同僚たちに労われる
陸装研からの帰路、私は車の後部座席で前川所長からもらった『MAMOR』をペラペラとめくりながら今後の事を考えていた。いろいろなケースを想定し、それぞれへの対応を考えることは重要なことなのだが、それを邪魔する奴がいる。
「しかし、三週間という期限はどこから来たんですか? まだ、本当に自衛隊が派遣されるかどうかもわからないのに」
宮崎は運転しながら話しかけてきた。こいつは、何でも人に聞いて済ませる癖があるから、注意しておかないとな。
「お前は自分で考えることをしないのか? 私の考えを盗んだんじゃないのか?」
「それはそうなんですが……」
「仕方ないな。まず、ひとつは一ヶ月以内に動かなければ、遅いということだ。万が一、王国が
もうひとつは、相手の言うことを鵜呑みにしないということだ。仮に三ヶ月かかるという話が本当であっても、そんなに遅かったら我々にとって意味はない。予算は
「そんな、もんですか」
「日本の科学者、エンジニアという人種は、障害が大きいほど燃えるんだそうだ」
本当かどうかは知らない。
正直、
□□□
「では、迫田さんの無事帰還を祝って、かんぱ~い!」
「「「「かんぱ~い」」」」
新宿のとある居酒屋、奥の座敷を貸し切っての宴会だ。私の帰還祝いというのは表向き、ただ騒ぎたかった連中も多いだろう。外務省に限らず、官僚はストレスが溜まる仕事なのだ。
「ささ、先輩、どうぞ」
「ん? あぁ、すまない」
目の前のジョッキに、なみなみと黄金の酒が注がれていく。
「
「ん、まぁ、良く言えば素朴な味わい。悪く言えば、少し雑味が多いな」
「食い物はどうです? 何か珍しいもの食べましたか?」
「基本的に豆とパンだな。パンはえらく硬い。お前たちもいずれ
「えぇ~それはひどいですよ~」
集まっているのは、異界局の同僚が半分くらい、あとは入省時の同期や他部署の顔見知り。みな
「美男美女が多いって聞きますけど、本当ですかっ!」
「そんなに見たわけじゃないが、確かに王都には、顔立ちの整った人が多いな」
「うぉぉぉーっ!
「そりゃ、お前次第だろ」
私が言う前に、周囲から突っ込みが入り、ドッと笑いが起きる。うん、日本の宴会だな。私は基本的に静かな方が好きだが、たまにはこんな喧噪もいい。蓬莱村でも、宴会のようなイベントができればいいな。
そんな楽しい時間を過ごしているところに、珍客が乱入してきた。
「お邪魔する!」
座敷を仕切っていた襖をガラッと開けて、六十がらみの男が入ってきた。頭も髭も白髪交じりのごま塩で、角張った顔に黒縁眼鏡を掛けている。スーツ姿ではなく、ワイシャツにチノパン、学者みたいだな、と思ったらビンゴだった。
「直談判しに来てやったぞ、一番偉い奴を出せ!」
「どこのどなたか存じませんが、私的な宴会です。出て行ってください」
若い連中が二、三人で、侵入してきた男をブロックし、追い出そうとする。しかし、男は声を張り上げるばかりで動こうとしない。
「わしを知らんだとっ! K大の青木だっ!」
そういえば、宮崎がK大卒だったな。
「おい、宮崎、あれを知っているか?」
宮崎は、顔を顰めてあからさまに嫌な顔をした。
「法学の青木准教授ですよ」
あの年で准教授であることと、宮崎の態度から大体を察した。当の本人は、紙束を振り回しながら叫んでいる。
「何度、異界訪問の申請を出しても却下しおって! お前たち兼局側の人間が、異界の法律を自分たちに都合良く書き換える前に、わしが行って確認しなければならんのだ!」
「それは、改めて申請を出してください。今はプライベートです。あまりしつこいと警察を呼びますよ?」
「公僕がっ! 図に乗りおって! メディアに晒して痛い目を見せてやるっ!」
