俺の腕が思った以上に闇の深い件について
「それで、話というのは?」
「はい。ヒジリの右腕についてです。中央教会の方に圧力……じゃなかった、問い合わせをしたところ、主治医はすでに国外へ出張しているとのことでした」
「逃亡は成功したってことか」
「そうなりますね」
その日の夕方、報告があるということで、サーヤの私室で話を聞いていた。なおこの場にはイセンタも同席している。聖女様なので顔パスだ。むしろ小動物的可愛さがある分、俺より応対がいい気がしないでもないが……まあそれは置いといて。
「じゃあ、教会の上の方は? イセンタ」
「勿論、私も力の限り調べさせていただきました」
イセンタは両拳をぐっと握って目をキラキラさせる。なにそれ可愛い。あと胸が揺れてますよお嬢さん。
「あたっ、なんだよサーヤ」
俺の視線に気づいたのか、我が婚約者に頭を叩かれてしまった。
「いーえ、べつにっ」
「あの」
ほら、イセンタがびっくりしてるじゃないか。
「ああ、ごめんごめん、なんでもないよ。続けて」
サーヤの頭を撫でつつ、そう促す。
「はい。あの、その前に……」
「うん?」
「わ、わ、私の頭を撫でてくださったら、もっと話しが進むかもしれないな〜、なんて……」
イセンタはうつむきがちに、俺の顔を目線で見上げる。
「えっ? どういう意味だそれは?」
「な、なななんでもないです! すみません、変なことを申し上げましたっ!」
「はは、冗談だよ。ほら」
「あっ……」
聖女様の頭を優しく撫でてあげる。なぜそんな事を急に言い出したのかはよくわからないが、まあいいか。
「みゃ〜」
相変わらず変な鳴き声だ。俺の手には実は隠された力があったりして? まあ右腕にはあるみたいなんですけどね。
「いてて、なんだよ」
「婚約者の前なのに、他の女とイチャイチャしないでくださいっ」
するとサーヤが自分の頭を空いている掌にグリグリと押し付けてきた。
「わかったわかった。ごめんイセンタ、離すぞ」
「あぁ……そんな」
そんな顔されたら虐めているみたいになっちゃうからやめてくださいお願いします。
「それで、イセンタの調べたことって?」
「ううっ……は、はい! そうですよね、こんな事をしている場合ではありませんでした。えっと、実はですね。枢機卿のうちの一人に付き添っている秘書官に話を聞いたんです」
「秘書官?」
「ええ。教団の上の人間には、大体付いています。宮廷と同じですね」
因みに宮廷とは、政を司る場としての城を指す言葉だ。大臣や宰相もここに含まれる。勿論、トップは国王陛下だ。
「じゃあ、その枢機卿の普段の行動についてももちろん知っているはずですよね?」
俺の手から離れたサーヤが言う。
「ええ、そこなんです。私は彼に接触することができ、話を聞き出すことに成功しました」
「おお、流石だな。で、どうやって聞いたの?」
「精神魔法で」
「「えっ」」
「精神魔法で」
「へ、へえ、精神魔法で、ね」
精神魔法は、簡単に言えば相手の心を支配する魔法だ。
尋問拷問に使われることもあるが、失敗する確率が高く、仮に失敗すると死ぬまで廃人と化す魔法だ。なので使用はよっぽどの場合の許可のない限り禁止されているはずなのだが……
まあ、イセンタの事だし大丈夫だろう、多分……俺は知らないからな!
「ええ。その秘書官によると、予定の合間に主治医のところに立ち寄りなにやら内密な話をしていたみたいなのです」
「内密な、と言うと?」
「勇者様を実験体にするよう、と……」
「実験体、だと?」
「まあっ」
「ええ」
この右腕のことだよな。褒美として勝手に改造したと聞いていたが、俺のこの身体が実験の道具にされていたとは!
「ヒジリの身体を実験体に……」
ああっ、サーヤの目から光が!
「わたしの、ひじりに」
「よーしよし、落ち着け」
すぐさま頭を撫でてやる。
「ワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニワタシノヒジリニ」
「ああーっ!」
だめだ。えい、抱きついてしまえ!
「ワタシノヒジリニ……むぐ……もふもふひじりもふもふ」
俺の胸に抱きかかえるようにする。
と、最初はブルブル震えていたが、次第に落ち着いてきた。はあ、危なかった。
あんまし心配かけると、そのうち枢機卿を殺しに行きます! とか言い出しそうだ
「あの、殿下……?」
「あはは、大丈夫。ちょっとね」
「はあ」
イセンタが驚いている。そりゃそうだ。
サーヤがこうなるときは、大抵俺に何かあったときだ。さっきの会議でも、少し危なかったし、もっと彼女の心を労らなければ。
「すみません、少し取り乱しました」
えっ、今ので少しなのか。
「こほん、聖女様、続きを」
「は、はい。教会が開発している新型の魔導具を、旧式手術を名目に勇者様の腕に埋め込んでしまえと、命令したらしいのです。勿論、命令書などを確認しましたが、一切出ていませんでした」
「じゃあ、俺の腕を勝手に弄らせたのは、その枢機卿だということか」
教団の偉いさんだからって、そんなこと許されるわけがない。
それにこんなリスクの高い事を犯すだなんて、何か裏がありそうだ。バレたら絞首刑じゃ済まないだろうに。
「そうとも言い切れません」
「え?」
と、サーヤが口を挟む。
「私の方でも調べたと言いましたよね」
「ああ、そうだな、ありがとう」
「えへへ、大事な婚約者のことですから。で、中央教会の方は聖女様が動いていらっしゃるだろうと思い、宮廷の方を調べました」
城の動きを?
でも話を聞く限り、命令したのは中央教会の枢機卿で、さらに手術を担当したのも中央教会の医者なはずだが。
「ほう、それで?」
「今の聖女様の話を聞いて確信しました。この件、派閥が絡んでいるのですよ」
「派閥、ですか?」
イセンタがコテリと首をかしげる。
「ええ。教会の方にも、あるでしょう?」
「そうですね。今述べた枢機卿と、もうひとりの枢機卿の派閥に別れていますね」
僧侶も一枚岩じゃないのか。
「宮廷にもいくつか派閥がありますが、大きく分けて文部大臣派と軍部大臣派、そして王女派の三つがあるのです」
「王女派もあるのか?」
「ええ、まあ私が命令しているわけではありません、勝手に持ち上げている派閥があるというだけです。安心してくださいね、ヒジリ」
「おう、大丈夫だ。信じてる。で、どの派閥がどのように怪しいんだ?」
「軍務大臣派、通称武官派と、その枢機卿の派閥が繋がっているようなのです。因みに、文部大臣派、通称文官派はもうひとりの枢機卿と繋がりがあるみたいです」
なんだと?
ということは……
「勇者様の腕には、宮廷と教団の癒着。そして派閥間の争いが絡んでいるのです」
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