勇者様、が用意できました!」


「ありがとうございます」


 この右腕に仕込まれた魔道具を皆の前で使って見せることを要求した。


「ヒジリ、本当にいいのですか?」


 下見に同行しているサーヤが心配そうに声を掛けてくれる。


「ああ、大丈夫だ。この場には枢機卿も必ず来るはず。おれの要求はサプライズになっているから、目の前で使って見せるといったときにどんな反応をするか楽しみだ」


 まあ、情報が筒抜けになっていなければ、の話だが。


「そうですね。このことを知っているのはここにいるごく一部の文官官僚だけですから、武官派に情報が渡ることは考えにくいでしょう」


 サーヤの手配で、祝勝会の俺たちの要求に関しては全て文官が準備をすることになっている。俺の出し物については、城の内部にいるものに限定すると数名の文官と宰相だけが知っているのだ。


「まあとにかく、今は試して見ないとな。サーヤ、ついて来てくれ」


「え? どこにでしょうか?」


「森に」




 ☆




「うう、気持ち悪い……」


「ごめんごめん、今まで黙ってて」


「でも、本当に転移できるんですね……」


「ああ、すごいだろ?」


 俺たちは二人だけで、王都郊外の森へ転移・・をした。


「……エルフの秘術、ですか。このことは国に報告を?」


 サーヤは森を見渡しながら訊ねてくる。


「いや、誰にも。秘術だからな。これを話したのは、サーヤが一番だ」


「私が?」


「ああ。この転移の秘術に関しては、勇者パーティの誰にも伝えていない。まさに秘密の技術な訳だ」


 幻惑の森の奥にある、エルフの里へ寄った時。

 世界樹の雫等々を貰うのとは別に、勇者である俺に特別にといくつかの魔法を教えてもらった。エルフは秘術と呼んでいたので、俺もそう呼んでいる。


 転移の秘術は、名前通り他の場所へ瞬時に移動できる魔法だ。


 そもそも、行ったことのある場所には転移魔法という、レナが使える魔法があるのだ。俺のこの秘術は、地脈と呼ばれる大地の流れに沿って移動するもので、行ったことのない場所にも行けるというとんでもない利便性があるのだ。


 だが仲間たちの前で転移を使ったことはない。

 魔王城に向けての旅路は行く村々を救う目的もあったから、すっ飛ばして行くわけにも行かなかったし、俺たちの戦力を考えても、いきなり敵の親玉に遭遇して全滅しました、なんてならないように、地道に旅をする方が得策だったからな。

 時間に押されていたのに加え、わざわざ俺がこの秘術を使ってどこかへ戻る必要性もなかったのもある。どうしてもってときは、レナに頼めばいいしな。


「そんなものを、私に教えていいの?」


 二人きりだと理解したのか、彼女は敬語をやめる。


「もちろん。サーヤにはこれからも、二年間会えなかった間のことを色々と話をしたい」


「ありがとう、ヒジリ……嬉しい」


「ちょっ」


 舌を入れる激しいキスをされる。


「んっ、あんっ」


「(いきなりされたら息が……)」


 背中を優しく叩く。と、察したサーヤが唇を離す。

 透明な糸が、互いの口に橋を架ける。


「ぷはっ! い、いきなりはやめてくれ、サーヤ」


「ごめんなさい、でも、嬉しくなっちゃって……」


「せめて普通のキスにしてくれ」


「ごめんなさい」


 まあ、嫌かと聞かれると、そんなことは絶対にないが。


「ここに来たのは、逢い引きじゃないんだから。俺の右腕を試すためなんだ」


「わかってる、私も手伝うわ」


「ああ、ありがとう」


 今度は軽めのキスにしておいた。




 ★




「全く、たった一週間しかないだなんて。王国は何を考えているのかしら?」


 王国へ続く主要道。そこを今、馬車の集団が大急ぎで走っていた。


「さあ、愚鈍な私めには想像もつきませぬ」


 銀髪の少女に問いかけられた老齢の審査は、胸に手を当て頭を下げる。


「ふん、大方私たちを試そうとしているのでしょうけれども、他国からも非難の声が出ている可能性が高いわね。正式な外交なのに、非礼ではなくて? セバステン」


 少女は髪を手でさらりと払い、怒っているのか笑っているのか、何故か自慢げに語りかける。


「誠、仰せの通りでございます、皇女殿下」


「ふん、まあね」


 彼女を持ち上げるのが、この紳士の仕事だ。政に関わるものなら、いや、ちょっと知識のある人間なら、誰にでもわかることを偉そうにいう彼女を褒め称える。

 ご機嫌さえ取っていれば、後は自分たちで好きなようにできるからだ。


「それにしても遅いわね。もう少し速く走れないわけ?」


「これが限界でございますゆえ、ご容赦を」


「全く、セバステンは使えないわね。それならば、馬を連結してはどうなの? 二倍の馬で轢くわけだから、二倍速くなるのではなくて?」


 人差し指と中指を立て、少女がそう提案する。


「おお、なんと! 全く思いつきもしませんでした!」


 紳士は驚いた顔をし、手をゆっくりと打ち鳴らして笑顔で褒める。


「ふん、まあね」


 実際はそんなこと出来るわけがない。最小限の荷物で全速力で走っているのだ。ただでさえ帰りの馬をどうしようかと四苦八苦しているところなのに、これ以上負担を強いて道中で潰して仕舞えば、総員行き倒れの可能性だってあるのだ。

 そもそも、どのような計算をすれば、二倍になるというのか。彼女だけ違う世界に住んでいるのではないか。一瞬そう疑い言いかけた紳士だが、自らの職務を思い出し、口には出さずにすんだ。代わりに。


「ですが、その為には一旦止めなければなりませぬ。その分、時間を浪費してしまうことになりますゆえ、どうかご容赦を」


「ふ、ふん。それくらい分かっているわ。言ってみただけよ。ねえ、それより、トランプしましょうよ!」


「はい、仰せのままに」


 単純で馬鹿な女だ。と、口にも顔にも出さずに思う。彼女を一目見れば、皆、同じ感想を抱くだろう。

 トランプを出し、バラバラになるようシャッフルして、手札を彼女に渡す。ああ、どのようにして負けようか、考えるのが苦痛だ。


 お飾り、人形、木偶の坊、馬女。銀髪皇女な彼女を揶揄する声は当の本人にとってはどこ吹く風なのであった。

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