負け犬対雌豚

 

「王女殿下、どうぞどうぞ、何かご希望がおありで?」


 ショーユ宰相が手を擦りながらサーヤに話しかける。


 ちなみに座る順は、サーヤを円卓の一番奥にし、右に俺、左に宰相。俺の右にレナ、宰相の左に外相。レナの右にイセンタ、外相の左にガンツとなっている。


 また、部屋の壁際には書記官や補佐などの役人が何人か並んでいる。それと護衛の兵士だ。


「ええ、一つ、レナさんにご忠告申し上げたいことが」


「へ?」


「何よ、言ってみなさいよ」


 レナはサーヤを見据え、顎で指図する。


「では。レナさんは、ヒジリの婚約者ではありません。婚約者はわたしです。わたしと、ヒジリの、二人だけの旅なのです! 負け犬は大人しく床にお座りしていてください」


「なっ! 負け犬ですって!?」


 サーヤの言葉に皆驚いて目を見開く。役人たちなんて、普段の冷静で物静かな(?)彼女を知っているからか、目ん玉が飛び出そうになっている。


 レナは椅子から立ち上がり机を手のひらで叩く。


「あの、我々も同行する予定なのですが……」


 ポンズさん、気にするところはそこですか……


「おい、サーヤ。いきなり何を」


「ヒジリは黙っておいてください、これは私と彼女の問題なのです」


 立ち上がったサーヤの右腕を握るが、両手で包まれ退けられてしまう。


「はあ? そもそも私はヒジリについて行きたいって言ってんの。淫乱雌ブタには関係のない話でしょ。あんたの方こそ、ベッドに仰向けに寝転がってブヒブヒ鳴いてれば?」


「淫乱!?」


 レナは自分の鼻を指で押し上げる。豚の真似のつもりか? かわいい豚さんだな。


 いやいやそうじゃない、今は祝勝会と婚約のことについての会議だろ? そんな過激な言葉を使って喧嘩をして何になるというのだ。


「あ、あの、お二人とも……」


 イセンタはわたわたと手をせわしなく動かしている。焦った姿もかわいいな、いや、存在自体が可愛い。イセンタは俺にとっては妹みたいに思っているからな。


 って、そうじゃなくて。


「サーヤ、レナ。やめてくれ。今はそんな言い合いをしている場合じゃないだろう? 俺たちからの細かい要望と、国の考えた段取りとを擦り合わせて調整しないと、もう一週間しかないんだぞ? なあ、ガンツ」


 互いに罵り合う二人を止めるのを手伝ってもらおうと、さっきから口を開かないおっさんに話しかける。


「え? おう、そうだな」


 が、我関せずと小指で耳をほじくってガンツは適当な相槌を打つ。


「話聞けよおい」


「ああ? お前を取り合って痴話喧嘩してるんだから、お前が止めろよな。なあ、宰相さんよお?」


「え? いや、そのぅ……あはは」


 ショーユは俺のことをチラチラと見ているが、言いたいことを口にすることはない。ポンズや役人たちも同じくだ。


「はー、わかったよ、わかりましたよ。おい、レナ、サーヤ」


「なによ」

「なんですか」


 互いの胸ぐらを掴んでまでいた二人は、俺が声をかけると手を離しすぐさま振り向く。あんまり速いものだから、ちょっとびっくりしちゃったじゃないか。


「これ以上喧嘩すると……お前らのこと、嫌いになりそうだわ。あーあ、じゅー、きゅー、はち」


「「すみませんでした」」


「なな、って、俺じゃなくてみんなに謝れよ。サーヤ」


 またしても物凄い速さで俺に向かって頭を下げる二人。俺のいうことは素直に聞くのな。


「はい、そうですね……ついムキになってしまって……王女だというのにはしたないですよね。皆さん、すみませんでした」


「そ、そんな! 殿下、頭をお上げください!」


 ショーユが慌てる。


「ほら、レナも。サーヤと言い合ってどうするんだ」


「……ごめんなさい」


 レナもしょぼくれ頭を下げる。


「まあまあ、お前がヒジリのことで怒るのはいつものことだし、な?」


 ガンツがやれやれと肩をすくめる。


「そ、そんなことないしっ。こいつのことなんて別に好きじゃないしっ」


「俺は好きとか嫌いとかいう話はしてないが」


「あっ」


 レナの顔が赤くなる。おいガンツやめてくれ、こっちも恥ずかしい。


「あのー、そろそろ話し合いを再開しても……」


 と、ポンズが控えめに手を挙げ発言する。見た目は少し気弱な真面目な中年という感じだが、この空気の中仕事の話を切り出せるだなんて、案外肝が座っているみたいだ。

 まあ、結論を急いでいるからかもしれんが。


「そうですな! では気を取り直して。とりあえず、同行の許可はできません。それだけはご理解いただきたく」


「むう」


「まあまあレナ。帰ってきたら、何処へでも連れて言ってやるから、約束する」


 俺は椅子から立ち上がり、俯くレナの両肩を持ってそう言う。


「……ほんと?」


「本当本当。だから、各国への凱旋は俺に任せて、国内のことをしっかり頼む。頼りにしているぞ、レナ」


「……そう、頼りに……えへへっ」


 良かった、元の調子を取り戻してくれたようだ。




「--じゃあ、これは約束の証ね」




「え?」


 と、俺の頬にキスをしてきた。


「好きとか嫌いとかの話じゃないって言ってたけど、私はヒジリが好き。この前の告白でもう吹っ切れたから。だから私も自分のしたい通りに行動する」


 さっきべつに好きじゃない言ってなかったっけ、あなた。

 まあレナは時たま思っていることと反対のことを言うことがあるからな。

 彼女が俺のことを好きだということがわかった今、思い返せば旅の間のあれやこれやも、照れ隠しだったのかな、と考える。


「な、あなた、なにをして……」


 するとそれを目にしたサーヤの瞳から光が消えていく。


「まあまあ! ほら、座って座って!」


 これはヤバイと思った俺は頬を挟むレナの手を外し、すぐさまサーヤの方へ回り、肩を押して椅子に座らせる。


「好きだ、愛している。だから後で、な? 今は我慢してくれ、頼む」


「……わかり、ました」


 できるだけ周りに聞こえないように、俺が耳元で愛の言葉を紡ぐと、目に光が取り戻されていく。ああ危ない、また喧嘩をするところだった。

 まったく、レナも困ったヤツだぜ。


「勇者様もご苦労なさっておいでなのですね」


 わかってんならもうちょっと協力してくれてもいいんじゃないか、外務大臣さんよ。


「まあ、耳元で何を囁いたのやら。今夜もベッドでお姫様ってか?」


 おいガンツ、火に油を注ぐな!!


 その後、一層へこへこした宰相の司会進行で、会議はなんとか無事? に終えることが出来たのであった。


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