四人の医者
ここ中央教会でも勇者帰還の催しがなされているようで、俺の知るよりも更に多くの人で溢れかえっていた。
身分がバレたら面倒臭くなるので、俺たちはフードをかぶっている。まだそこまで気温も高くないし、おかしくはないだろう。
教会の敷地内ではここぞとばかりに信者用の商品を販売している……ん、おい、勇者様の聖水って何だ! んん、賢者様の聖水なんてものもあるぞ!? いやいや、聖女様の黄金水って何だよ! 完全にアウトでしょうが!!
尚、剣豪様の聖水なんてものも売っていたが、明らかにアッチ系の人達がこぞって列に並んでいたので見なかったことにした。ガッツ、今後は背後に気をつけろよ。
「レナの聖水……何だか臭いそうだ」
「なっ! 馬鹿ヒジリ!」
俺の呟きに目ざとく反応したレナが、顔を真っ赤にして背中をバシバシと叩いてきた。
「いてっ。何すんだよ、別にお前のこととは言ってないだろ? あの『賢者様の聖水』のことだよ」
「はあ? あんた何言って……えええ!? な、何よあれっ!」
「な?」
それにしてもレナさん、一体何を想像したんですかねえ? 意外と年増なところがあるんだよな、こいつ。
「……ヒジリ、ちょっと待ってて」
「え? ちょ、おい! 今は取り敢えず中に入ろうぜ。文句ならこの腕のことと一緒に言えばいいだろ」
レナが据わった目で出店の方へ向かおうとするので、慌てて引き留める。それにあんまり目立つと、やれ勇者様だの賢者様だのと騒がしくなるからな。顔を隠している意味がなくなってしまう。
「むう」
「ほら、行くぞ」
仕方なく、手を繋いで引っ張る。ビクッと一瞬体を震わせたのを感じられたが、無視する。何だ、そんなに嫌なのか? 俺と繋ぐのは我慢できないのかもしれないけど、今は我慢してくれ。
教会の中も沢山の人がいたが、外とは違い流石に静かだ。
中央にある祭壇に祈りを捧げるための信徒の列ができているが、皆殆ど無言で並んでいる。そんな時間もないので、俺達は並ばずに遠くから一礼した後、そこら辺を歩いている僧をとっ捕まえることにする。
まずはイセンタにあって、抗議のための取次ぎをしてもらわないとな。あの子ならば教団内である程度のわがままは許されそうだし。
「あの、すみません、ちょっとお訊ねしたい事があるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「聖女様とお会いしたいのですが」
「聖女様と、ですか?」
僧はいきなりなんだこいつは、という顔をする。
そりゃそうか、アポもなしに会いたいと、顔を隠した不審者二人が訊ねているんだからな。
仕方ない。
「ええ、お願いします」
というと同時に、フードからチラッと顔をのぞかせる。
「ん? ……!! あ、あなた様はまさかっ!」
「しーっ! お忍びできているので」
「は、はいっ、失礼いたしましたっ」
僧はびっくりして少し叫んだが、俺が合図をすると素直に声を潜めてくれる。
「あ、あの、そちらの方は……」
「ん」
レナもフードから顔を見せる。
「は、ははは、これも神の思し召しなのでしょうか……」
僧は歓喜を通り越して引きつった笑みを見せる。
「それで、聖女様は?」
「そ、そうでしたね。それがですね、誠に申し訳ありませんが……現在、教団の上の方達と面会をされているんです。私も朝からその準備を手伝いましたので、確かです、ははは……あっ、しまったっ」
「そうですか、困ったなあ……」
僧はそこまで行った後、口元を押さえ黙り込んでしまった。
「ヒジリ、城に行った後また来たら? 直ぐそこなんだし」
「うーん、でもなあ……そうだ。あの、その面会には誰が参加しているとかはわかりますか?」
「え? 何の話ですか?」
僧は途端にすっとぼけた態度をとる。
「は? いや、聖女さまは誰かと面会されているんですよね?」
「さあ?」
ぇえ、そりゃないぜ!
「さあって、いや、あんた今そう答えたよな?」
「知りません」
「絶対に?」
「はい、絶対に」
「サインあげるから」
「サイン……い、いえ、何のことやらさっぱり全く存じ上げません」
くっ、何と強情な……
「--
「ひいっ、は、はい、畏まりましたっ!」
「ええっ!?」
俺が幾ら頼んでも頑なに拒否していたくせに、レナが頼むと一発でオーケーが出た。
一体何故なんだと、後ろを振り向く。
と、レナの目から光が消えていた。
こうなったレナは怖い……怖い。おそらく魔王でも震え上がってちびる。いや、俺が倒したけどさ。
「れ、レナさん?」
「なに? べ、別にあんたのためじゃないんだからねっ!」
もうすでに、今さっきいた別のレナは何処かへと鳴りを潜めている。
はいはい。そうかい。じゃあ誰のためなんだってーの。
「さあ、さっさとしなさい」
「畏まりっ!」
僧は高級宿屋の下男がごとくレナに向けてペコペコと頭を下げ、俺たちをどこかへと案内する。
☆
「
「「「誠に申し訳ございませんでしたぁー!」」」
俺の目の前には、レナに威圧、じゃなかった、詰問されて土下座する四人の医者がいた。
皆、俺のこの右腕の手術に帯同した者たちだ。
ただしなんと、肝心の主治医は既に逃げ出した後なのだという。
というわけで、ここにいる四人は助手だ。あくまで命令されて仕方なく手術を手伝ったと言い張っている。
が、それでもレナの怖さには勝てなかったらしく、素直に頭を下げてくれた。下げてもらえたところで、この腕が元に戻るわけでもないが……
「勇者様、みなさん反省していらっしゃるようですし、それに私も散々お話ししましたので……」
因みに今、俺の右腕には可愛い生き物、もとい、聖女様たるイセンタがさりげなくしがみついている。
実はイセンタの面会相手とは、この医者達だったのだ。
俺の腕を改造した件について、納得しきれないと、わざわざ抗議してくれていたのだ。
この展開の早さは都合の良すぎる気もするが、これも神様の思し召しとやらなのだろうか?
