オタクの昼休み

 時はとある日の正午過ぎ。例によって昼休みが始まろうとしていた。正直、僕はあまりこの時間を好まない。理由?周囲の状況を見ればすぐにわかるだろう。

 クラス替えから三ヶ月がたった今、昼食を食べるグループはおおむね定まってきている。教室の隅で五人弱の女子たちがはしゃいでいたり、食堂におもむく三、四人の男集団がいたり。僕の数少ない友人であるはずの遠藤だって、その集団の一員である。そして無論、僕は一人だ。昼食時に会話なんて滅多にない。食事が終われば、とにもかくにもする事がない。


 その結果として、校則では禁止されている漫画や雑誌を持ち込む事が増えた。

 最初のうちは告げ口などを恐れたが、やってみるとこれが意外に上手くいくのである。

 で、今は昼食も食べ終え「すう☆じく」とかいう雑誌を読んでいる。名前からなんとなく予想はつくと思うが、まあ、俗に言うエロ本だ。「兵器×美少女」という、最近流行りのものである。但し隠すべき所は隠してあるし、18禁指定も受けていない。健全な本だ。

 ただ、心配事はあった。いままで自分の席は端に位置していたのだが、今度の席替えで中央に移動した。ここで本を開いているという事は、教室後方左側で暗号のようなギャル言葉を連発している女子どもに全て見られているのだろうか。まあ、彼女らはも知っているのだろうし問題ないのだろうけれど……。


 と、ここで思いがけない攻撃が入る。席替えで僕から見て左隣の席になっている二条香にじょうかおるさんが食堂から戻ってきたのだ。少し動揺しつつ、急いで本を閉じる。本の表紙にはカバーを掛けてあるから、閉じてしまえば大丈夫。これくらいのことは想定済みだ。

 しかし、計画は失敗だった。


 「それなに?」


 普段は会話などしない彼女が、興味津々きょうみしんしんに訊ねてきたのだ。


 「ただの雑誌」


 とりあえず、そう答える。


 「ふーん。鷹野ってどんな雑誌読むの?見せてー!」


 詰んだ。魚雷発射管があったら穴があったら撃ち出されたい入りたいとはまさにこのこと。


 「えっと、二条…さん…だっけ?には、まだ、えと、早いかと…です」


 慣れない異性との会話。予想以上に恥ずかしく、言葉が詰まってしまう。


 「なんかよくわかんないけど、別にいいじゃん」


 そう言って彼女は、その可愛らしく小さな手で、僕の手から本をとった。僕は当然、こうなったときに抵抗するすべなど持ち合わせていない。


 そして彼女は本を開く。だが彼女が開いたのは幸運にも、戦艦「山城やましろ」の解説ページであった。おにゃのこのイラストなど全くない。


 「へー、やっぱ兵器が好きなんだねー」


 そう言いながら、彼女はページをめくる。僕はここで制止するべきだったのだが、遅かった。


 「・・・」


 二条さんは絶句した。

 それもそのはず、そこに描かれていたのは、長身で巨乳で眼鏡でパンチラかつ服が破れた擬人化戦艦の姿だった。


 しかし三秒たつと、彼女は急に表情を変えた。


 「可愛い女の子だねっ!」


 凄く気を遣ってくれている…ようには見えない。あれ?ひょっとしてこいつ、同じオタクこっちの世界の住人か?と疑えるような顔だった。そしてその疑いは、すぐに確信へと変わった。


 「やっぱ眼鏡っ子って可愛いよね!」


 なんか、普通に男のオタク仲間と話しているような気分だ。


 「え、そう思う?」

 「うん!ところでこの、さんぎ?やまじょう?ってどれくらいつよかったの?」

 「それは『やましろ』って読むんだよ…」

 「へー!」

 「で、まあ、強かったといえば強かった。かな。」


 あれ、僕。いつの間にか普通に会話できてる。


 「それでそれで?」

 「えっとね、軍艦としては強かったのだけれど、実際に敵のふねを沈めた事は少ないんだよね」

 「なんでー?」


 こういう女の子らしい言葉を聞いていると、体が妙にこそばゆい。なんだか、ガールフレンドと話しているような気分だ。


 「当時の日本にとって、戦艦は虎の子だったからね。それに、馬鹿デカい戦艦を動かすのには重油がたくさん必要だから。いつも港にいて、敵と戦うこと自体がすくなかったんだ」

 「なんかかわいそうだね」


 たしかにそうかもしれない。可哀そうなふね、か。

 と、会話がはずんだのも束の間、チャイムが鳴り響いた。


 「もう授業はじまるね。また後で話そう!」

 「ああ、うん。またあとで」


 悲しいかな、楽しい時間というのはどうしてこう、すぐに終わってしまうのだろうか。

 教員が入ってくる。授業が始まる。


 しかし、授業が始まってしばらくの間、僕はまだ彼女の可愛らしい横顔に見惚みとれていたのであった。

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