第4話 「二柱の神」

 裕太はすっかりお馴染みとなった黒羽の仕事部屋で目を覚ました。

 三度目の天国来訪。今回の原因は、校庭で体育の授業中に突然大雨が降り始め、そのとき落雷に打たれ死にかけたためである。


「あれ、黒羽いないのか」


 彼女の仕事部屋は無人だった。裕太は取り合えず椅子に座って彼女を待つことにした。

 無言で待ち続けること三十分。


「う~ん、暇だ」


 沈黙に耐え切れず、裕太は思わず声を出してしまった。

 ひょっとして今日は仕事が休みなのだろうか? そう考えていると、扉のノブがガチャリと音を立てた。


「黒羽ちゃん居るかい……って、おや?」


 二人の男が部屋に入ってきた。

 一人は軽薄そうな白人の青年。明るい茶髪に耳にはピアス。灰色のスーツを着崩し、頭には茨の冠を被っていた。

 もう一人は立派な髭を生やしたアラブ系の青年だ。民族衣装である白のカンドゥーラを着ている。こちらは先ほどの青年とは違い、真面目そうだ。


「お、キミが噂の山田祐太君かい?」


 白人の青年は裕太に握手を求めてきた。


「オレのことはキリって呼んでくれ」

「キリさん、ですか」


 困惑しつつも握手を交わす裕太。

 次にアラブ系の青年が両腕を広げ抱擁してきた。


「私のことはムハで構わない」

「はぁ」


 ……んん? キリにムハ?

 裕太の脳裏に有名な人物たちの名前が浮かんできた。


「あの、ひょっとしてお二人は……イ〇スさんとム〇ンマドさん?」

「あ、やっぱわかっちゃう? オレたち有名人だもんねぇ」


 ……こんな青年がイ〇ス・キ〇ストだと知ったら、敬虔な信者は自殺してしまうのではないだろうか。


「ところで君、黒羽殿の事をどう思う?」


 ムハが話しかけてきた。


「どう思うって……」


 突然の質問に戸惑いながらも、祐太は素直に答えた。


「ものすごい美少女ですね。でも中身は大人で、見た目とアンバランスというか」


 うんうんとムハは頷く。


「そうか、君もロリババアが好きなんだね。うむ、君とは良い酒が飲めそうだ」

「いやいや、俺未成年だし、そもそもあなた、酒を飲んじゃいけない戒律ではないんですか?」


 思わずツッコミを入れてしまう裕太。

 この人もキリとはまた違った意味でダメな人だと裕太は思った。


「誰がロリババアだ!」


 扉が開き、黒羽が声を荒げながら部屋に入ってきた。

 どうやら三人の会話が廊下に漏れていたらしい。


「黒羽ちゃん、どこ行っていたんだい?」


 キリが軽薄な口調で尋ねた。


「そなたに言う必要はない」


 彼女は冷たく言い放つ。


「それにいつも言っているだろ。年上をちゃん付けで呼ぶな、と」

「黒羽殿は厳しいな」


 ムハがそう言うと、黒羽は彼を睨みつけた。


「そなたもだ、ムハ。年上に対して敬意を払え」

「もちろん敬意を払っています。見た目はロリなのに中身はババア。その二つは本来、決して交わることのない二律相反の性質であるにも関わらず、黒羽殿はそれを成立させているのです。まさに至高の存在と言っても過言ではありません。というか、ロリババア最高」

「だから、ロリババアはやめんか!」


 部屋に黒羽の怒声が響く。

 裕太は呆れ顔になった。三人とも神様だというのに、いやはや、やっていることは人間とまるで変わらないではないか。


「そなたらがその様な無様な姿を見せるから、人間が調子に乗るのだ」


 黒羽はそう言いながら、チラリと祐太に目線を向けた。


「俺は調子になんて乗ってないぞ」


 話しを振られた祐太はムっとして言い返した。


「ふん、どうだか」


 黒羽は心底信じていない様子だった。


「黒羽ちゃんは真面目だねぇ。そういや昔、オレ達が地上に遊びに行って酒場で女の子達と楽しんでいたら『職務怠慢だ!』とか言って怒ったことがあったよね」

「あのときは黒羽殿の起こした地震や雷で街ごと崩壊しましたからなぁ。住民達に死者や怪我人が出なかったのは奇跡としか言いようがありません」


 キリとムハの昔話に、黒羽はバツの悪そうな顔になった。


「あれは……彼等には申し訳ないことをしたと思っている。だから、すぐに新しく街を造って彼等に提供したではないか。……いや、そもそも、そなたらがあのような如何わしい店に入り浸るのが悪いのだ。神としての自覚に欠けておる」


