依頼する

 首相官邸を辞して、江田局長と共に一旦外務省に戻る。


「私が口を挟むところ、なかったね」

 江田局長が、私の横で愚痴を言う。


「いえ、複雑に見えますが、実際にはとてもシンプルな話ですから」

 局長が怪訝な顔で私を見る。その無言の問いかけに答えた。

「王国に協力するか、しないか。それで異界あちらでの今後が決まります」

「そう割り切れると良いんだがね。……政治は面倒だね、まったく」

 同感だ。


 外務省から、今度は宮崎の運転する車で市ヶ谷の防衛省へ向かった。そこで簡単な打ち合わせをして、再び移動する。なんだか、こっちに戻ってきてから、移動ばかりしている気がする。異界あちらでの生活が、緊張感はあってものんびりしていたから、余計にせわしなく感じるのかもしれない。

 車は外縁東通りから青山通りに入り、渋谷の駅前を通過した。


「あれは、なんだい?」


 渋谷の駅前に街宣車で乗り付けて演説している風景はありふれたものだが、前進しろずくめで奇妙な紋章を掲げた一団は異様だ。そして、そこに黒山の人だかりが出来ている風景もまた異様に映る。新興のカルト集団だろうか?


「当たらずとも遠からず、ってとこですかね。断絶派ですよ」

 断絶派――異界断絶派は、“ザ・ホール”の先が異世界だと判明した頃からある団体だ。元々はキリスト教から派生したと言われている。魔法なんて奇跡の大安売りみたいなものだから、キリスト教にとっては面白くない話だろう。言葉は悪いが、キリスト教にとって魔法がある異界は、商売敵みたいなものだ。

 また、ヴェルセン王国が多神教、より正確に言えば複数の精霊信仰であることも、“神はただ一つ”でなければならない宗教にとっては気に入らない話だろう。各宗教のトップは、思慮深く正式なコメントを発表していないが、どんな宗教にも原理主義者、過激派はいるものだ。信仰は自由だが、それを異世界にまで押しつけることはないだろう。迷惑な話だ。

 異界断絶派も過激派のひとつで、“ザ・ホール”を塞いで異界との交流を断てというのが彼らの主張だ。たしか数年前にも事件を起こしているはず。

「公安が入ったろう? まだ勢力残ってたのか」


「先輩、情報が古いですよ。ホール2の事件、知りませんか?」

「あぁ、あれか。バカが吸血鬼を倒そうと返り討ちにあった奴」

 ホール2が繋がっている世界には、吸血鬼や狼男など、伝説上の怪物に生命体が住んでいた。あくまで酷似しているだけなのだが、勘違いするバカはいる。ホール2を管理する者の中にも愚か者がいて、異界あちらで吸血鬼を襲ったのだ。しかも、で。もちろん、ホール2の吸血鬼に十字架もニンニクも効果はない。

「そうです。なんでも聖職者だったらしく、アメリカで大事になっちゃって」

 日本にいると中々理解しにくいが、アメリカは基本的にキリスト教国だ。一般の市民にいたるまで、カトリックやプロテスタントのような違いはあれど、キリスト教の敬虔な信者であり宗教は生活に深く根付いている。いくら自業自得とはいえ、聖職者が命を落としたとなれば衝撃は大きいだろう。


「あれ? でもあの事件で犠牲者は出なかっただろう? たしか襲った方も瀕死の重傷を負ったけれど死んでいないはず」

「それがですねぇ、当初は秘匿されていたんですが、瀕死の重傷だったのは間違いないんですが、あちらの方が助けるために吸血鬼化ヴァンプテーションしちゃったんですよ」

 吸血鬼化ヴァンプテーションとは、高位の吸血鬼が血を吸うことで相手を隷属させることで、相手も吸血鬼になること。ヴァンパイアとミューテーション(変化)を組み合わせた造語だ。聞いたところだと、吸血鬼化ヴァンプテーションにもレベルというか、段階があるらしいが。

「襲った方は、吸血鬼になったことで命は助かったんですが、自分が信じていた宗教と自分の現状の板挟み、しかも自死もできない、ということで精神的に不安定になっちゃって」

「……やっかいだな」

「えぇ、それで彼を吸血鬼にしてしまったあちらの貴族は、眷属にした彼を連れて引っ込んじゃったらしいです」

 吸血鬼化ヴァンプテーションは、相手との絆を結ぶ作業でもあるという。言うなれば、血の契約で繋がった親子みたいなものなのだろう。吸血鬼、というイメージは恐ろしいが、異界あっちの吸血鬼は平和的で友好的だ。自分が吸血鬼にしてしまったことで、責任を感じたのかも知れない。

「で、先月だったかな? その経緯が全部どっかからリークされちゃって、特に宗教関係者を中心に大騒ぎになっている訳です」

「なるほど、面倒な話だ。まったく」

 異界あっちで働いている方が、ずっと気が楽だ。


 宮崎とこんな話をしているうちにも、車は道玄坂から首都高速に。そのまま進んで、東名横浜町田ICで降りて北上する。やがて目的地、淵野辺にある防衛装備庁陸上装備研究所に着いた。


