馬の下で

逆転の……奥義?


 乗らずに行うこと、つまり、グランドワークは大事と言われているわりに、通常、やることがあまりない。

 特に、クラブの馬でレッスンを受けている人には、勝手にやるわけにはいかないし、なかなかやる機会がないものだ。


 が、乗るのが下手な人間にとって、これは逆転の奥義かも知れない。


 私は、最初は調馬索で、サイドレーンなど使って、調教の一貫、もしくは、ハリを取り、安全に乗馬するために、丸馬場でシェルを動かしてから乗っていた。

 最近は、あまり回すことはなくなり、そのまま乗ってしまうことのほうが多い。時間の関係で、だ。

 そして、回す時も、調馬索は使わず、丸馬場でそのまま走らせている。


 一度だけナチュラルホースマンシップのやり方をかじる程度に教えてもらい、以降、ビデオをみたりして、見よう見まねでやっている。

 クラブで、この方式で馬を回しているのは、おそらく私だけなので、ちょっと異様な目で見られている。


 ナチュラルホースマンシップとは、馬の自然な行動・心理に基づいて、人間がリーダーの位置に立つことで、馬にストレスを与えることなく、従ってもらおうというものだ。

 まるでマクドナルドの接客マニュアルのようにいかにも簡単そうに語られてしまうので、馬乗りの中には不信感をもっている人も多い。が、明らかに大きな流れで、競走馬の馴致など、色々な方面で取り入れられている。


 もちろん、事細かに極めようとすると、理論的で難しいのだが、言われた通りにやると、あら、不思議! 馬が私のいうことを聞いてくれたわ! と、誰にでも簡単にできそうに感じるほどだ。

 どうしてかというと、馬の行動心理に基づいているからだ。


 大切なのは、自分がリーダーである、ということ。

 馬は、リーダーに従うことで、命の危険を回避する動物だから、リーダーに従うことは絶対だ。

 次に、リーダーに従ったら安全が保障される、いいことがある、と思わせること。だから、けして、その約束を破ってはいけない。

 常に、いうことを聞いた方が、やっぱり安心だったんだ、という結果を与えることだ。


 私は、この方法で、シェルを回したり、駈歩させたり、方向転換させたり、自分の元へ呼びつけたり……を教えた。

 鞭で叩いて走らせたりはしない。

 鞭で地面を叩いて、呼びつけるのだ。

 来なければ、来なくていいよ、と追い払われるので、走らされて疲れてしまう。

 だから、私が地面を鞭で叩いているうちに、私のほうへきた方がお得だ……とシェルは考えた。

 そのうち、私がニコニコ呼び寄せているうちに、たとえ草を食べている最中でも、私のほうに行く方がお得だ、と思うようになった。

 そして、今では、何事も、自分の我を通すよりも、私のいう通りにしていたほうが、何かとお得だ、と思っている。


 馬に乗らない状態で、すでに、良い関係を作っておく。


 これが、私のような下手くそな乗り手であっても、馬と仲良くなれた最大の秘訣だ。

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