危機一髪

 

「何をしているのですか、お父様!」


 皆が呆然としている間、サーヤは俺たちの目の前にやってきて、陛下の杖を引ったくり俺の顔から遠ざける。


「な、なんだ、サーヤ。おいお前たち、ここには誰も寄せるなと言って置いたはずだが?」


「いえ、確かに命令しておいたはずなのですが」


 兵士の一人が答える。


「お父様、そんなことは今は関係ありません。あなた達、どきなさい」


『ははっ!』


 彼女は周りに佇む兵士に命令し、俺達から遠ざけた。


「ではヒジリ、いきますよ」


「え?」


 そして尻餅をついていた俺の手を取り引っ張って立たせてくれる。俺は事態にイマイチ頭が追いついていないが、サーヤに着いて謁見の前の入り口へ早足で移動する。


「ま、待て。話は終わっとらんぞ! 貴様ら、さっさと二人を引き留めるのだ!」


『は、ははっ!』


 が、当たり前だが陛下は俺たちを引き留める。命令され返された兵士は陛下の命令を優先し行く手を阻む。


「……お父様、私は怒っています」


 が、サーヤは兵士が追いつく前に自ら立ち止まり、俺の手を離して陛下の方を振り向いた。


「なに?」


「いいですか。私がお父様に報告を差し上げたのは、国民の皆さんに喜んでもらいたかったからです。このような仕打ちをヒジリに受けさせるためではありません!」


「だがしかし」


「しかしもだってもありません。あのですね、お父様。忘れないでください、ヒジリはこの世界を救った勇者なのですよ? その勇者様を処刑したと知られれば、それこそ世界中から非難を浴びてしまいます。彼の存在は今や、国法や慣例で縛ることはできない特別なものになっているのですよ!」


「むむ、それはそうかも知れんが……」


 サーヤの勢いに陛下は押され一歩引く。


「確かに昨夜のことは無計画なものであったという面は否定しません。しかし、私達は婚約者。いずれは結婚するのですから交わるくらい別にいいではありませんか。国法でも十二歳以上の子作りは認められているはず、例え貴族だろうと王族だろうと、文句を言われる筋合いはありません! ほら、ヒジリ」


「あ、ああ」


 再び手をつなぐ。そして部屋を出て行こうとしたその時。




「待て、サーヤよ。婚約は解消することもできる。所詮は口約束なのだ、お前に他にいい相手がいればその者と結婚してもらうことも十分にあり得るのだ!」




「……かい、しょう?」



 え、婚約解消!?

 だが俺が問い直す前に、陛下の叫ぶ声を聞いたサーヤの黄金の目から光が消えた。


「サーヤ?」


「私とヒジリの婚約が、解消……?」


 サーヤは手を離し俯く。金色の髪が垂れ下がり、表情はうかがえない。


「た、例えばの話だ」


 陛下も彼女の異常に気がついたのか、少し弱腰になる。


「と言うことは、ヒジリが私以外の女性と結婚……?」


 いやいや、なんでそうなるんだよ。

 サーヤの身体がブルブルと震える。スライムかな?




「…………そんなの、許さない」




「え?」


「っ……、ヒジリは私のもの、なの。私と結婚するの! 婚約解消? そんなこと絶対にさせない! ヒジリは魔王を倒した、もうどこにも行く必要はない。私と一生を共にするの。一日中側にいて、愛し合うの。楽しくお喋りするの。ねえ、お父様?」


 サーヤはヒールであるにもかかわらず大股で歩き、部屋の真ん中らへんに佇む陛下に近づく。


「ヒジリと私が何をしようと私の勝手、例えお父様だろうと口を出す権利はありません。そうでしょう? もし婚約解消なんてことになったら、その時は……」


「そ、その時は?」


 見上げられているにもかかわらず怖気付いた様子の陛下は、震える声でその一言を繰り返す。そしてサーヤの返答は……




「この世界を滅ぼします」




 ☆




「なあ、サーヤ。なんであんなことを? というか、そもそも俺たちの話、どこかで聞いていたのか?」


 俺たちはサーヤの私室へ戻ってきた。侍女が掃除をしていたが、サーヤが追い出したため二人きりだ。


「……うん…………ええ。ヒジリが殺されそうになったのを見て・・、慌てて押し入ったの、です」


 見て?


「ねえ、ヒジリ」


「なんだ?」


「そもそも私たちの愛を否定するなんて、お父様でも許さない。そんなの間違っています! ですよね!?」


「うーん……いや、陛下の言い分は否定できないことだと思うけど……」


 別に国法を犯したわけではないが、陛下の仰ったことは最もだ。


「お父様がヒジリに仰ったことは全て忘れてください。私たちの愛の前では、法だの国益だの関係ありません! 強いていえば、ヒジリという魔王を討伐した勇者様がこの国に存在する事自体が大きな国益となっているのですから」


「そうかなあ」


 俺の存在が国のために、ねえ。


「見ませんでしたか? 街のあちこちで、更には中央教会までもが、ヒジリの名前を使って商売をしている始末。これは国全体が魔王討伐のお祭りムードに包まれていると同時に、勇者というネームバリューの恩恵を受けている証拠なのです」


「まあ、確かに」


 全く許可した覚えのない商品があちこちで売られていたからな。


「それに私とヒジリが身も心も結ばれたということに文句を言う国民はいないでしょう。よっぽどの捻くれ者でもない限りは、ですが」


 捻くれ者ねえ。レナみたいな? なんちゃって。


「ですから、ヒジリは堂々としておけば良いのです……それとも、私のことは愛してくださらないというのですか……?」


 サーヤは瞳を潤わせ俺のことを見上げる。


「うっ、そ、そんなわけないじゃないか! 愛しているし、これからもずっと愛し続けるよ。だら泣くなよ、な?」


 こんな可愛くて愛おしい生き物を前に、ひどいことを言える人間がいるのだろうか?


「えへへ、ありがとうございます。私も愛してますよ……ううん、愛してる、ヒジリ……」


 そして俺たちは自然と、口づけを交わすのであった。


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