その様子を見て埒が明かないと見た女性職員が、スマホから警察に通報を始めた。それを見て、顔色を変えた青木准教授は、慌てて身を翻し外に逃げた。
「覚えてろよっ! 世論を誘導してお前らを叩いてやる」と捨て台詞を残して。
誘導するって言っちゃったよ、あのおじさん。
その姿を見て、宮崎は深くため息をついた。
「大学って、教育の場じゃないんでしょうかね? 文科省も、なんであんな人に科研費を出しているんでしょうねぇ。税金で倒閣運動してるような人ですよ。まったく卒業生として情けない」
「そんなに落ち込むな。大学教授だからといって、必ずしも人格者ってことでもないだろうさ」
自分の言葉に、ふと、
向かいに座っていた女性職員たちの会話が、ざわめきの中で聞こえた。
「今の、動画撮った?」
「撮った」「私も」
何人かの手が上がる。
「おいおい、SNSにアップしたりするなよ? 面倒だから」
「そんなことしませんよ、相手が何にもしなければ」
保険って奴か。世知辛い世の中だねぇ。
「先輩はご存じないかも知れませんが、あんな感じの連中が、しょっちゅう本庁にやってくるんですよ。それも大学の推薦状を持って。もう、捌くだけでも大変なんですから」
「そうか、それはご苦労さんだなぁ」
毎日あんなのの対応をさせられたら、心がすさんでしまいそうだ。早く
闖入者のおかげで、最後がぐだぐだになってしまったが、恒例の一本締めで宴会を終え、ある者は二次会、三次会へと流れていく。
「先輩は、どうしますか?」
「明日、朝の便でブリスベンだ。今日はもうホテルに帰って寝るよ」
「そうですか、じゃぁまた今度。今、タクシー拾いますね」
宮崎が率先してタクシーを捕まえに行くと、宮崎より若い連中が「私がやります」と追い掛けていった。そんな光景をほほえましく見ていると、影から声を掛けられた。
「外務省の迫田さん……ですよね?」
さっきの青木とか言う学者かと思ったら、もっと若い男だった。カメラを片手に持っている。週刊誌か新聞の記者か?
「へへへ、私、こういう者でして」
差し出された名刺を横目で見ると、A新聞社の社名が書かれていた。受け取らず、スルーする。
「えぇー、無視ですか? 酷いなぁ。メディアには親切にしておいた方がいいですよ? ね?」
こういう輩は、相手をしてもしなくてもうっとうしい。思わず大きなため息をついてしまった。
「だったら、何か?」
「いやぁ、
「発表は外務省を通じて行います。取材は、広報を通してください」
「そんな冷たいことを言わないでくださいよ、ねぇ……」
A新聞の記者は、不作法にも私の肩を掴もうとした。次の瞬間、男は吹き飛ばされ、道路の植え込みに倒れた。
「なっ……なにが」
目を白黒させている男。外務省の仲間が集まってきた。
「君は私に害意を持って接触しようとしただろう? 私は自衛したまでだ」
こんな時のために、
「ぼ、暴力を振るったなっ! 障害で訴えてやる!」
「正当防衛だよ。証人は、こんなにいる」
私が腕を広げて周りを指し示すと、ようやく記者を名乗る男は自分が動画で撮影されていることに気が付いた。
「加えて言うと、訴えると言って訴えなかった場合には、罪になるんだよ?」
「くっ……!」
「A新聞社には、後で正式に抗議を入れておくから、立ち去りなさい」
ようやく植え込みから這い出た男は、悔しそうな表情で何も言わずに立ち去った。失礼な奴だな。ジャーナリストも質が落ちた。
そこに、宮崎がタクシーを拾ったと呼びに来たので、そのまま皆と別れてホテルへと向かった。やれやれ、忙しい一日だった。明日になれば、少しは休まるかな?
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