ハウツウは気にしすぎない


 駈歩かけあしが上手に出せない。

 どうしたら駈歩が出せるんだろう? と思うのは当たり前だ。

 体を起こしましょう、とか、外方脚がいほうきゃくを引きましょう、とか、馬の首は少し内に、とか、少しためて、とか、色々なアドバイスがあると思う。が、それでも出ない。

 そうなると、人間は、さらにハウツウが知りたくなる。

 脚はもう少し引くのか、とか、蹴ったほうがいいのか、とか、手綱はもっと張った方がいいのか、とか、感覚よりも具体的な指示が欲しくなる。

 そして、頭の中がぐちゃぐちゃになり、ますます駈歩が出なくなる。


 その時、馬は単なるデジタル機械になってしまう。


 ここのボタンを押せば駈歩でますよ、押したけれど出ない、押し方が足りないのか? ボタンが違ったのか? 確かに押したよな? どうして出ないんだ?


 下手くその扶助というのは、雑音の中で会話しているようなものだ。

 馬が混乱してしまい、扶助が理解できない状態に陥っている……とは考えられない。

 そこで鞭を食らったりしながらも、どうにか健気に人の言うことを理解しようとがんばっている、それが馬だ。


 ハウツウは大事だ。

 でも、それに頼りすぎると、馬が生き物であることを忘れる。



 私は下手だ。下手くそなのだ。

 英語を話しているくらい相手に通じていない。

 そんな時は、わからない英語を駆使し続けるよりも、言い方を変えたり、わかりやすくしたりして、どうにか伝えようとするだろう。


 正しい扶助ふじょは、駈歩を出せるようになってから、徐々に修正していけばいい。

 とにかく、馬に通じるようわかってもらえるよう、頑張るのだ。

 例えば……声をかける。「駈歩」と。

 この手はインストラクターが使っている。

 馬が駈歩するのは、自分が合図したからではなく、インストラクターが「駈歩」と言ったから……と気が付いた人もいるだろう。

 そして、自分の指示では動かない、と落胆する。

 なんて自分は乗れていないんだ、と。


 でも、落胆してはいけない。


 人の力をかりてでも駈歩ができることは良いことだ。

 手が弾んだり、お尻が飛び上がったり、足がバタバタ馬を蹴っていては、どんな正しい扶助を出そうと試みてもダメだろう。

 駈歩の反動になれ、ついていけるようになれば、馬にとって、余計な雑音は減ってくる。

 それに、駈歩は扶助のタイミングも重要だ。

 そのコツは、やはり、こうこうこのタイミングで、と言われてもわからない。自分の感覚で「ここだ!」と理解するほうが早い。


 最初から完璧を求めてはいけない。

 馬にも、人にも、だ。


 私は、いまだに駈歩が下手だ。

 出ない時は、決めた場所で合図を送るようにしている。

 馬も、ああ、そこに行けば駈歩の合図が来るかも知れない、とわかっているからだ。通じるようになってから、そのポイントをずらして、発進できるか、確認してゆく。

 馬にも、出すよ、出すよ……今、合図を出すよ……という準備をさせておくと、通じやすい。



 乗馬用語は難しい。

 つい、わかったふりをしたくなる。

 わからなくてもいい。頭の隅においておいて、わかるレベルに達した時に、ああ、これか? と思えばいい。

 私は、いまだにハミ受けという言葉を、自分の言葉では置き換えられない。なのに、初心者がハミ受けとはうんぬん……と説明しているのを聞くと、おいおいと思ってしまう。

 意外と上級者でも、半減却はんげんきゃくとは何か? と聞かれると、教本通りの説明しかできない人もいるのだ。


 わかったふりは、わからないことを目隠しさせてしまう。

 自分の言葉で置き換えられるものだけが、本当に理解したものだ。


 初心者や中級者に、難しい言葉を使いたがるインストラクターは、どうか? と思う。

 馬上でただでさえ、説明の半分も聞けない状態の人は、難しい言葉を次から次へと聞かされて、はたして、その言葉の意味するところは、私の理解で正しいのだろうか? と頭を悩ませ、困惑する。

 それでも時間は流れてゆくから、馬上でわかったふりをする。

 そうして、わかったふりが横行し、わかった顔して説明する輩が現れ、その説明を聞いて理解できない人は、また、自分だけが理解していないのでは? と、不安に苛まれるのだ。


 ちなみに、半減却とは何か?


 馬に、出すよ、出すよ……今、合図を出すよ……という準備をさせておくことだ。

「じゃんけんぽん!」の「最初はぐー」みたいなものだ。いきなり、ぽん! じゃ混乱するだろう。

 馬だって、いきなり、ぽん! はびっくりするだけだ。

 乱暴な言い方だが、この理解で最初は十分だ。


 半減却という言葉を連呼するインストラクターに困惑したら、「最初はぐー!」のイメージを持てばいい。多分、理解度があがると思う。

 感覚をつかめてから、また、難しい解説を読めば、おお、なるほど! と思えてくる。

 余計なノウハウや用語解説は、シャットアウトしてもいい。


 

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