お姫様

 

「失礼します」


 部屋の前に立つ近衛兵が開けてくれたドアを、一礼してくぐる。

 王族の私室らしく無駄に広さのある部屋のカーペットに、四人は片膝をつく。


「勇者ヒジリ以下四人、王女殿下の御前に馳せ参じてございまする。殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 俺は代表して挨拶をする。顔は部屋に入る前から下を向いたままだ。王族の顔を見ていいのは限られた貴族だけなのだ。


「……国を、世界をお救いくださった勇者様。どうぞ、お顔を上げてくださいまし」


 なに?

 私室とはいえ、王族との公式の謁見の場だ。姫様とは決して知らない中ではないとはいえ、貴族でもない一般人である俺が顔を上げて良いとは、普通ならば考えられない返事だった。


 俺は恐る恐る、顔を上げた。いきなり近衛に切られたりしないよな? 武器は今、取り上げられているんだが。




 ----そこには、まるで光り輝く宝石のような素敵な笑顔を浮かべた美少女が居た。




 ……変わっていない。魔王討伐の旅に出た二年前と、何も。美しい肌も、光り輝く黄金の目と髪も。ただ、少し大人っぽくなったかもしれない。


 とにかく、目の前三歩分程奥に立っているその子は、俺の知っている姫様で間違い無かった。


「よくぞ、無事に戻りましたね、勇者ヒジリ」


 姫様は森羅万象あらゆるものを慈しむ女神のような笑顔を浮かべ、そう述べられた。


「貴殿の活躍によって、民は、この王国は平和な日常を取り戻すことができました。一言では感謝しきれません」


「有難きお言葉。今、この上なく幸せに存じまする」


 俺は再び頭を下げる。


「うふっ。ここからは、私的な会話ということで。皆さん、下がってくださいな」


 と、姫様はパンッと両手を打ち鳴らしした。すると近衛たちが退室する足音が聞こえた。


「さあ、もう一度顔を上げて。よく見せてください」


「はい」


 そしてドアが閉められ、姫様が再び口を開く。俺は言われた通り、頭を上げ視線を姫様に合わせた。


 すると----




「--ヒジリっ!」




「うおっ!?」


 俺は姫様……いや、サーヤに床に押し倒された。


「さ、サーヤ?」


「ヒジリっ、ヒジリっ! よかった! い、生きててくれて……」


 彼女の涙と鼻水で、せっかくあつらえてもらった礼服の胸元はべちょべちょだ。


「……ああ、生きてるよ、俺は。心配かけて、ごめんな?」


 滑らかですべすべとした、この世に存在するどんな生地にも勝る金髪を俺は優しく撫でてやる。すると、余計と泣いてしまった。


「ううっ、ぐすっ。う、腕がなくなったって、目が潰れたって聞いて、わたし、わたしっ!」


 両腕で俺の身体にぎゅっと抱きつくサーヤ。背中をぽんとゆっくりと何度か叩いてやる。

 こんなに心配してくれていたんだな。嬉し恥ずかしとはこのことか。


「大丈夫だ。ほら、この通り元に戻ったよ」


 俺はサーヤの頬を両手でつかみ、視線を合わせる。意識しやすいように、右手を使ってその絹のような柔らかな頬を撫でてやる。


「ほ、ほんと? 痛くないの? ヒジリの身体は無事なのね?」


「ああ、その通りだ。ごめんよ、サーヤ」


 顎を少し撫で、今度は俺から抱きついてやる。すると、サーヤは嬉し泣きか、笑うながら三度えんえんと泣いてしまう。


「はは、まったく、泣き虫なのは変わってないな!」


 その後、泣き止むまで少々の間、頭や背中を撫でてあやしてやったのだった。




 ☆




「成る程、それで腕と目も元どおりに」


「おうよ。ま、腕は元通り、というにはちょっと違うかもしれないが」


「勝手に改造してしまうなんて、魔導協会は何を考えているのかしら? きっちり抗議してやらなきゃね!」


「あ、あの、あまりことをあらだてるのは……悪いことをした人には、神様の天罰が下るので大丈夫ですよっ?」


「聖女様、世の中には神も悪魔も信じない人がいるんですよ。特に魔導協会の異端すれすれの魔導師なんて、どんな非道な実験でも官憲の追求をのらりくらりと交わすんですから」


「そんな、お父様が知ったらなんとおっしゃるか! レナさん、私のほうから話は通しておきます」


「ん? いえいえ、私の方からしておきますゆえ。私のヒジリのことで、王族の御方のお手を煩わせるわけには参りません」


「いえいえ、私のヒジリのことですから。それに、王族たるもの、国のために為すべきことをなすのが責務だと考えておりますゆえ」


「あらそうなの、おほほ」


「そうなんですよ、うふふ」


 どうしてこうなった。


 俺たちは姫様--サーヤ--の勧めで場所を中庭に移し、一緒にお茶をいただいていた。因みにレナの防音魔法によって盗聴対策もばっちしだ。序でに服も彼女に綺麗にしてもらった。マホウ、ベンリ、ウソツカナイ。


 俺の婚約者である、俺と同い年でありこの国のお姫様であるサーヤと、俺の家の近所に住んでいた年上の幼馴染であるレナ。二人はなぜか、昔から俺のことに関しては互いにいがみ合っているのだ。

 サーヤはともかく、婚約者でもないレナがサーヤに突っかかる理由がいまいちわからない。


「はあ……」


「おい、勇者様よぉ、こいつら、どうにかしろよ」


「そんなことを言われても……」


「だよなぁ……」


 男二人で顔を見合わせ、苦笑する。


 剣豪ガンツは、俺の昔なじみというわけではなく、国の公募によって選ばれた魔王討伐のパーティメンバーだ。

 共に旅を続けるうちに、同じ男同士色々と合うところがあったのだろう、すっかり打ち解けることができた。また、ガンツは俺の三倍は生きているおっさんなので、男としてだけでなく人生の先輩としても様々な相談に乗ってもらってもいた。


「姫様って、国民の間では、常に冷静でかつ笑顔を絶やさない、知的な美少女って言われていたんだぜ」


「らしいな」


「でもさっきの姿を見りゃあ、姫様であろうとも女の子なんだって誰しもが思うだろうな」


「そうだろうな。姫としての表向きの態度と、心を許したものへの態度が違うのは当たり前だろう」


「なんだそれは、婚約者としての優越感にでも浸ってるのか、ん?」


「い、いてて、本当のことだろ!」


 ガンツは俺の首にその太い腕を回す。


「ああん? 折角だし、詳しく聞かせろや、旅の間話さなかった姫様とのあれやこれや、あるんじゃねぇのか?」


 逃さないぞとばかりに、回す腕の力を強めてきた。


「な、なんだよ、やめろよ」


「ほれほれ、話さないと、せっかくキメてきた髪の毛が台無しになるぞぉ?」


 おっさんは今度は反対の手で俺の頭を犬を触るかのようにぐしゃぐしゃと撫で回す。


「や、やめろぉ! うわっ、やめろって!」


「むむ、二人でイチャイチャするなぁ!」


「えっ、ひ、ヒジリ!? ま、まさか、旅の間にそんな趣味が……」


「おうよ、姫様。俺とこいつは、ただならぬ関係ってもんになっちまったんですわ。すみませんね、婚約者を寝取ってしまって!」


「嘘をつくなぁ!!」


「あははは!!」


「うふふふふ」


「笑いごとじゃなぁーい!」


 こうして、久々の心からの楽しい時間は過ぎていった。


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