馬の言葉がわかればいいのに……という矛盾
「馬の言葉がわかればいいのに」
という人がいる。
でも、我々は日本語がわかるのに、人間関係で失敗することが多い。
都合の悪いことは聞きたくないし、言葉で傷つく。すべて受け取ったら苦しくてたまらない。
言葉のわかる人ですら、こんなにうまくいかないのに。
世をすねてたむろする不良少年を諭すこともできない親たちがたくさんいて、言葉を紡いでも「理解できっこない!」と聞かれなくて……。
愛情あるもの同士なのに、傷つけあってばかりだ。
ましてや、人に使われることで種を繋いできた馬たちの言葉がわかったとしたら……それはもう、耳を塞ぎたくなるだろう。
実際、馬はいろいろ訴えてくることがある。
だが、それは「わがまま」と片付けられてしまうのだ。
例えばだ、尻っ跳ねして人を落とす馬がいたら、もしかしたら背中が痛いんじゃないだろうか? などと言えば、甘やかしと思われ、もしもそうだとしても、そんなこと気にしていたら、乗馬できない、だから、目をつぶっておくわ……と、平気で言う人もいる。
もちろん、馬は人間のいうことを聞きたくない時もあるけれど、自分の体や気持ちが安定している時は、人間に協力的だ。なにせ、そうやって、種を繋いできた生き物なのだから。
わかりたくないのに「馬の言葉がわかればいいのに」というのは、矛盾だろう。
我々の本性は、「つべこべいわずにいうことをきけ!」だ。
自己アピールしてくる馬は、わがままな馬だと片付けられる。
多くの人は、奴隷のようにかしずく馬が好きで、奴隷は有無も言わず人に従うべきだ、と思う。
余計なことを訴えようとする馬は、鞭で叩かれる。怖がられる。嫌がられる。
嫌な馬に当たって
「なんであんなわがままな馬、ここにいるんだろう? さっさと肉にでもなってしまえ!」
と、頭をよぎったことはないだろうか?
従順で無口な馬が好きなのに、「馬は何もいわない」と嘆いてはいないだろうか?
自分の胸に手をあてて、もう一度問いてみる。
「馬の言葉がわかればいいのに」
本当にそう思っているのだろうか? 心から。
私がみている限り、肉になれ! と思われるような、ちょっぴりわがままな馬のほうが長く生きる。無口で従順で奴隷のように大人しく従う馬は、散々こき使われて早く消耗する。
痛みや疲れがある時、時々わがままな態度をとっては、人を困らせ、元気な時は従い、「この馬に乗れたら一人前」などと、お客さんの目標になったりして、そこそこ可愛がられたりもして……。
そういう世渡り上手な馬のほうが、レッスン馬には向いている。
赤子は不満を訴える時、泣くしかない。
馬は不満を訴える時、耳を伏せたり、威嚇したり、尻っ跳ねしたり、目をむいたり、蹴ったり、噛んだり、前かきしたり……。
とにかく、両者とも人が嫌がることでしか、不満を表現できないのだ。
受け取り側が、それを何かのサインとも思わず、単なるわがままで片付けてしまったり、自分を攻撃してくると警戒してあたったり、叱ってやめさせることばかり考えていたら……。
いつまでたっても、馬の訴えはわからない。
もう一度、初心にかえろう。
あなたは、初めて馬に接した時、馬の仕草を見て、これは何を訴えているの? と、不思議に思ったはず。そして、そのサインを知りたいと思ったはず。
だから、馬の言葉がわかればいいのに……と思ったはずなのだ。
それが、いつの間にか、馬のわがままで片付けるようになってしまった。
それは、あなたが馬によって、傷つけられたからではないだろうか?
愛情を、噛んだり蹴ったり威嚇したり……で、返してくれる馬たちに。
教師が、初めて教壇に立った時(今は教壇がないのかな?)生徒たちを目の前にして、この子たちを正しく導こう、気持ちのわかる先生になろう、と誓うのだが、日々の困難に疲れ果ててきて、傷つけられて、どんどんとその初心を忘れ、こいつら、悪い奴らだ、わがままだ……と思ってしまうように。
教師は生徒に怒鳴るだろう。
「おまえら、つべこべ言わずにいうことをきけ!」
我々は、多かれ少なかれ、「大人はわかってくれない」という苛立つ時代を越えて、成長してきた。
だから「人間はわかってくれない」馬の立場を理解できるはず。
つべこべ言わずに言うことを聞ける大人は、いただろうか?
いたとしたら、父親のような存在で、絶対的な信頼がある人だろう。
自分を理解し、わかってくれているからこそだと認められる人だろう。
そういう人が言う「いうことをきけ」と、心にゆとりがなく、イライラしている人が言う「いうことををきけ」は、全く
あなたの心が癒されたなら、馬は雄弁に語るはずだ。
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