第2話 「再会」
事故に遭った裕太は、翌日病院のベッドで目を覚ました。
見舞いに来た両親の話によると、トラックの暴走をギリギリの所で避けたものの、勢い余って道路脇の植え込みに自転車ごと突っ込み、そのまま気を失ったらしい。怪我のほうも幸いなことに擦り傷程度で済んだ。
念のため一日病院で泊まり、その後の検査で異常は見当たらなかった為、すぐに退院となった。
いつもの日常に戻った裕太。
だが、彼の脳裏を浮かぶのは一人の少女の面影ばかり。
「黒羽、だっけ」
黒髪の麗しき女神、黒羽。
彼女との出会いは本当に起きた出来事だったのだろうか。それとも交通事故で寝ていた際に見た只の夢なのか。
モヤモヤした気持ちのまま、普段の生活に戻って一週間が経過した。
「風呂掃除やっといて」
その日学校から帰った裕太は、母親に頼まれて風呂掃除を始めた。
塩素系洗剤を汚れにぶっかけ、ブラシでごしごしと擦る。
ふと脇を見ると、雑多な物が入ったプラ籠の中の酸性系洗剤が目に飛び込んできた。
「混ぜたら危険、か。これだけデカデカと書いてあるのに混ぜる奴はいないよな」
手に取ってしげしげと眺めた後、ひょいと籠に戻した。背を向け、風呂掃除を再開する。
だが、その洗剤はキャップが緩んでいた。そして、戻すときに勢いが付いて倒れてしまったことに裕太は気が付かなかった。
液体が漏れ出し、籠の隙間からゆっくりと床面に流れ出す。やがて掃除で使用していた洗剤と混ざり合っていった。
塩素系洗剤+酸性系洗剤=塩素ガス。
裕太はぶっ倒れた。
◇ ◇ ◇
意識が戻った時、裕太は再びあの部屋にいた。
「またそなたか」
椅子に座っていた黒髪の少女――黒羽が呆れたように言った。
机にはノートパソコンが置かれ、その隣には資料と思しき紙の束が広げられている。
どうやら仕事中に来てしまったらしい。
「魂の尾がまだ付いているぞ。さっさと帰れ。まあ、仮に尾が付いていなかったとしても、そなたなど現世に即転生させるだけだが」
「ま、待ってくれ。少し話しをしないか? ずっと仕事じゃ疲れるだろ。仕事の合間の息抜きだと思って付き合ってくれればいいからさ」
「前にも言っただろう。私は仕事の手は抜かない。休憩時間以外に休むなど言語道断だ」
頭の固さと真面目っぷりに辟易しながら、裕太は言葉を続ける。
「そう言わずにさ。えっと……ほら! 変だと思わない? 君は以前、魂の尾が付いたままここに来る人間はたまにいると言った。けど、この短い期間に二回もここに来た人間はそうはいないんじゃないかな」
思いつくままに言葉を続ける裕太。
「……確かにそうだ。何か心当たりはあるか?」
「ない。前回も今回も、気が付いたらここに居た」
「ふむ」
黒羽は少し考えこむ様子を見せた。
「そういえば、まだ名前を言ってなかったよね。俺は山田裕太。君のことは……黒羽と呼んでいいかな?」
「好きにしろ」
黒羽は素っ気なく答えた。
見た目は可憐な少女であるため、つい年下の女の子に話しかけるような口調になってしまうが、相手は神様である。無礼者と怒られるかと思ったが、彼女はそういったところは気にしないらしい。
裕太は空いていた椅子に座ると、彼女と向き合った。
「いま何の仕事をしているの?」
「別部署との進捗状況の確認と今後の調整」
「……想像していた天国と全然違うな」
ここが天国であるという実感が全く湧かなかった。彼女の姿はどう見ても会社で仕事をしている(若すぎるけど)OLだ。
「人間は天国に関して過大な妄想を抱く者が多いが、実際の所、そなたたちの生活とほとんど変わらないぞ」
「じゃあ、君が普段どういった生活をしているか教えてよ」
裕太の問いに黒羽は答えた。
「そうだな、朝は七時に起きる。朝食を摂り、八時半に家を出る。九時から仕事を始め、十二時から昼休憩。十三時から仕事を再開し、十七時に仕事を終える。その後は家に帰り、夕飯を摂る。そして風呂に入り、明日の準備をして二十二時には寝ているな」
「はぁ、それはまた」
規則正しい生活だ。趣味とかないのだろうか?
「真面目なんだね」
「私は普通だ。他の者たちがいい加減すぎるのだ。特にあの者たちときたら……」
誰かを思い出したのか、黒羽は不機嫌な表情になった。
「さて……と、もうこんな時間か」
壁に掛けられた時計に目を向けた黒羽が言った。針がちょうど十七時を指したところだった。
「そなたのせいで、中途半端なところで仕事が終わってしまったぞ」
ノートパソコンを閉じ、資料を片付けながら黒羽が言った。
「あ、ごめん」
裕太は謝った。
「私は家に帰る。そなたも地上に帰るがよい」
黒羽が右手を上げようとした。
その動作を見た裕太は彼女を制止した。
「待って、もう少しだけここにいてもいい? 天国の事、もっと知りたいんだ」
「……まあ構わないが、知ってどうする?」
「俺がここに来てしまうヒントが見つかるかもしれないと思って」
祐太は正直に答えた。
だが同時に別の事も考えていた。
(ひょっとしたら、異世界転生することが出来るかもしれない)
二度も天国まで来ることが出来たのだ。あとは転生を担当しているこの少女とうまく交渉すれば異世界に行けるに違いない。そのためにも、今は天国について情報を集めるのが先決だった。
「いいだろう、ついてこい」
そんな彼の考えを知ってか知らずか、黒羽はトートバックを肩に掛けると、扉に向かって歩き出した。
祐太も彼女の後を追い、一緒に廊下に出た。
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