異世界転生したいのに、真面目な女神が許してくれない
木村城士
第1話 「黒髪の女神」
「異世界転生したい!」
それが彼、
都立高に通う高校二年生、十七才。容姿平凡、成績は中の下。
アニメやゲームが大好きな、典型的なオタク男子だ。
異世界転生。そう、最近のアニメやゲーム、ラノベでは異世界転生をテーマにした作品が流行っている。
なぜそんなに流行るのか? それは昨今の日本の情勢を少し考えればすぐにわかることだ。
年々下がり続ける所得。右肩上がりの税金。政治家の汚職は無くならず、少子化は止まることを知らない。ブラック企業は増加を続け、異常犯罪が連日のように報道される。世界を見渡せば飢餓に貧困、民族紛争に宗教戦争と、まさに終わりなき負のスパイラル。
小さいころからそんな話ばかりテレビやネットで見て育ったのだから、将来に夢を抱けというのが無理に決まっている。
それ故、オタク界隈では異世界転生物が流行ることになる。
夢も希望もないこの世界から異世界の住人に生まれ変わり、チート能力満載で無双して、美少女たちにモテまくる。この世界では決して体験できないことだ。
だが裕太自身、異世界転生が出来るなんてこれっぽっちも信じてはいない。そんなのものは所詮アニメやゲームだけの話だ。
(だけど、そういったものでストレスを発散しなくちゃ、今の世の中クソ過ぎてやっていけないじゃないか!)
そんなことを思いつつ、今日も彼は高校に通う。
自宅から学校までは片道分三十分ほどの自転車通学だ。
見慣れた道を走りすぎていく。
前方の歩道の信号が赤から青になった。スピードを落とさず自転車を漕ぎ、そのまま渡り始める。
その時、一台のトラックがスピードを落とさず交差点に走り込んできた。
運転手は目を閉じ、頭が船を漕いでいる。完全に居眠り運転だ。
「わぁっ!」
トラックがぶつかる寸前、裕太の意識はぷっつりと途切れた。
◇ ◇ ◇
「ここは……」
気が付くと、裕太は八畳ほどの部屋の中で立ち尽くしていた。
部屋には窓がなく、扉が一つ。天井の蛍光灯に照らされた室内をぐるりと見渡すと、まず目に入ったのはスチール製の事務机。その上には筆記具の収まったペン立てや小物入れ、ディスプレイ付の固定電話があった。安っぽい二組の椅子。ファイルや本で埋め尽くされた書類棚。どうやら、どこかの会社の事務室らしい。
裕太は困惑した。確かトラックに轢かれたはずなのに、ここはいったい。
そのとき扉が開き、一人の少女が入ってきた。
「あ……」
その姿を見て、裕太は言葉を失った。
年は十四、五くらいだろうか。
百七十センチの裕太よりも頭一つほど低い背丈。
癖のない濡羽の髪は背中まで伸び、前髪は眉のあたりできっちりと揃えている。切れ長の黒い瞳。すっと通った鼻筋に、桜色の小さな唇。透き通るような白雪の肌。
(こんな綺麗な子、見たことないや)
テレビや映画で人気の国民的美少女たちが束になっても、彼女の足元にすら及ばないだろう。
千年に一人どころか、一万年に一人の美少女だった。
少女は黒のスーツを着ていた。白いブラウスの襟元からのぞく華奢な鎖骨。タイトスカートからすらりと伸びた脚はベージュのストッキングに包まれ、足先は黒のパンプスだ。
服装だけ見れば就活生か新社会人といった感じだが、少女の年齢には些か不似合いだった。今の彼女はどう見ても子供が背伸びして大人びた格好をしているか、もしくはコスプレをしているようにしか見えなかった。
「そなた、今失礼なことを考えたな。顔を見れば分かるぞ」
裕太に気が付いた少女が言った。鈴を鳴らすような心地よい声音。
だが可憐な彼女の表情は、みるみる不機嫌なものになっていった。
「い、いや、そんなことは……。それより、ここは何処だ?」
慌てて誤魔化しながら祐太が尋ねると、少女は答えた。
「ここは、そなたたちが天国と呼ぶところだ。そして私は、天国へと昇ってきた死者の魂の中から、異世界へ転生するのに相応しい魂を選別して送り出す仕事をしている」
「つまり君は……神様?」
「そうだ」
少女は頷いた。
「冗談は止してくれ」
祐太はからかわれていると思った。よりにもよって神様だなんて。
「私は冗談は嫌いだ」
彼の言葉はバッサリと切り捨てられた。
祐太はまじまじと少女の顔を見た。
目は言葉以上に語ると言うが、彼女の目はとても真剣で、嘘や冗談といったものは感じられなかった。
「……本当に神様? ということは、俺は異世界に転生できるのか?」
異世界転生なんてラノベやゲームだけの話だと思っていたのに、まさか本当に出来るなんて。
「俺、どんな異世界に行けるんだ? チート能力満載で、どんな怪物も指先一つでダウン。出会う美少女全員にモテモテなんだろうなぁ」
突如湧いて出た幸運に舞い上がる裕太。そんな彼に、少女は凍りつくような冷たい眼差しを向けた。
「何を言っている。そなたごときが異世界転生できるわけないだろ」
「そうそう、俺ごときが異世界転生できるわけ……って、ええっ!?」
少女がじろりと祐太を睨む。
「神の中にはろくに審査もせず転生させている不届きな者もいるようだが、私はそのようないい加減な仕事はしない。そもそも何の努力もしていない者が、苦労もせず楽をするという考えが私は気に食わん」
さらに彼女は言葉を続けた。
「それにそなた。まだ死んではおらんぞ。自分の背中を見てみろ」
「え?」
そう言われ慌てて背中を見ると、白い帯状の煙のような物が背中から地面へと垂れ下がっていた。
「それは魂がまだ肉体と繋がっている証拠。今そなたの身体は……病院のベッドの上だな」
少女は魂の尾から目を離し、裕太の顔を見上げた。
「というわけで、そなたはさっさと地上に帰れ。私は片づけなければならない仕事が山ほどある」
「なんだよそれ。俺は何かの間違いでここに来てしまったっていうのか?」
「ああ、間違いだ。ここではたまにある。さあ、もういいだろう。帰れ」
少女が手を振ると、裕太の身体は下へと引っ張られ始めた。床をすり抜け、既に太ももまで沈み込もうとしていた。
「ま、待てよ。君の名前は?」
咄嗟に彼の口から出たのはそんな言葉だった。
少女は答えた。
「
そして裕太の魂は、病院のベッドで横たわる彼の身体へと戻っていった。
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