中央教会へ

 

「ヒジリっ! お前というやつは、なんということを! 未成年が親の許可なく婚前交渉、しかも相手が王女殿下だなんて!」


 今、母さんはオーガよりも怖い顔をしている。俺の知っている中では最上級の怒り顔だ。

 確かに、婚前交渉は可能とはいえ、それは普通親の許可があってのことだ。この国は未成年に対する制限は割と厳しい。普段の躾にもそれは現れている。


「いや、でもさ」


「言い訳は聞かないよ! あの人も私も、お前のことをそんな風に育てたつもりはないけどね!」


 あの人、とは死んだ親父のことだろう。

 はあ、それを言われると弱るなぁ。


「確かにお前は凄い子だよ、自慢の息子さ。なんだって、魔王を倒した勇者様なんだからね! その報せを聞いた時、泣いて喜んださ。うちの息子がやってくれた、世界に平和を取り戻してくれた。何より、ようやく家に戻って来てくれるってね」


「母さん……」


「それがなんだい。パレードが終わったと思ったら、伝令が来て、勇者様はまだお忙しいのでと言われてそれならば仕方ないと大人しく待っていたのさ。そしてようやく帰って来たと思ったら今度は、同い年の婚約者と一夜を共にした後だって? 怒らない方がどうかしているわよ。ねえ、奥さん!」


「ま、まあ、ヒジリちゃんも反省しているみたいですし……」


「そ、そうですよおばさん、二年ぶりにあった婚約者なんです、それに私と違ってこいつ、ヒジリはまだ子供。気持ちが昂ぶってしまって抑えられなくても仕方ないと思いますよ?」


 うちの母親があまりに怒るものだから、珍しくレナも一緒になって宥めてくれる。


「いいや、関係ないね。少なくとも、そんな無責任な行動をとるような息子に育てた覚えはないですからね。そもそもあんた、そんなことしておいて、勇者様だってのに世間様に顔向けできるのかい?」


「うっ、それは……」


 故郷へ帰って、一番にすることが、親への挨拶ではなく幼馴染のお姫様とのランデブー……うん、考えるまでもなくくそったれ小僧だわ。


「後ろめたい気持ちがあるなら、さっさと姫様に謝ってきな! 全く、女の子に余計な気を使わせるんじゃないよっ」


 ん、余計な気を? どういう意味だ?


「それにしてもわざわざこんな謝罪文を送ってくださるだなんて、なんと心優しいお方なのかしら。流石は王女殿下だわ」


 んん??

 あの手紙を読んだんだよな?

 なぜそんな感想が出てくるんだ?


「ちょ、ちょっと母さん、もう一度手紙を見せて」


「ふん、姫様のお慈悲をじっくり噛みしめるんだね!」


「はいはい……えーと……あれっ?」


 お、おかしい。


 そこに書いてあったのは、勇者ヒジリを育ててくれたことへのお礼や、昨晩俺を独占してしまったことの謝罪、初夜を済ましたことなどが表現豊かかつ事細かに書かれていた。いや、初夜に関しては致すところはぼかしてはあったが。


 そこには、俺が見せられた勝利宣言とも取れる挑発文はどこにも書かれていなかった。

 あれれ、おっかしいなあー?


「おい、レナ。これはどういうことだ?」


「どういうことって?」


「いや、だから。お前が見せてきたあの手紙はどこにやったんだよ」


「はて、何のことかしら?」


 と、レナはそっぽを向いて吹けもしない口笛を吹く仕草をする。


「しらばっくれるな、そもそもあの手紙のせいで喧嘩し始めて、今こうして俺が怒られているんだろうが!」


「だから何のことかしら?」


「お、お前なぁっ!」


「まあまあヒジリちゃん、落ち着いて!」


「そうよ、いきなりどうしたんだい? 何か手紙の内容に不満があったのかい? ただでさえ恥をさらす様な真似をしたんだ、少しは慎みな馬鹿息子っ」


「うぐぐ、でも、だって……」


「はいはい、何か言いたいことがあるなら、直接言えばいいじゃない?」


 と、レナはこちらを向き直してそう提案してきた。


「はあ? 誰にだよ」


「そりゃあ、お姫様に」




 ☆




 ついでにちゃんと謝罪してきなさい、と無理やり実家から送り出された俺は、再び登城していた。

 ついてきたのはレナだけだ。母さんたちはそれくらい自分で何とかしなさい、勇者様でしょ、と同行を拒否した。鬼だ。

 まあ、母さんは後々挨拶に伺うからとは言っていたが。


「それにしても、凄いお祭り騒ぎだな」


「当たり前よ。なにせ、何十年と私たち人間を苦しめてきた魔族の親玉が、たった四人の力によって滅ぼされたのだから」


「んー、俺としては、自分のことだから、こう、諸手を挙げて祝いきれないんだよなあ」


「うふふ、何となくわかるわ。自画自賛しているみたいで、むず痒くなるのよね」


「そう、そんな感じだ、ははっ」


 俺たちを顔を合わせ共に笑う。


「うふふ、っ!」


 が、レナはなぜか直ぐに顔を横に向けて逸らしてしまった。何だよ、可愛げのないやつだなあ。


「おい、前を見ないと危ないぞ」


「わ、わかっているわよ」


 渋々と顔を戻す。ブツブツと反則だって、とか急にされたら準備が、とか訳のわからないことを呟いているが、いつものことだ。しばらく放っておこう。


 さて、俺は姫様サーヤに会うまえに、ひとつ片付けなければならないことがある。


 そう、この右腕に関してだ。


 治してもらったのはありがたいが、勝手に改造を施した件についてはきっちりと落とし前をつけさしてもらわないとな!


「それで、中央教会に行けばいいんだな」


「ブツブツ……んんっ、そ、そうね。王城の直ぐ隣だから、寄って行っても大丈夫なはずよ」


 自分の世界に入り浸っていたレナは、俺が声をかけると一つ咳払いをし、そう返事をした。


 中央教会は、王城の敷地の真横にある。先にそっちに寄ってから、姫様に会いに行ってもさほど時間はかからないはずだ。


 俺が暴れなければ、の話だが。


「----っと、ついたな」


「そうね」




 さて、異端審問の時間だ。


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