対国王

 

「勇者よ、何か申し開きはあるか?」


「いいえ、滅相もございませぬ」


「そうか」


 俺は今、謁見の間に居る。

 サーヤとの件について、国王陛下に詰問されて居るのだ。

 国王陛下は睨むだけで鷹も射落とせそうな眼力を放っている。


「話は娘から聞いた。王族の婚前交渉がどれほど重いものかわかっておるな?」


「は、はい、勿論……」


「お主たちは十二歳になったばかり。まだ国民に婚約も発表していないのだ。そもそも、結婚は成人してから成されるものであると言うことはわかっておろう?」


「存じております」


「では、なぜ十二歳から子作りが認められているかわかるか?」


「なぜ……申し訳ありません、その質問にはお答え出来るほどの頭がないもので」


「お主は生粋の都会育ちだからな、無理もない。教えてやろう。それは国民の生き方がそれぞれ違うからだ」


 生き方?


「例えば農民の子は、幼児の頃から働かされることは珍しくない。田畑を耕し農作をするには人手が必要だからな」


「はい、それは理解しております」


 魔王討伐の旅の途中に寄った村々でも、子供達が働いていや光景はよく見かけた。


「魔道具が発達しているとはいえ、その機器を購入する代金も馬鹿にはならない」


「でしょうね」


 便利な分、高いのが魔道具の特徴だからな。


「すると、その人手を増やす必要がある。が、よそから人を連れてくるのはなかなか難しい。農村ならなおさらな。働ける人間を他所にやる余裕のあるところは、国全体が魔族の脅威にさらされていたとはいえ、残念ながらほぼ無いのが現状だ。わしの不徳の致すところであろう。なので、十二歳から子作りが認められているのだ」


「でも何故十二歳なのでしょうか?」


「何、単純な理由からだ。その歳頃には、子供を産める体になるからだ」


「な、なるほど」


 つまり、十二歳になって体がある程度出来上がった女の子は出来るだけ早く孕ませ、働く為の人手を増やそうというわけか。


「でも、子供を産む間、働けなくなるのでは?」


 身重のみで屈んだり立ったりはあまりよろしくない気がするが。


「何を言っておる、働かせるのだ」


「え?」


「田畑を耕す以外にも、仕事はたくさんある。農民だからと言って全く欲がないわけでもあるまい、何か物を買うには金が必要であるし、そのためにも内職をする人手も必要なのだ」


「はあ」


「足腰が悪くなった老人には、その内職をさせ、妊婦も手伝う。男手や動ける女子どもは田畑の方を。そうしてうまく回しておるのだ、わかるか?」


「はあ、そうなっているのですね」


 確かに言われてみれば、カゴを編んだり布を織ったりしている人達を見かけた気もする。成る程、あの人たちの中にも俺が気がつかなかっただけで妊婦がいたのだろう。


「我が国は農民が七割を占めておる。二割と五分を商工人、残りの五分はそれ以外の職のもの達だ。貴族やその親族は一万人ほどか」


 そんなにいるのか。その国の人口は大体一千万人ほどだったはずだ。とすると、七百万人も農民がいるのか。

 国土が大きい分、おかしくはないな。


「なのでいっそのこと国法で定め、安定した統治を行うことにしておるのだ」


「では、結婚が十五歳なのは?」


「それは、貴族に合わせた法だ。十五歳までに家を継ぐに相応しい人間になる為の猶予を設けておるのだ。現に貴族学校は十五歳が卒業だろう?」


「ええ」


 ここ王都には、いくつか学校と呼ばれる教育機関がある。その中の貴族学校は、貴族の子息が、家ごとに個別にあれこれと習い事を習わなくても、学校の方でまとめて工程を組んで教えてくれるように整えられた施設だ。


「貴族は、人口比率からするとたった一厘もいるかいないかのような層だが、国にとって必要な者達だ。この国も貴族に関する法は多い、お主もいずれはわしの後を継ぐのだから、今から勉強しておくのも悪くないだろう」


 え、いまサラッととんでもないことを仰りませんでしたか?

 そんなの聞き返せるわけないけど、めっちゃ気になるんですけど!!