 黒羽は説教を始めた。


「神にも息抜きは必要だも~ん」とキリ。

「その通りです。あの店は私好みの娘っ子たちがいっぱいいたんですけどねぇ」とムハ。

「ああ、もうよい。埒が明かない」


 平行線を辿る不毛な会話を打ち切ると、黒羽は裕太に視線を向けた。


「それで、そなた。またここに来たのか」

「うん」


 裕太は最近考えていたことを黒羽に伝えた。


「ひょっとしたら、俺は何か特殊な能力を持っていたりするんじゃないかな。それで死にかける度にここに来ちゃう、と」

「う~ん。気を悪くしないでほしいけど、君からは特に何にも感じられないねぇ」


 裕太の頭のてっぺんからつま先まで視線を動かしながらキリは言った。


「はぁ、そうですか」


 裕太はがっくりとうなだれた。


「まあ、幸運の持ち主とは言えるかもしれんな。普通の人間ならとっくに死んでおる」


 黒羽が言葉を続ける。


「とはいえ、いつまでもこのような幸運が続くわけではない」

「そうだね。人生における幸福の絶対量は決まっているから、これからは不幸が連続して訪れることになる」


 キリがさらりと、とんでもないことを口にした。


「え、嘘?」


 裕太は耳を疑った。そんな話は初耳だ。この先、ずっと不幸が続くのか?


「嘘だよ~ん。君は騙されやすいタイプだね」

「な!」


 腹を抱えて笑い出すキリ。

 裕太は顔を赤くした。神様にそんなことを言われたら信じてしまうに決まっているではないか。


「でもこれでわかったよ。ひょっとしたら、良からぬことを考えて黒羽ちゃんに近づいてきたんじゃないかと思っていたんだけど、いや本当に済まないね」


 キリは笑みを浮かべていた。だが、目は笑ってはいなかった。


「念のため彼の個人情報を確認しておいたほうが良いのでは?」


 ムハが提案した。


「まあ、調べるまでもないと思うが」


 黒羽はノートパソコンを立ち上げた。役所のサーバーにアクセスし、裕太の個人情報を確認するためだ。

 彼女は閲覧用のアプリケーションを起動し、必要項目を入力していった。

 国名、住所、名前。

 検索をかけると同姓同名が何件かヒットした。表示を写真表示に切り替える。

 祐太がいた。

 カーソルを合わせ、プロフィールを表示する。


「ふむ」と黒羽。

「これはまた」とムハ。

「ザ・一般人ってところだね」とキリ。


 キリは視線を黒羽に向けた。彼女が頷いたのを確認すると、彼はノートパソコンの向きをくるりと変え、裕太に画面を見せた。


「山田裕太、男、十六才、日本人。身長百七十センチ、体重六十三キロ。血液型A型……」


 身体的特徴や、これまでの人生の略歴が書かれていた。

 そして一番下の特記事項の欄に書かれていたのは。


「『特になし』……」


 裕太はがっかりした。ひょっとしたら、ラノベやアニメの主人公のように特殊な能力に目覚めたのかもしれないと思っていたのだ。こうもはっきり見せつけられてしまうと、何も言えなくなってしまう。


「となると今回も合わせて三回、死にかけてここに来てしまったのは偶然ということだな」


 黒羽が結論付けた。


「そうなりますな」

「ちょっと面白みのない結果になっちゃったね」


 ムハとキリが言った。


「さて、これでこの件は解決だ。ところで二人とも、何か用事があったのではないか?」


 黒羽がキリたちに尋ねた。


「あー、すっかり忘れてた。実は……」


 そこまで言って、キリは祐太がいたことを思い出した。


「おっと、これからは大事な仕事の話。裕太君は地上に帰る時間だよ」


 キリがそう言うと、裕太の意識はふっと遠ざかった。

 そして次に目覚めたとき、彼は病室のベッドの上だった。

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