緑の星

もりひさ

緑の星


“世界中の樹木を絨毯にして集めたような様相である”


昔中央図書館で本を盗んだことがある。裏口に隠れてそれを見た。

随分と追われてその本は金にはならなかったがその文字は随分と太字で書かれていた。

私が12歳つまり6年前の話である。


ーー


僕はふと彼女に視線を向けた。

彼女のバッグにはその本だけが入っている。使い古したブラウンの動きやすいバックだが容量はあるように思われる。随分と持て余しているようだった。


「行くよ」

彼女はいつも前にいる。

「岩山はもうちょっと待ってよ」

僕は少しだけ眠い。冷たい水を飲んでこじ開ける。急かされるように煽られるように歩幅が大きくなった。


ーー


彼を待つ。しかし、どれほど登ったことだろう。緑層圏はまだ遠い。薄い。まだ第二層が微かに見える程度である。

彼と私で運動能力が違うのは理解していた。なにせ私は落下用ヘルメットとタンクトップそれからバッグ。

彼は重そうだ。メガネと白衣それからバッグには五日分の食料が入っているらしい。

いつも通りだ。彼らしい。


ーー


僕は彼女が好きだ。同い年でありながら

その美しさは叩きつけるような。殴りつけるようなソレが最も近く。

でも、心惹きつけられる。首元に水が滴り落ち、桃色のはだけた脚とタンクトップにへばりつく汗とその先に魅入られて行く。


ーー


辺りに岩はない。砂利になった。

緑色の大葉が幾重にも重なって地表のようになっていた。

二人は同じ場所にいた。彼はこれは雲だと彼女に言った。

「じゃあ野菜みたいに食べられるんだな」

「食べられないよ」

彼は砂利状の地面ではない場所に触れる。

「ここの葉はすごく柔らかいんだ。人間が触れたらすぐに破れて下まで真っ逆さま」

「そんなのやってみないとわかんないじゃん?」

ほら、そう言いながら彼は指で触れた葉を見せた。破れている。

「ホントだ落とし穴みたい」

彼女は笑った。

「でも、花は咲いてるよ」

「これ?」

彼女はそう言って白の花弁を見せた。

「そう、白龍草って言うんだ」

「ハクリューソー?」

彼女は目を丸くした。

「そう、花言葉は」

そこまで言ったのに次の言葉が喉につっかえてしまって咳き込むように行こうかと言って彼は立ち上がった。

「珍しいね」

彼女も立ち上がった。

「見たいから絶対に」

そうだね。彼女の心の中で頷いた。


少しだけ彼が上を向いた。

再び二人は歩き出した。


ーー


薄い。酸素がかなり薄い。

「ここ、だいぶ近いね」

息切れが激しい。

彼女が限界であるのは悟った彼はバッグから酸素吸入器を取り出した。

口元につける。彼女は固辞したが彼は譲らなかった。


やがてその手は離され彼女は抱きしめていく糸を断ち切るように上を見た。


君はいつも僕の先にいる。

それは君の方が身軽だからだ。


彼女の歩く背中が遠のく。その先に少しだけ光が差した気がした。


ーー


あと少し。いやもう少し覗いている。青、青が見えていた。後一葉剥がせば見えるのだ。彼は動かない。視界が揺れた。風は雫を運び私は目にした。



空の色は混ざっていた。

黒、青、紫、色彩、色、色、色、


空は光っていた。眩く遠い宝石である。星、星、星、

時に星は落ちて行く。眩しいほどである。


雫は嘘のように乾いていた。





白龍草は彼の遺体の側に置かれた。下山してからしばらくは追っ手を避けるために隠れていたが、彼の遺体は隠れ家には埋めず二人で登った山の側に埋めた。


次に生まれ変わった時はーーーー。


笑って、笑って、何度でもまた笑おう。

泣いた。雫は乾かなかった。


白龍草も枯れていた。








白龍草の花言葉……………………「達成者の末路」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑の星 もりひさ @akirumisu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