ロバ売りの親子


 林修さんが、テレビで『ロバの親子症候群』という言葉を使ったそうな。

 他人の言葉に右往左往する人のことを、イソップ寓話に例えたのですね。


 ロバ売りの親子が、市場へロバを連れて行く途中で、色々な人のアドバイスを聞き「それもそうだなぁ」と従って、最終的にはロバを失ってしまう……という話。

 人のいうことばかりに流されて主体性がなければ、ひどい目にあうよ、という教訓です。

 詳しくは、ネットで検索したら出てくるので、読んでみてください。


 実は、私の乗馬ライフにおいても、先の『北風と太陽』もそうですが、『ロバ売りの親子』も実にいい座右の銘のようになっています。

 インストラクターの言葉に逆らえ! っていうのではありませんよ。

 人の言葉に翻弄されて、自分自身の信念を持たなかったり、揺らいでしまえば、結局、失敗するのは自分、あの人がああ言ったらこうなった! と嘆いても、どうにもなりません。

 常に、自信を持って、自分が正しいと思った姿勢で馬に対する……それが、あなたらしい乗馬ライフになるはずです。



 私の知り合いに、高齢の馬を引き取って、大事にしている人がいます。

 彼女は馬に乗るのが怖く、その馬以外には乗りたくなく、いわば、逃げのような形で、その馬を引き取りました。

 周りの人たちが彼女を見て、

「高い金を払って、馬の奴隷になっているなんて、勿体無い話だな」

 と言います。

 私も、乗馬の楽しさを半分しか味わえないのは、勿体無い話だな、とは思います。

 でも、彼女がそれで幸せで、高齢でもう老い先短い馬も幸せで、それはそれで、とてもいいことではないでしょうか?

 仕事のストレスが、彼女を馬のケアに向かわせているのかも知れない、でも、それで癒されるなら、十分です。むしろ、ストレス解消のための趣味で、ますますストレスを溜めるのであれば、どんなに一生懸命やろうと頑張っても目的は達成できません。


 インストラクターに下乗りしてもらい、号令に従い、馬場の中でしか乗れず、さらに、走られたり、落とされたりして、それでも頑張っている。それはそれで、また、その人が望む乗馬ライフで、その先には上達があるだろうと思います。

 ですが、馬に乗るのを怖がっていた彼女は、今、その馬に裸馬で乗ってお散歩したり、丸馬場で一緒に走り回ったり、クラブ構内の林の中を散歩したりして、人馬一体を楽しんでいます。

 駈歩はしませんが、人間でいうと百歳くらいの三十歳を越えた馬が、人を乗せて駈歩するのは相当辛いはずで、その点でもお互い無理がありません。


「高い金を払って、馬の奴隷になっているなんて、勿体無い話だな」

 と、彼女をあざ笑う人たちの大半は、裸馬も、クラブ構内の散歩もチャレンジも、丸馬場で馬と戯れることも出来ません。インストラクターの指示通り、馬を動かすだけの乗馬ライフなのです。

 それで、馬の全てを知っているかのような気持ちになって、彼女を見下すようなことを言いますが、その実、彼女の半分も馬の知識はないのです。

 その馬が死んでしまえば、彼女は乗馬をやめてしまうかもしれません。

 でも、とても大事な馬に巡り会えた、という事実は消えません。


 どちらが清く正しい乗馬ライフ?


 そんなことは誰も決められない、その人が幸せで馬が幸せなら、他人に迷惑をかけないのであれば、それはそれで誰がなんと言おうと、後ろ指をさそうと、胸を張っていればいい。


 ロバ売りの親子のロバは、苦しがって暴れ、川に落ちて流されていきました。

 人の迷いに翻弄されるのは馬です。

 人が他人の意見に惑わされ、フラフラと迷い、いつもと違うことをすると、馬は迷います。常に同じ態度が、馬を安心させます。


 馬は人の鏡です。

 馬を見ていると、その馬に接する人が、どんな態度で馬に接しているのかが、時々、垣間見えることがあります。人の本性が、見え隠れしてしまうのです。

 だから、馬は海外ではマネージメントの研修にも使われ、そのわりに、馬乗り同士は、感じるものがありすぎて、お付き合いが難しくなったりもするのでしょう。


『ロバの親子症候群』の人が扱う馬は、次にどんなことをされるのかわからないので、常に、不安な気持ちになって、ビクビクしています。

 常に厳しい態度で扱われている馬よりも、精神的に不安定だったり、もしくは、何にも反応しない馬になっている場合が多いです。


 実は、クラブのレッスン馬は、色々な人に色々な扱いをされるので、そうなりがちです。

 同じように前かきしても、ある人はにんじんをくれて、ある人はひっぱたく、そういう扱いに耐えて生きているのが、レッスン馬なのです。

「そんな時は叱りなさい」と言われ、「それもそうだなぁ」と叱り、「叱っちゃかわいそうじゃない」と言われ、「それもそうだなぁ」となだめ……その結果が、その馬の今の姿なのです。


 常に同じ基準、同じ信念であたり、約束をし、約束を守り、絆をつくってゆく……そういう馬との付き合い方は、レッスン馬には難しい……と思える所以でもあります。

 また、クラブを選べと思う所以でも……というのも、しっかり管理されたクラブでは、精神的に安定した馬を提供できます。

 そういう馬に触れて、また、そういう扱いを学べれば、自然に馬と仲良くなれたりします。




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