なぜバレたし

 

「い、いきなり何すんだよ? レナ、俺が何かしたか?」


 心当たりもないのにいきなり年上の女性に殴られるとか、そんな趣味は俺にはないぞ!


「し、シたって……こ、この変態! スケベ! オーク!」


「なんだよ、俺が何をしたって言うんだ!?」


「だから、シたんでしょ! 乙女何回も言わせないでよ!」


 乙女……?

 って、いやいや。


「だから何をだよ。言ってくれなきゃわかんねーじゃん?」


「ううう〜〜〜〜!!」


 それきりレナは顔を真っ赤にさせて、口をパクパク動かす。が、一向に言葉を発しない。


「あのな、勇者様よ」


「な、なんだよ、改まって。あんたはそんな呼び方するキャラじゃないだろ」




「姫様とヤッたって、本当か?」




「………はあああああ!?」




 な、なぜ知られているんだ!

 城の使用人ならまだしも、二人は昨日はお忍びで酒場に飲みに行くとか言っていたため知らないはずだぞ!


 なお、イセンタは昨日の謁見の後、中央教会の方で歓迎の催しが開かれると言ってそっちの方へ参加したため、そのまま教会で寝泊まりしているはずだ。


「ど、どこから聞いた、じゃない。なんの話だ?」


「しらばっくれても無駄よ! 証拠はここにあるんだから!」


「証拠?」


 レナは体を横に背けたまま視線だけこちらに向けると言う器用な姿勢で、右腕を腰に当て偉そうにして、左腕と一緒に一枚の紙を突き出した。

 仕方ない、読んでみよう。


「ん、なになに? 『負け犬の幼馴染様へ。勇者様の初めては頂きました。私の勝ちですね!』だと?」


 これは、誰が書いた手紙だ?

 ま、まさか、サーヤがこんな嫌味ったらしい文を書くとは思えないが……


「そうよ! あの女狐の綺麗な部分しか知らないだろう婚約者のあんたには信じられないかもしれないけど、間違いなく姫様が書いたものよ! は、ははははじめてって、つまりは、そういうことなんでしょっ!」


「うぷっ」


 手紙を顔に押しつけるように渡された。ちょっと痛い。


 いやいや、信じられない。あのサーヤが、こんな挑発にしか見えない文を、しかもわざわざレナに送りつけるだなんて。


「何かの間違えじゃないのか? イタズラとか」


「私も最初はそう思ったわよ。でもほらみて!」


「ん? ……これは」


 またレナが差し出してきたものを受け取る。


「そうよ、封蝋に使われているのは、王家の印璽。つまりは王族が出したものに間違い無いと言うことよ。 しかもこれを届けにきたのは、わざわざ城から来たという近衛兵らしき兵士だったんだから」


 手紙の封に使われる紋章が記された封蝋は、幾重にも魔法がかけられ本人しか使えないようになっている。親父も騎士爵位用のものを授かっていたためそれを持っていたので、そのことは充分知っている。


「しかもこの紋章、姫様のものよ。王家を示す紋章の上に花の冠がかかっているでしょ?」


「そういえば、そんなやつだったような……」


「ようじゃなくて、紛れもなく姫様が出した手紙なのよ、いえ、これは勝利宣言なのよ。私は認めないけど。認めないけどっ!!」


 そう言ってレナは封筒と手紙をひったくり、地面に叩きつけて足でゲシゲシと踏みにじってしまった。


「おい、不敬だぞ!」


「私とあいつの間に、今更そんなものは存在しないわ!」


「おいガンツ! どうにかしてくれ! これは何かの間違いだっ!」


「はいはい、お幸せに〜」


 中年剣豪は非常にも、頭の後ろで両手を組み口笛を吹きながら、どこかへと歩き去ってしまった。


「ヒジリのばか、あほ、すけべ、へんたい、くず、のろま、まぬけ、くされおーくぅぅぅぅぅ! うええええええん!」


「ちょ、だからなんで泣くんだよ!」


 レナは俺のことを睨みつけながらひとしきり罵倒した後、その場でしゃがみこんで泣き出してしまった。




「ちょっと、いい加減うるさいわよ!」




 と、その時、左手にある家から一人の中年女性が出てきた。


「って、あれ……も、もしかして、ヒジリちゃんっ!!!」


 ドタドタと足音を立てながら近づいて来たふくよかな女性は、そのままボケっと突っ立っていた俺のことを抱きしめた。


「もふっ!」


 ぐ、ぐるじい!


「もう、帰ってくるなら言ってくれたら良かったのに! 凱旋パレードでちょろっと見かけたきり、全く音沙汰無かったんだから!」


「おふぁふぁん、くふひいでふ!」


「んもう、魔王を倒すだなんて、流石私の娘が惚れた男ね!」


「ぐすっ……ふぇっ!? か、母さん! 何してんの、何言ってんの!」


 ん?? どう言うことだ?

 レナの叫ぶ声が少しだけ聞こえたが、豊かな胸と腕に耳を塞がれてしまっているため、二人とも何を言っているかわからない。


「ふょっふょ、はなひてふははい! ぐるひい!」


 し、死ぬ……魔王じゃなくて幼馴染の母親に殺される……

 おばさんの背中をバンバンと叩く。と、ようやく気づいてくれたのか解放してくれた。

 この胸もお腹も、なんという凶器なのだ。


「あらごめんなさい。オホホホホ!! もう、すっかり男前になって!」


「お、お久しぶりです、おばさ」


「ん〜?」


「……おねえさん」


「あらやだ、おねえさんだなんて! うふふふふふ!」


 今明らかに言わせたよね?

 それと背中をバシバシ叩かないでください。貴女どんだけ攻撃力あるんですか? 俺の代わりに勇者やります? 魔王は俺が倒しちゃいましたけど、なんちゃって。


「そうなのね。二人して何をしているかと思えば、もしかして……結婚の報告ぅ!?」


「へぇ!?」


「も、もう、母さん!! は、恥ずかしいからやめてよね! で、でも、ヒジリとならごにょごにょ……」


 いつのまにか泣きやんだレナは、指先を突っつき合わせながら、何やらブツブツと呟いている。

 俺もこんなやつと結婚だなんて、恥ずかしくて世間様に顔向けできないぜ!

 それに大切なこんな婚約者もいるんだ。


「いやいやいや、そんなんじゃないですよ! ただ、王都にきて何日かたったので、そろそろ実家に顔を見せないとな、と思ってやってきたんですよ」


「そんな強く否定しなくても……」


 レナがなにやら悲しそうな顔をしているが無視する。


「あら、そうだったの! あなたのお母さんも、心配していたわよ?」


「そうでしょうね。二年間も顔を見せていなかったんですから」


「ええ、その通りだわ、さあ、帰りましょう。お家へ!」


「は、はいっ」


 おばさんに背中を優しく押され、実家の扉の前まで来る。レナも、頑張れと言いたいのか両拳を握ってグッと下げた。




 --コンコン




「はぁ〜い」




 扉を叩くと、懐かしい、でも決して忘れることのない声が聴こえた。




「どちら様……あ、あんた……ヒジリ、なのかい?」


「……うん」


「…………」


「……た、ただいま」




「……お帰り、私の愛しい愛しい、たった一人の大事な息子」


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