返事

 

「辱められた、もうお婿に行けない」


「すみませんでした……」


「むう……キス……」


 果てたサーヤのせいで、服がびしょ濡れになってしまった。

 チョップをして正気を取り戻させた(取り戻せたとは言っていない)レナに、外にいた兵士伝いに侍女に頼んで男物の着替えを持ってきてもらった。

 サーヤはこの部屋の主人なので、着替えくらいは常に備えてある。


「サーヤ、気持ちは嬉しいし、俺もサーヤのことは好きだ。愛している」


「うふっ、そんな」


「でも、さっきのはやりすぎだ。好きだからといって、相手のことを好き勝手していいわけじゃない。恋人というものは、やはり互いに歩み寄るものだと俺は思う。特に、俺たちは婚約者なんだから、いずれ結婚する時のことを考えると尚更だ」


「うっ、そうですね……反省してます」


 四六時中ひっついていたら、も、もし、もしもの話だが、子供ができた時に、教育に悪いかもしれないしな!


「結婚……ヒジリ、ねえ。あんたは、サーヤを取るの?」


 と、俯いたレナが言う。


「え?」


「だって……さっきの話、まだ終わってないよ」


「さっきのって、結婚がどうとか、というやつか?」


「それもあるけど、そもそも、告白の返事をまだ聞いていないもの。サーヤが暴走したせいで、一気にうやむやな空気になってしまったから」


「すみませんでした」


 サーヤはレナに頭を下げる。そこは素直に謝るのか。


「で、どうなの、ヒジリ。私のこと、結局好きなの、嫌いなの?」


「そんなこと急に聞かれても、正直答えにくい」


「なんでよ、理由はあるんでしょうね?」


「さっきも言ったが、お前は俺にとって幼馴染なんだ」


「それは分かっているわ。どうせヒジリことだから、急にそんなこと言われたところで恋愛感情がすぐに湧くことはない、とか言いたいんでしょ?」


「ぶっちゃけそんなところだ。頭の中でお前のその気持ちを受けとめきれていないのもあるだろう」


「でも、サーヤも幼馴染よ?」


「そうだけど、サーヤは婚約者だ。俺の親父と国王陛下が定めた許嫁だ。小さい時からそう意識して接してきたし、今は一人の女性として愛している」


「もう、ヒジリったら……ふふふっ」


「ぐぬぬっ! ふん!」


「なっ!」


 こらそこ、挑発し合わないの!

 サーヤは目だけでレナのことを煽る。反対に、レナは自らの豊満な胸を強調し、残念なことにつるぺったんなサーヤを煽り返す。これが女同士の戦いというものか。


「はあ、とにかく今ははっきりと答えられない。少し整理する時間をくれないか。でも一つだけ言わせてもらうと、今、俺が好きな女性はサーヤだ。それだけは、間違いのないことだ」


「そう……わかったわ」


「ヒジリ……」


 客観的に見ると、告白してきた女性をキープしているように見えるだろう。だが、俺はそういう意図で返事を後回しにしているわけじゃないのだ。

 レナは俺にとって大切な旅の仲間であり、また幼馴染でもある。正直、あの胸や整ったら顔にグッときたことは何度もある。


 でも、俺はレナに好かれているとはつゆほども知らなかった。寧ろ反対に、いつもツンケンしているし、すぐにあれこれと愚痴を言うし、実は嫌われているんじゃないかと疑ってさえいたほどだ。


「でも、これだけは言える。レナの気持ちは嬉しいと」


「そう、ありがと……わかったわ。返事は待ってあげる。私だって、今ものすごく恥ずかしいもの」


「そ、そうかい」


 柄にもなく女らしい表情をするもんだから、少しドキッとしてしまったじゃないか。レナのくせに、レナの癖に!


「では、この話はここまでと言うことで。決着がつかなかったのは残念ですが」


「そうね、あんな手紙を送ってくるくらいだから、サーヤも覚悟はしていたでしょうけども、このヘタレ勇者様のせいでせっかくの機会を逃してしまったわ」


 ヘタレっていうな。


「手紙といえば……」


「なんですか、ヒジリ?」


「いや、実はそもそもここにきたのは、サーヤが出した手紙を俺の親が見たからなんだ。なんてことをしたんだと、カンカンに怒られてしまった」


「うふふ、そうですか。ということは、お母様はもう私たちが真に愛する仲へなったことをご存知なのですね」


「私の母親にも見られたけどね」


「そうだな。でもその手紙が、レナが見たものと違うものだったんだ。もしかしてサーヤ、こうなることを見込んで同封したんじゃないか?」


「さあ、どうでしょう?」


 サーヤは惚けるわけでもないが、肯定するわけでもない。人を試す王族特有の顔を見せる。


「え、まさか、私が告白することまで織り込み済みだったわけなの?」


「私は、お二人がここに来ることを確信していたと申し上げました。あとは説明する必要はありませんよね?」


 つまりは、俺とサーヤが一夜を共にした時から、手紙を二通出してそれをレナが俺たちの親に見せて、二人してここにやってきて、レナが俺に告白することまでを全て想定していたというのか?


「魔王は、倒されました。ヒジリのお陰で。勿論、レナさんの助力もあってのことでしょう。御礼申し上げます」


 サーヤは俺たちに頭を下げる。王族なのにそんなことをして大丈夫なのか?


「あ、ああ。どうも」


「ええ、私の助力で、ね」


 そこはしっかり強調するのか。


「そして私とヒジリさんは、名実ともに婚約者となりました」


「そ、それは、昨日のことを言っているのか?」


「こんな変態と婚約者だなんて、お姫様も大変ね」


 おいお前、俺のこと好きなんじゃなかったのか?

 まあ、この減らず口はこの先も無くなることはないだろう。それがレナという女性なのだから。


「それだけではありません」


「と、言うと?」




「昨夜のことは、今朝方お父様に報告させていただきました」




「「え?」」


「今ごろ、国の上層部は大騒ぎなことでしょう」


「ちょ、マジで?」


「はい。それはもう、たいそう驚いていらっしゃいました。あんなお父様の顔、いつぶりに見たことでしょう。流石はヒジリですね!」


 いやいや、まてまて。そこ褒めるところじゃないよね!?


「えっ、じゃあ、ヒジリとあんたの関係は、国の知るところになったってこと?」


「ええ、勿論。下々に広がるのも時間の問題でしょう」


 国民に、勇者と姫様の婚前交渉が知られるだと?

 それって、とんでもないことなんじゃあ。


「……あんた、自分が何をしているかわかってんの? それに、そんなことをするならなんで私に告白させたのよ。もう、勝ち目なんてないじゃない! 例えヒジリが私の気持ちを受け入れてくれたとしても、この先それが叶うことはないわ!」


「そうでしょうね。この案件がどう扱われるかは兎も角、民は私たちが結婚するものとして扱うようになるでしょう。そこに邪魔者が入ることは許されない。民の作り出す" 空気"というものは、時として国家の権力よりも強大なものとなりますから」


「あんた、最低よ」


「どうとでも仰ってください」


 そう言ってサーヤは、自分の唇をペロリと舐めた。


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