婚約者

 

 さて、今更いうことでもないだろうが。俺とサーヤは婚約者だ。


 俺の親父と国王陛下、要はサーヤの親父は騎士学校の同級生で、順調に出世していった親父はそのまま国王側そば付きの近衞騎士として、陛下に長年付き添ってきた。

 陛下は一人娘であるサーヤのことをとても大事にしていたらしく、変な男に取られるくらいなら、と言うことで、俺たちが五歳の時に国王の権限と親父との合意のもと、俺をサーヤの婚約者に指名した。


 親父も俺のことをとても大切にしてくれていて、いろいろ教えてくれたし、してはいけないことをしたときはきっちりと叱ってくれた。

 俺の扱う剣技も親父が教えてくれたものだ。


 だがそんな親父も、俺とサーヤが九歳の時に、陛下の地方視察に同行している最中に起きた魔王軍の襲撃によって命を落としてしまった。

 国王陛下もその時に王妃殿下を亡くしてしまい、それから政治にのめり込むようになり、独裁的かつ強権的な国づくりを進めるようになった。


 そしてなにより、笑わなくなった。


 サーヤも母親である王妃殿下や、見知らぬ関係ではなかった俺の親父が死んだショックで、しばらくの間ひどくふさぎ込んでしまっていた。

 だが俺は親父が常々言っていた、「お姫様は騎士が守るものだ」という言いつけを守る為、サーヤをなんとか元気付けようと毎日話しかけた。

 無言でポカポカと叩かれたり部屋を追い出されたり、何をされようとも我慢して励まし続けた。


 そしてようやく彼女に笑顔が見え始めた頃、神のお告げとやらで俺は勇者に選ばれたのだ。


 魔王と対をなす存在。闇の反対は光。聖剣を手に取り、この世を支配せんとする魔族の王を討ち取る為、俺は旅に出た。


 同じく神に選ばれたと言う十二歳の少女聖女イセンタと、うちの近所に住んでいた魔導学院を卒業したばかりの、将来有望な十八歳のお姉さんレナ。そして国によって選ばれた、三十四歳のおっさんな剣豪ガンツ。


 四人は旅を続け、時に危ない目にあいながらも、俺の片腕と片目を犠牲にして(のちに治すことはできたが)魔王を討伐することができたというわけだ。


 そして国に帰ると、嬉しいことに婚約者は待ってくれていた。俺のことをひと時も忘れず、身を案じて、毎日神に祈りを捧げてくれていたというのだ。


 お茶会の後、二人きりになった夜、サーヤの私室に一人招かれた俺はその話を聞いた時。


 どうしようもなく、胸が熱くなった。


 居てもたっても居られなくなり、サーヤのことをベッドに押し倒した。

 二年間の魔王討伐を経た為、お互い十二歳。国法では子作りもできる年齢になっていた。


 朝までゆったりと愛し合った。

 お互いがお互い、初めてだった。

 サーヤは痛そうにしながらも、蕩けるような笑顔で俺を受け入れてくれた。

 全身をくまなく愛し合い、カーテンの隙間から日が差すまで、一度も休むことなく。


 ……そして今、起きたら夜だ。


「むぅ……」


 上半身を起こす。

 隣では、サーヤがまだ寝息を立てているのがわかる。

 もちろん、全裸でだ。

 少しはだけた布団をかけ直してやり、俺はそばに置いてあった服を手に取る。




 ん、まて。この服、俺が用意したものじゃないよな?




 …………ま、まさか、もう既に、俺たちの情事を他人に知られてしまっている!?


「や、やばいよな?」


 王族との婚前交渉だ。できちゃいました、テヘッ! で済まされないことは間違いない。いや、昨日今日でできるとは限らないが、それでも確率はゼロではない。

 しかも事前の連絡もなく、俺が一方的に始めたことだ。もし広まっているとしたら……いくら勇者で婚約者でも……


「コロサレル……」


 いやいや、落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない。

 たまたま暑かったので裸で寝てました、とか、全裸で体力トレーニングを、とか、言い訳は効くだろう。


 ……効くわけないだろう!


「ああー、どうしよー、ああー」


 両手で今を抱え、考えれば考えるほど、自らの犯した行いの重さを感じてしまう。




「んっ……ふぇ、っくし……」




 と、サーヤが小さくくしゃみをするのが聞こえた。


「んぇ、あれ、ここは……」


「あ、さ、サーヤ。やあ、おはよう。落ち着いて聞いてほしい。これはだなあ----」



「うふふ」



「----という訳で……え?」


 サーヤは驚くでもなく恥ずかしがるでもなく、ふわりと微笑んだ。


「やっと、真に一つになれたのですね、私たち」


「え? あ、ああ。うん、そうだな……」


「ふふ、ねぇ、こっちきて」


 サーヤは自分の右横、俺が寝ていた場所を手のひらで叩いて示す。


「は、はい」


 俺は言われた通り、ベッドの上に昇り正座をする。


「愛してる、ヒジリ……」


 と、いきなりキスをされた。そのまま、俺は押し倒されてしまう。




 ああ、やっぱ死んでもいいかも!




 ☆




「汚い、穢らわしい、近づくなっ!」


「いてっ!」


「お、おい、レナの嬢ちゃんよぉ……」


「ふんっ!」


「ううっ……」


 サーヤの手配でひとまず王城を脱出した俺は、自分の実家、貴族街にある屋敷に向かった。


 親父の就いていた近衞騎士は、騎士爵位という一代限りの名誉貴族扱いで、その息子である、つまり本来二代目である俺は名目上貴族ではなく一般人だ。

 そりゃ、多少金のある生活をさせてもらってはいたが、子供ということも相まってまだ実権は何も持ち合わせてなどいない。

 サーヤの許嫁なのだから、好き勝手できるんじゃないかと色んな人から言われていたが、国王陛下はそんなことをすれば甘ったれた婿になる、と俺が権力を持つことは許さなかったのだ。国王陛下の言うことは絶対。

 なので下手に近づいて媚を売ろうとし、進んで国の反感を買おうとするものもほとんどいなかった(世の中には相当な馬鹿もいるもので、いたことにはいた。最もどうなったかは言わずもがな)。


 子作りは若い頃からしておいた方が安心だという理由で十二歳からできるが、成人は十五歳なので、それまでは例えどんな大貴族の子息であろうとも、親の庇護下に入るしかない。なので今の俺も勇者ではあるものの一般人から大きく逸脱している訳ではない。

 功績等を鑑みて今後の処遇を決める、とは聞いているが。


 親父は死んでしまったし、母親はただの専業主婦だ。今向かっている実家で、家政婦さんを時たま招くくらいの一人暮らしをしているはずだ。


 その実家の目の前で、まるで待ち構えていたかのように、レナが仁王立ちをしていたのだ。




「……昨夜はお楽しみでしたね、ゆ、う、しゃ、さ、まっ!」


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