第20話 My Fair...

 わたしは字が書けなかったので、あのひとが机に向かって物書きをしている背中はとても素敵で、立派で、神父さんの祈りのように儀式めいて見えた。

 掌や背に戯れに字を書いて笑い合ううちにお前は頭が良いと便宜を図ってくれ、学問を学ぶことになった。

 それで遠くの街へ移る時、駅でなみだなみだに別れたのはわたしだけで、あのひとはさっさと朝霧の向こうへ消えてしまった。


 今わたしは、真昼の電車でこの街へ戻ってきた。

 あの時の悔しさ、恨み、恋しさを書き連ねてあのひとに渡そうと、大事に封筒を胸にしまっている。


 タラップを降り顔を上げ、強い光に目が眩む。視界が戻って、わたしは笑った。

 わたしを待つ姿は、あまり見なかった真正面だった。


Twitter300字ss企画 第64回 お題「書く」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る