□□□


「どうも、陸装研所長の前川です」

「外務省異界局の迫田です。こっちは同僚の宮崎です」

「頂戴いたします」

 会議室に通された私と宮崎は、そこで待っていた前川所長以下、陸装研の研究者たちと名刺交換を終えて席についた。目の前には資料が用意されている。手回しがいいな。


「まずは、資料をご覧ください」

 前川所長の言葉に、その場にいる全員が“異界における自衛隊装備の実現性”と題された資料のページをめくる。かさかさと紙がこすれる音が、広い会議室の中に響く。

 資料の最初には、異界あちらの環境や政治的動向について概要がまとめられており、次のページに現行の主な陸上自衛隊装備が異界でも使用可能かどうかの一覧表が掲載されていた。戦車や小銃、火砲など、多くの欄には×バツ印が付けられている。


「五ページ目からが、ハイブリッド装輪装甲車の概要説明になっています」

 ページをめくると、そこには装輪装甲車のイメージ図が掲載されていた。

「特徴は、インホイールモーター。すなわち車輪の中にモーターを組み込んで、直接駆動するというものです」

 日本におけるインホイールモーター研究は、慶應義塾大学が有名だ。海外でも盛んに研究が進められており、航空機の脚に組み込むアイディアもある。ただし、いずれも実用化には至っていない。

「ハイブリッド装輪装甲車自体の研究はすでに終了しており、次のステップとして英国との共同研究が進められています」

「試作はされたのですか?」

「はい。ただ残っているのは、金沢に一台だけです」

 私の質問に所長が答える。金沢と聞いて、プライムメーカーに検討がついた。

「その試作車は動かせる状態ですか?」

 私の質問に、なぜか顔を見合わせて不思議そうな顔をする研究者たち。代表して前川所長が聞き返してきた。

「御厨教授から、すでにお話を伺っていて、整備改造に取りかかっているところですが……」


 あの狂った科学者マッドサイエンティストかっ! どこから情報を仕入れて、どうやって先に手を回したんだ。あまり気に留めていなかったが、あの女の背景をきちんと調査しておくべきだな。

 驚きで口を閉ざしてしまった私に対し、前川所長はさらに爆弾を投げ込む。

「それでですね。要望のあったリニアレールガンですが……」


「「リニアレールガン!?」」


 私と宮崎がハモってしまった。


「え? な、何か問題だったでしょうか?」

「い、いえ、正にその話しをしようと思っていたので、少し驚いただけです」

 その場を取り繕うウソだが、所長たちも大人なのでそれ以上突っ込むことはしないでくれた。武士の情けを感じる。

 しかし、あながちウソでもない。燃焼という現象が抑制される異界において、有効となる兵器は電気を利用したものしかない。リニアレールガンは、その代表例にして現時点で最善の選択だ。すでに米軍では実用化一歩手前まで来ているし、日本でも研究が進められていることは私も知っていた。だから、ハイブリッド装輪装甲車にリニアレールガンの搭載が可能かどうかを確認したかったのだが。御厨教授アレは、外務省わたしたちより一歩先んじているらしい。


「リニアレールガンの試験機は、十メートルほど全長がありまして、これをそのままハイブリッド装輪装甲車に搭載することはできません。幸いなことに、ハイブリッド装輪装甲車は、無反動砲を搭載する構想でしたが、上部を換装して人員輸送にも対応できるように考えられておりまして、寸法内に収めることができればレールガンの搭載も可能かと」

 研究者の一人が、私たちに説明してくれた。

「それで、リニアレールガンは搭載できるのでしょうか?」

「えぇ、レールの長さを三メートル前後にすれば可能でしょう。その分、弾の速度は落ちますが」

「それはいつまでに?」

「概念設計は済んでおりますので、三ヶ月もあれば」

「それでは間に合いません。三週間でお願いします」

 私の言葉に、陸装研の面々は驚く。彼らには、その使用目的がまだ明かされていないので、期限があるとは思っていなかったのだろう。


「いや、待ってください。三週間ではモノを作るのが精一杯で、テストも出来ません。第一、電力の問題が」

「テストは、こちらでやるよりも異界あちらの方がいいでしょう。電力に関しても異界あちらの方が。いろいろと良い条件のはずです」

 異界では、燃焼が抑制されるために化学的な爆発は起こしにくいが、なぜか電力の効率は良くなる。電力オンリーの兵器にとって、異界はベストな環境だろう。


「それでも三週間はかなり厳しいですね……」

 そんな研究員の言葉に、前川所長が言った。

「いや、なんとか三週間でやりましょう。その代わり、最終調整とテストは異界あちらで行うこととして、陸装研うちの研究員と技術者も異界あちらに送ってください。合わせて二十名ほどのチームで」

 二十名の受入か。恒久的ではなく、一時的なものであれば問題はないだろう。

「分かりました。その線で勧めてください。異界あちらに行く方のリストは早めに用意してくださいね」

「それはもちろん」

 私は、前川所長と固い握手を交わした。

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