「でもイセンタって、俺が聞いた時、はぐらかさなかったっけ?」
「そ、それは……上の命令で……」
「上? 階級が上ってことだよな?」
イセンタは聖女様という大変高位の立場だ。
だが、それでも教団のトップというわけではない。
上には確か、枢機卿二人と、そして教皇……って、それって実質教団全体が口封じに動いているってことなんじゃあ。
「勇者様には、改造したことさえも黙っていろと言われたのですが、でも、心が痛んだのです。勇者様に向かって嘘をついていた自分が嫌いになりそうで……でもでも、命令に背いて全部話すことも憚られますし」
イセンタは次第に涙目になる。
「うっ、うっ……本当にすみません、勇者様ぁ……」
「いや、まあ、その」
豊かな胸が俺の腕に押し付けられふにゅりと形を変える。
それに加え小動物系な女の子を泣かしているという背徳感にも襲われる。
「と、とにかく、イセンタはなにも悪くないから。な? ほら、泣き止んでよ」
ポケットからハンカチを取り出し、目をそっと拭いてやる。
何と心の優しい子なのか。俺はこんな子を利用して教団に文句を言おうとしていたのか。
「あっ……」
と、イセンタは顔を赤らめた。あれ、痛かったかな?
「大丈夫か?」
「は、はいっ。えへへ」
「そうか」
泣いたり笑ったり、忙しい子だ。
「ちょっと、なにイチャイチャしてんのよ!」
と、説教が終わったらしいレナが話しかけてくる。
「い、イチャイチャっ!」
「そんな風に見えたのか? 少し話をしていただけだよ。で、そっちは?」
「ふ、ふんっ、どうだか。取り敢えず、一部始終を聞き出せたわ。あんたから聞きたいことは何かないの?」
「うーん、そうだなあ……」
未だ土下座を続ける四人に目を向ける。ガクガクと全身が震えているぞ、一体なにをされたんだ?
「……そういえば、あの」
「は、はひっ」
いや、そんなにビビらなくても。
「俺が以前聞いた話には、おかしな点があると思うんですよね」
「お、おかしな?」
「ええ。呪いを受けた腕は、魔道具を使えずに旧式の手術をしたと。でも、その腕は高僧達に寄って浄化されたんですよね? じゃあ、わざわざ難しい方法を用いなくても、現代の方式で手術した方が良かったのでは? 俺が考えるに、これは、どちらかが嘘だということなのでは?」
「そ、それは……」
「確かに、おかしいですね。私もその場に立ち会ったわけではなく、又聞きしたものをお伝えしました。ということは、誰かが意図的に嘘をついたということですよね?」
イセンタも首を傾げる。
四人の医者は、更に顔を青ざめた。
明らかに怪しいぞ、おい。
「イセンタは、誰に手術の話を聞いたんだ?」
「えっと、主治医の先生ですが」
「主治医? でもその人、逃げたんでしょう?」
「ええ。レナさんの仰る通りです。私がこの四人を集めようとした時には既に、行方知れずとなっていました」
「……何だか巨大な闇に覆われている気がする」
「闇、まさか、魔王が!?」
レナが目を見張る。
「いや、そういう闇じゃねーよ」
「あたっ」
あほか。バカなことを言うやつにはチョップをお見舞いしてやろう。
「イセンタ、この件、怪しすぎる。すぐには決着がつきそうにないぞ」
「そうですね……」
「聞けることはレナが全部聞き出してくれたはずだ。な?」
「ええ、もちろん。でも今の疑問で、こいつらが話したことは全て信用ならなくなったけどね」
「「「「ギクッ」」」」
ギクッ、なんて、口で言うやつ初めて見たぞ、おい。
「だが、今は王城にも行かなければならない。ここは一旦出直した方がいいだろう。サーヤにも、序でにこの話をしておきたい」
「そうね、お姫様なら、逃げた主治医を見つけるよう命令してくれるかも知れないし」
権力はこういう時に使ってこその権力だ。
「ああ。イセンタ、俺なんかのために折角色々としてくれていたのに、すまないな。また後で会おう」
「い、いえ。勇者様の為ですから」
「そうか、イセンタはいい子だなぁ」
「きゅう〜」
頭を撫でてやると、不思議な声を出した。なにそれかわいい。レナがなぜむすっとしているのがわからないが。
「よし、行こう。サーヤのところへ!」
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