第9話 影、あるところに
始に黒い黒い闇がそこにあった。光もなく水底のように揺蕩う存在。楽園には光もなく、ただ天子だけが飛んでいる。
楽園から追い出された人間は、どこに行くのだろう?そんな疑問を、少年は思い続ける。
女を殺し続けなければならない。それが菊池要という男だ。その感情に善も悪もない。自らが菊池という自己をあり続け、存在するために、女を殺し続けるのだ。
「ママ、ママ」
菊池は殺した母親から渡されていた聖書の表紙をなめた。結局今日は男も女も殺すことができなかった。
まったくもって、満たされない。菊池は舌打ちする。早く誰かを生贄にしなければ、菊池の存在は維持できない。目の前のエクスシーで、目の奥がちかちかする。
「対象者を逃がしたの?」
忌々しい教会側のおんなが、菊池の前に現れる。エリヤと名乗る教会の使いの女に、内心菊池は虫唾が走る思いがする。
「ええ、すいません」
甲高い薄気味の悪い菊池の声に、エリヤは片眉をあげて、侮蔑の表情を浮かべる。そのエリヤの表情は、菊池の母親にそっくりだ。菊池の母親は侮蔑の表情を浮かべて、一度だって優しい言葉を、菊池に返してくれたことはなかった。
「あなたの役目はなに?けがらわしい魔術師を消すことでしょう?そんな働きで、司教様が満足されると思って?」
「申し訳ございません」
内心煮えたぎるような屈辱を抱えながら、菊池は微笑みを浮かべてみせる。
「次はないと思いなさい」
そう高圧的にエリヤは吐き捨て、去っていく。
ああ、エリヤは菊池の母親にそっくりだ。快感で半身がしびれる。そう、菊池はエリヤにはさからえない。どんな屈辱なめにあおうとも。
菊池の足元から黒い影がのびる。
「面白い人間だな、やはり」
菊池の背後に漆黒の男が立っていた。菊池は古くからその男の存在を知っているので、いつなんどき急にあらわれようとも今更驚かない。
「アレルヤ、あの人間はなんなんだ?何故影と同質と私を、剣でさせるんだ?」
「さぁ?彼は天使なんじゃないかな?」
アレルヤはにやりと笑う。
「っけがらわしい魔女のそばに、天使がいるものか!」
いつも飄々としているアレルヤに、菊池はいらついて、どなりつける。
「ならば、悪魔?」
「悪魔はお前だろう?」
「違うよ、正確には」
「どちらでもいい。魔術師の女を殺す。お前も手伝え」
「あなたは哀れな存在だな。心底憎んでいる存在を愛している。まるでユダのようだな。君はそれで満たされるのかい?」
低い低い声で青年はささやく。
「.......食べてしまえばいいのに」
「何を言っている?」
分らず菊池はアレルヤを睨みつける。
「さぁ?」
悪魔に隙を見せてはいけない。そうしなければ食われるのは菊池のほうだと、己を改める。
「私は君のお手伝いをするよ。私は君の矮小者を気に入っているんだ。だけれど、あの天使は早めに殺さなければならない。あの存在は我々にとって忌まわしき存在になるかもしれない、特質な例だから」
「好きにしろ」
そう菊池がいうと、馬鹿丁寧にアレルヤはお辞儀をしてみせた。次の瞬間アレルヤは菊池の影といっしょに消え失せる。
菊池は反吐をはいて、裏通りから歩き出した。
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