「が、それはそれだ。貴族は普通、成人するまで性交渉は控える者だ、何故だかわかるな?」


「えっと……先ほどの話を逆にしますと、子供ができたら困るから、でありましょうか?」


「うむ、よくわかったな……で、お主は避妊もしていなかったようだな」


「は、はいっ」


「未成年の王女が孕ませられ身重になる……これが国にとっていかほどの損失になるか、わかっておるのか? 勇者ヒジリよ」


 国王陛下の眼力が一層強まった。俺はブルブルと全身の震えが止まらない。

 周りに立つ護衛の兵士達が、ガチャリと音を立て腰の剣に手をあてた。


「えと、わ、私めにはとても想像がつかないほどの事態になるかと」


「その通りだ、わしがいうのもなんだか、あやつは美しい姫に育ってくれた。これから外交も活発化するだろう、連れて行こうと考えていた国はいくつもある」


 魔族の脅威が排除されたため、町や村、そして国同士の行き来は格段にしやすくなった。それは魔王城からこの国に帰ってくる間、俺自身が感じている。

 一国の姫を連れていくことで、相手のことを信頼している証にもなるし、会議の場に華を添えることもできるのだろう。


「また、汚れていない聡明な姫というものは、その存在自体が価値を高める。他の国にはお主との婚約のことは知られていない、いざという時はダシにも使えるはずだった・・・のだ」


 そ、それって、俺じゃない男の許へ嫁ぐ可能性もあるってことだよな?


「だが、それももはや過去の話……私の愛しい一人娘は……どこかの大バカ者に、傷モノにされてしまったのだ!!」


 そう言って、陛下は玉座の肘置きを拳で叩き付ける。

 もう六十を過ぎているはずなのに、その迫力は衰えるどころか益々と増している。

 そんな威圧を受けた俺は、驚いてはねとびてしまった。

 そして、護衛の兵士たちがいよいよ剣を抜く。俺も咄嗟に腰に手を当てるが、謁見のために予め武器を取り上げられているため何も構えることはできない。


「魔王を倒して調子に乗っておったのではないか? 少しくらい羽目を外しても構わないと。確かに、そこらへんで飲んだくれるくらいならば、わしも何も言わん。だが、お主の起こしたことは国全体が揺らぎかねない事なのだ! いよいよ復興が始まるという時期に、こんな話が出回ってみろ、わしも、お主を輩出した我が国も世界中の笑い物だ!!」


 陛下は椅子から立ち上がり、杖をつきながら俺に近づく。


「勇者という駒は、娘と同じく外交に使えるのだ。だが、二人を一緒に同行させることはまず不可能になった、そんなことをすれば、馬車の中で逢瀬を楽しんでいるに違いないと揶揄されるに決まっている! お主単体であっても、力ばかりの考え無しな時制を読めないお飾り英雄扱いだ! これらの責任、誰にあるのか、わかっておるな?」


 眼前に、杖の先が突きつけられる。金で装飾されたそれは、打突すれば頭を貫通させることくらい容易いだろう。


「勇者は魔王との戦いで深手を負い、残念ながら神のみ元へ旅立たれた。これは聖女の神託により確認済みだ。そういえば、他国に多少怪しまれようとも納得させることは可能だ。同時に葬儀も取り行えば、わしの支持も維持できる。なんなら、娘はあの剣士に授けてやっても良いな、魔王討伐の褒美には丁度良いだろう」


 杖の先は、後少しで眼球に埋まるところで止められる。

 いつの間にか、陛下の立っていない七方を兵士に取り囲まれていた。


「あの魔法使いは、姫の代わりに外国へ連れて行き、そこの王子やらと結婚させようか? ん? 情報を我が国に流す役割も担ってもらうとなお良いな。一層の事、美人局にするのもありやもしれん」


 なっ!?


「ま、まて、レナは関係ないだろう!」


「嫌、あやつもお主と仲が良かったはずだ。間諜などに余計なことを勘ぐられる前にこの国から出した方が、駒を潰されずに済む。多少口は悪いが、見た目が良いだけでも食いつく貴族はどこの国にもごまんとおろう」


「くっ……卑劣な」


「ふん、どの口が言うか。貴様のやったことは、例え合意があろうとも貴族の世界では強姦に等しい。例え勇者だろうが、今この場で殺してしまおうとも、法的に問題はないのだぞ?」


「…………やってみろよ」


「なんだと?」


「やってみろって言ってんだ、このボケジジイ!」


「そうか……死ねぃ!」


 ごめん、サーヤ。レナ――――






「お待ちください!」


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