第6話 「転校生」
都内の某都立高校、二年一組の教室内。
裕太は机に突っ伏して唸っていた。
「うう、ヤバイ。授業についていけない」
ただでさえ成績は中の下なのに、ここ最近続いた度重なる病院通いのせいで、このままでは期末試験は赤点のオンパレード間違いなしだった。
この先の未来を想像して暗澹とした気分に陥っていると、担任の男性教師が教室に入ってきた。
「ほら全員席につけ。さて、授業を始める前に転校生を紹介する。さ、入って」
転校生と聞いてクラスがざわつく、そして一人の女生徒が入ってきた途端、ざわめきが大きくなった。
祐太は驚きで目を見開いた。
腰まで伸びた濡羽の髪。すっと通った鼻筋に桜色の唇。透き通った肌はまるで白雪のよう。
誰もが認める絶世の美少女。
「じゃあ、神楽。簡単に自己紹介を頼むよ」
「はい」
促され、その少女は一歩前に出た。
「
彼女は優雅にお辞儀をした。
おお~、と男子生徒たちから歓声が湧き起こる。
女子生徒たちは黒羽の美貌に羨望の眼差しを向けている。
ほんのわずかの時間で、クラスメートの誰もが彼女に魅了されてしまった。
「席は……山田の隣が空いている。そこを使いなさい」
「はい」
最後尾の窓際、裕太の隣の席に黒羽が座った。
「山田君、宜しくね」
黒羽がにっこりと微笑む。
「あ、ああ。こちらこそ……」
まるで初対面かのような彼女の態度に戸惑いつつも、裕太は挨拶を返した。
(なんで黒羽がここにいる? それとも他人の空似? いや、こんな綺麗な子はそうはいないから、やっぱり俺の知っている黒羽だよな)
じっと黒羽の顔を見つめていると、視線に気が付いた彼女が小首を傾げて見返してきた。慌てて目を逸らし、祐太は正面を向いた。
そうこうしているうちに授業が始まった。
一限目は英語。さっそく教師に当てられた黒羽だったが、英文をネイティブな発音で朗読し、クラスをどよめかせた。
綺麗で性格も良く、さらに頭も良いときたら人気が出ないはずもない。一限目が終わった後、黒羽の周りにはあっという間に人だかりができた。
「ねぇねぇ、神楽さんって前はどこに住んでいたの?」
「髪綺麗。どこのシャンプー使ってるの?」
「ウソ! スッピンなの? 羨ましい~! どうやったらそんなスベスベの肌になるの?」
「部活とか興味ある? 良かったらうちの部はどうかな」
クラスの皆が次々に質問や声を掛けてくる。それに対して黒羽は一つ一つ丁寧に答えていった。
その後の授業でも黒羽は優れた学力を見せ、成績優秀・容姿端麗・温厚篤実なお嬢様というイメージがクラスメートに浸透していった。
そして放課後。
「ねね、黒羽さん。学校の中を案内してあげようか?」
クラスメートの女生徒が黒羽に話しかけてきた。
「あ、ごめんなさい。さっき山田君が校内を案内するって言ってくれたので、彼にお願いしようと思います」
黒羽は謝ると祐太に声をかけた。
「行きましょ、山田君」
「あ、うん」
案内の約束をした覚えのない祐太だったが、黒羽に促されて教室から出た。
校舎の外れ、人気のない廊下まで来て、祐太は思い切って彼女に問いかけた。
「神楽さん……えっと、前に会ったよね。その、天国で」
黒羽の目がすっと細まる。
「ああ、もちろん覚えておる」
先ほどまでの年相応の言葉遣いから大人びた口調へと変わった。
間違いない。この少女は裕太が以前出会った女神だ。
「黒羽の苗字って神楽だったんだね。知らなかった」
祐太がそう言うと、黒羽は横に首を振った。
「いや、違うぞ。地上で人として行動するのに苗字がないと不便だからな。我々は地上にいるとき神楽を名乗ることが多い。神楽の名を見掛けたらその者は神か、もしくはその関係者だと思ってほぼ間違いない」
「へぇ」
そして祐太は本題に入った。
「で、
「ああ、それはだな」
黒羽は胸を張って答えた。
「バカンスだ」
「ば、バカンス?」
「そう、バカンスだ」
裕太を調査するために来たと本当の事を喋って警戒されるわけにはいかず、あくまでバカンスで地上に来たのだと言い張った。ただ調査するだけなら離れたところから観察すれば良いが、それでは気づかないこともある。そこで彼女はクラスメートとして近くから彼を調査することにしたのだ。
「有休が溜まっていてな。使わないともったいないと思ったんだ」
(真面目で仕事大好き女神が、有休を取ってわざわざ地上でバカンス? どう考えても怪しい)
疑いの眼差しで黒羽を見る裕太。
「そなた、私を疑っているのか?」
「め、滅相もない。それにしてもバカンスで学校に転校してくるというのは、ちょっと変わってるね」
「そうか? 少年少女たちと交流するのは色々と刺激されるものがあるぞ。良い気分転換になる」
黒羽は上手く誤魔化したつもりだったが、祐太の疑惑の念は深まっていった。
「それで、どのくらいここにいる予定なの?」
「うむ、二ヵ月といったところか」
黒羽は調査期間一ヶ月と有休一ヶ月を足した数で答えた。
「短い間だが宜しく頼む」
「えっと、こちらこそ」
何をしに来たのかわからないが、祐太はただ一つだけ確信できたことがあった。
これからとんでもないことが起きる、と。
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