第7話 「勉強会」
黒羽が祐太の通う高校に転校してきてから早三日。彼女の存在はクラスだけに止まらず、学校内外で大きな話題となっていた。
転校翌日から彼女の下駄箱にはラブレターが溢れ、直接告白した者も十人を下らなかった。そんな彼らに対して、彼女は相手を傷つけないよう丁重に断った。
そして通学においても問題が起きていた。
彼女を見かけた芸能プロダクションやファッション雑誌のスカウトマン、ナンパ男などからひっきりなしに声をかけられるため、電車での通学が困難になってしまったのだ。
そのため車での送迎に変えたが、その車がリムジンであったため更に目立つ結果となった。周囲の黒羽に対する認識はすっかり『才色兼備のお嬢様』になっていた。
(ここまで目立ってしまうとは。遠方からの監視で済ませるべきだったか?)
黒羽は己の考えが甘かったことを悔いていた。
まさか自分の容姿がここまで目立つとは思ってもいなかったのだ。
天国において彼女並の美貌を持つ神は多くいるため、それが普通だと考えてしまっていたためである。
(まあ、すでに始めてしまったのだから仕方ない。このままあの者の調査を続けるだけだ)
◇ ◇ ◇
土曜日の午後。
午前中で授業が終わったため、早々に帰宅した裕太は自室でのんびり過ごしていた。すると、
「裕太、裕太! クラスメートの女の子が来てるわよ」
玄関から母親の声がした。
「クラスメートの女の子?」
裕太は首を傾げた。クラスの女の子とろくに話したこともなかったので、誰が来ているのかまるで見当も付かなかった。待たせては悪いと思い、急いで玄関に向かうとそこで待っていたのは。
「ええ、黒羽!?」
そこには制服を着た黒羽がいた。家の前には黒塗りのリムジンが止まっている。
裕太に気が付いた彼女はにっこりと笑った。
「いま時間空いてる? 最近怪我で学校を休んでいたそうだから、授業が大変だと思うの。もし良ければ一緒に勉強しない?」
「あら、黒羽ちゃん。いいの?」
裕太の母が聞き返すと、黒羽は笑顔で答えた。
「任せてください、私勉強はちょっと自信があるんです!」
「そう? じゃあ、お願いしちゃおうかな。ほら、裕太も。せっかく黒羽ちゃんが勉強しようって言ってくれているんだから」
「う、わかったよ」
そこまで言われたら断るわけにもいかず、祐太は黒羽の提案を受け入れた。
「夕方に迎えに来てちょうだい」
「はい、お嬢様」
リムジンの傍で控えていた初老の運転手に声をかけた後、黒羽は山田家に上がった。
「それじゃ、お邪魔します」
祐太は黒羽を連れて二階の自室へと向かった。
「あ、ちょっと待ってて。少し部屋の中を片付けるから」
部屋の入り口で彼女を待たせて、裕太は急いで掃除を始めた。
床に散らばっていた物を拾い集めて押し入れに投げ込み、グシャっと乱れていたベッドの掛布団やシーツを整えた。
「どうぞ」
「ふむ、ここがそなたの部屋か」
部屋の中をさっと眺めた後、黒羽は中央の丸テーブルの前に正座した。
裕太はどうにもそわそわして落ち着かなかった。
男の友達を家に招いたことは何度もあったが、女の子を自室に入れたのは人生で初めてだった。ましてそれがとびきりの美少女であれば、落ち着かないのも当然である。
「君が俺の家に来るなんて、いったいどういうことだい?」
単刀直入に尋ねた。
「どうもこうも、先ほど言っただろう。そなたの勉強の遅れが気になったのでな。少し助けてやろうと思ったのだ」
「本当に?」
彼女の真面目な性格からして『自分で勉強せねば身につかないぞ』と言いそうなものなのだが、どういう風の吹き回しだろう。
「そなたは疑い深いな。必要ないなら帰るぞ」
立ち上がった黒羽は、扉のほうへ歩いていこうとする。
「わぁ、待って。神様仏様黒羽様! このままじゃ後期試験が!」
思わず土下座して懇願する裕太。授業についていけていないのは事実である。どんな気まぐれか分らないが、勉強を見てくれるというならお願いするべきだろう。
「素直にそう言えばよいのだ」
黒羽は鷹揚に頷いた。踵を返して、丸テーブルの前に座る。
「それでは勉強会を始めるとしよう。安心しろ、そなたが授業についていけるようにしっかり教えてやる。特に歴史に関しては自信があるぞ」
黒羽がにやりと笑う。裕太にはそれが悪魔の微笑みに見えた。
そして四時間後。
「そなたは、もう少し基礎を身につける習慣を持つべきだな」
「うう……」
祐太はうなだれていた。
どんな教科も基礎が出来ていなければ応用は出来ない。祐太は基礎の部分が出来ていなかったため、まずはそこから教えなければならず、それだけで二時間を費やしていた。
やっと始めた応用の部分も、なかなかコツが掴めず悪戦苦闘。それでも黒羽は根気よく、丁寧に教え続けた。
「ほら、もう少し続けるぞ」
祐太の正面に座っていた黒羽は、彼の隣に座り直した。そして彼の横から教科書の例題を指し示しながら説明を始めた。
彼女の髪からいい匂いがして、祐太の鼻をくすぐった。
長いまつ毛。細い首筋。スカートからのぞく白くて綺麗な脚。
祐太はどぎまぎした。彼女を意識しすぎて勉強どころではなくなる。
「それで、ここにXを代入すると……どうした、顔が赤いぞ?」
黒羽が手を伸ばした。指先が祐太の額に触れる。
柔らかく、ひんやりとした指の感触を感じて、祐太の胸の鼓動が高まる。
その時、部屋の扉がコンコンと叩かれた。
「黒羽ちゃん、お迎えの車が来ているわよ……あら?」
祐太の母が部屋の中を覗くと、顔を真っ赤にした祐太と、困惑した表情の黒羽がいた。
そんな二人の様子を見て、祐太の母はピンときて理解した。
「うちの子バカだから、きっと知恵熱でも出たのね。あとの面倒はあたしが見るから」
「私のほうこそ、すみません。勉強に自信があると言っておきながら、こんな」
「いいのよ。よければまた勉強を教えてくれると助かるわ」
祐太の母の言葉に黒羽は、はいと答えた。
「じゃあ、山田君。私帰るね」
「あ、ああ」
彼女の車を見送った後、ふぅと祐太はため息をついた。
祐太の母は息子に尋ねた。
「あんた、黒羽ちゃんが好きなの?」
「な! そんなんじゃねえよ!」
母に言われ、思わず強い口調で祐太は言い返した。
「逆玉狙うなら、もうちょっと男を磨かないと相手にしてもらえないよ」
「ああ、もう! 勉強したら汗かいた。風呂入ってもう寝る」
祐太は風呂場に足早に歩いて行った。
(俺は異世界転生したいんだ。彼女は……そう、そのきっかけにすぎない。なのに、この胸にこみ上げてくる感覚は何なんだ……?)
◇ ◇ ◇
『〇月〇日
対象者の自宅にて調査を実施。家庭環境に不審な点は見当たらず。
対象者の学力・身体能力は概ね同年代の平均と変わらず、こちらも不審な点は見受けられない。
今後も引き続き調査を行う方針である』
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