魂の色を見極める


 自分は自分……とひたすら書いているけれど、他人のアドバイスはありがたいものだ。無視しろ、という意味ではない。


 最初に、乗馬ライフを人生に例えた。

 自分らしくあれ、といっても、赤子や子供は成長し、環境や人の影響を受け、変わってゆく。大人になる頃にはまた別の自分になる。

 それと同じように、馬と触れ合い、人のアドバイスを受けているうちに、やがて、考え方も変わってゆき、成長し、大人になるがごとく、自分らしい馬乗りになるのだ、と思う。

 自分らしい自分も成長するのだ。


 だが、変わらない部分というものもある。

『魂の色』とでも言っておこう。


 たとえばだ、男性は女性よりも支配欲が強く、女性は男性よりも母性本能が強い……と言われている。

 多少の個人差はあれ、それが馬への接し方に現れてくるのだ。

 男性は力で馬を支配し、手のうちに入れようとしてしまう。女性は優しさで馬に接して、どうにか言うことを聞いてもらおうとしてしまう。


 ナチュラルホースマンシップの講習で、このような例えを聞いた。

 とある牧場の夫婦がいて、馬は夫には従うが、妻には従わない。でも、馬は夫を恐れて警戒しているが、妻には心を開いて寄って来る。

 この両面を持っているのが理想だ、と。


 が、実際は、どちらかに偏ってしまう。


 馬乗りも十年やればいっぱしの馬論を語り出すさ、と言った人がいる。

 実際、私もこうして語っているわけで。

 で、上記の夫に「もっと妻のように優しく接しては?」と言えば、「妻は馬にバカにされているじゃないか!」と激怒するだろうし、妻に「もっと夫のように厳しく接しては?」と言えば、「夫は馬に嫌われているじゃないの!」とむくれるだろう。

 つまるところ、魂の色が違うのだ。


 先に書いた『北風と太陽』の例。

 太陽のように馬に接したい人に、北風になれ! と指導しても辛いだけ。北風のような人に、太陽のようになれ! と言っても、理解されない。


 だから、乗馬ライフの上で子供であるところの人は、自分の魂が心地よい人に指導をうけるべきだ。なりたい大人を見習うべきだ。

 太陽のように馬に接したいのなら、もっと強く馬を叩け、叩けないやつは上手になれないぞ! という指導者につけば不幸だし、実際、馬を叩くやり方を学び、そういう乗馬ライフを送ることになる。

 とても不幸なことだと思う。


 太陽のような人であっても、強いところは強く出ている。

 でも、それが不要なものではなく、ピンポイントだからであって、こういう時は叱る、こういう時は叱らず、忍耐強く当たる……というノウハウがあるのだ。

 魂の色が同じで、指導に、ああ、なるほど……と納得できれば、同じように鞭を振るっても、気持ちはまったく違うだろう。


 乗馬ライフの中で赤子であっても、実際の人生の大人であるあなたは、自分の魂の色を見抜けるだろう。

 ストレスのない乗馬ライフを実現するために、同じ魂の色をもった指導者を選ぶべきだ。



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