第11話 「決意」
「誰だ?」
祐太が部屋をノックすると、中から黒羽の声が聞こえた。
「山田だけど」
「入っていいぞ」
祐太は扉を開け、部屋の中に入った。
「どうした? 何か聞きそびれたことでもあるのか?」
黒羽の言葉に、祐太は横に首を振った。
「違うんだ。その……さっき君が俺のことを羨ましがっているように見えたから」
「……羨ましがる? 私がそなたを? 気のせいだろ」
黒羽はそっけなく答えた。
「いや、気のせいじゃない。たしかに君は俺のことをそういう目で見ていた」
祐太がそう言うと、黒羽はまるで仮面を被ったかのように無表情になった。
「そなたは我々がどうやって生まれたか知っているか?」
「? それとこれとどういう関係が」
唐突な質問に戸惑う祐太。そんな彼を無視して黒羽は話を続けていく。
「まず人間たちの『想い』から生まれた者。その神は存在すると人が『信じた』がゆえに生まれた神。尾崎課長がそうだ」
現代と違い、古代や中世では怪物や迷信が真実として信じられていた。尾崎の正体である妖狐もそうだ。
「次に元は人間だったが、死後に神として崇められ神となった者。キリやムハがそうだな」
方やチャラ男。片やロリ好き。あの二人も、死んだあとに世界三大宗教の神になるとは思ってもみなかったんだろうな、と祐太は思った。
「そして最後。『母なる神』と契約して神となった者。つまり私だ」
「『母なる神』?」
「我々神の頂点におられる方だ。その方無くして神も人も存在し得ない」
黒羽が祐太を見据える。その瞳はどこまでも冷たく無機質だ。
「私は『母なる神』に直接選ばれたのだ。その私が、そなたごときを羨ましがる? そんなことはあり得ない!」
激しい拒絶。
「黒羽……」
「この話はこれでお終いだ。帰れ」
黒羽は裕太を追い出し、扉の鍵を掛けた。そして扉に背を預ける。
祐太は何度も扉を叩き黒羽の名を呼んだが、彼女は一切返事をしなかった。
しばらくして諦めたのか、扉の向こうから裕太の気配が消えた。
黒羽はずるりと地面に座り込んだ。
「私は、羨ましくなど、ない……」
俯いた彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
◇ ◇ ◇
最寄りの駅まで車で送るという使用人の申し出を丁重に断り、裕太は神楽邸を後にした。
そして、人気のない公園に入った裕太は空を仰いで叫んだ。
「尾崎さん! キリさんやムハさんでもいい。俺に力を貸してくれ!」
「呼んだ?」
叫んで一秒と経たずに、尾崎たちが裕太の前に姿を現した。
「お願いがあります」
裕太の真剣な様子に、尾崎たちも表情を改める。
「『母なる神』と話しがしたい」
彼がそう言うと、キリはヒューと口笛を吹いた。
「おっかさんと? そりゃ豪気だね」
「それはまたどうしてだい?」
ムハが尋ねると、裕太は呟いた。
「……彼女、泣いていたんです」
裕太は見たのだ。扉が閉まる寸前、黒羽の顔を。
彼女は泣いていた。
悲しくて、そしてどうすることも出来ないという諦め。
その彼女の顔を見て、裕太は気が付いた。
彼女が裕太を羨ましがった理由。
裕太が手に入れたスキル『寿命まで死なない』は、言い方を変えれば『寿命までは生きられる』ということ。それを羨ましがったのだとしたら、彼女は……。
全てを知り、黒羽を悲しみから救うには『母なる神』と会うしかない。
「祐太君、一つだけ聞いていい? あなたは黒羽さんのことをどう思っているの?」
尾崎がじっと祐太を見つめる。返答次第では協力を拒むつもりなのだろう。
祐太は目を閉じた。
黒羽と出会って一ヶ月にも満たなかったが、彼女との様々な思い出が脳裏をよぎる。
初めて会ったときの事。クラスメートのみんなと一緒に楽しく会話したときの事。勉強を教えてもらったときの事。あられもない姿を見てしまったときの事。
美しくて可憐で。真面目で、頑固で、怒りっぽくて。それでいて子供っぽいところがあって。
そしてそれらを全てひっくるめて思うところは、ただ一つ。
彼は目を開いた。
「俺は、彼女のことが……!」
「おっかさん、祐太君と会ってもいいってさ」
祐太が想いを言いかけたとき、キリが割り込んできた。
彼は『母なる神』に祐太と会う機会を設けてくれるよう念話をしていたのだ。
「ありがとう、キリさん」
祐太はキリに深く感謝した。
「強く願えば、おっかさんはいつでも君のことを呼んでくれるから」
「本当にありがとうございます。あと一つお願いが」
「なんだい?」
キリが尋ねると、祐太は彼に何事か言った。
「お安い御用さ」
キリはニヤリと笑った。
◇ ◇ ◇
「黒羽!」
「そ、そなた。どこから入った!?」
動揺する黒羽。室内に突如裕太が姿を現したからだ。
先ほど祐太がキリにお願いしたこと。それは彼を黒羽の部屋に空間転移してもらうことだった。
泣き腫らし、目を赤くしていることを隠すように彼女は顔を背ける。
祐太は黒羽に近づくと、彼女の手を強く握った。
「『母なる神』よ、俺たちをあなたのところに!」
祐太が叫ぶと同時に、彼らの姿は霞のように消えた。
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