第2話 神の根源を食らう狼
黒い複数の狼が、少年の体を食らっている。少年はもう生きていないせいか、身じろぎひとつせずに、なんら反応がない。
一人の黒い男が懐からナイフを取り出す。
「狼が表れるとは、世界は終わりなのか?」
狼は黒い男に視線を向けると、黒い男めがけて飛びかかる。
黒い男はナイフをもちかえると、黒い狼めがけて振りぬいた。狼は悲鳴をあげることなく、影が消えるごとく幻のように消える。
「さすがね、月吟」
建物の陰から、それは美しい清冽な女があらわれる。
「聖女がなんのようだ?」
月吟と呼ばれた黒い男は、感情を一切見せない目で、女のことを見た。生まれてこのかた月吟は人の感情というものを、自身で実感したことはない。月吟は遠い昔に天の使いの一族の化け物に、自身の魂の半分を食らわれたからだ。人間の位置数である魂を食われた人間は、自身がいったい何者か存在すらもわからなくなる。
「私は聖女ではないわ。「№149」それが私の名前なの。聖女なんて教会が言っている幻よ。月吟、弟さんは見つかったの?」
にっこり聖女と呼ばれた、まがい物のおんなは微笑む。
「いや、まだだ」
「見つかるといいわね。そうじゃなければあなたは......」
女の全身に入れ墨が広がっていく。そして、女の瞳が金色に輝いた。
「天国に行けなくなってしまうものね」
女の目の前に鴉があらわれる。鴉は姿を変え、甲冑の男の姿になり、女の前で剣をぬいた。
「月吟、また会いましょう。それが千年後になるかわからないけれど」
「境界線が壊れた今、この世界が続くと思うのか?」
月吟の問いかけに、女は微笑む。
「大丈夫、もうすぐことわりの女神があらわれる。そうすれば、世界は元の世界にもどるの」
ささやくように聖女は微笑む。
月吟はポケットから聖書を取り出す。
「月吟、あなたは魂ない人形なんかじゃないわ」
聖女は手を伸ばして、月吟の手に触れた。
空から雨が降り出してくる。
月吟は目の前のおんなを今すぐでも殺せる。善も悪もそんな感情はない。この女は月吟のことを、人形ではないといったが、人形そのものだと思う。
「哀れな女だ。誰ひとりとして愛することを許されない教会の人形。お前もお前と一緒だな」
女は微笑む。女の騎士らしい化け物が、月吟にむかって剣をふるう。月吟は刀をふるう。現世と幻世を断ち切る能力が、具現化する。
月吟の刀をよけた騎士はまた鴉に戻り、女の手の中に戻った。
「この子に悪気はないの。あまりいじめないで上げて」
「........」
雨が激しくなる。雷嵐が吹き荒れる。
「またね、月吟」
女が消えた。まるで幻のように。女は魔術師だから
その昔血まみれの双子がいた。双子の片方はあの世を見るとされ、両親にオカルト教団に預けられ、その教団の中で育った。そして双子の月吟の弟は死んだ。だが月吟は探し続ける。
死んだと思われていた月吟の弟の陽赤は生きていたからだ。陽赤は月吟の目の前に現れて、弟は月吟の育ての親を殺したからだ。
なんの罪も犯していない血のつながりもない月吟の義理の両親。月吟の中には人を愛する心もなければ、愛するという心の恣意もわかりかねる。だが、月吟は弟を殺さなければならない。月吟の瞳に、いつか自分を殺す陽赤の姿が見えたからだ。
あの世とこの世の境界線が、ほころぶ地平線に、ブラックホールのような虚無が見える。早く殺さなければ。すべてのものを。
そうすれば、月吟は満たされる気がしていた。
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