第三十二話 「探しモノにはコツがある、……教えたっけか?」



 冒険者が依頼を遂行する際、その目標が神出鬼没である。


 という場合が、それなりの頻度で存在する。


 目標の魔獣の詳細な情報がギルド内に存在していたら運が良く、大概は大まかな生息域すら解らずや目撃証言のみで進める事に。


 勿論、長年に渡り蓄積された、追跡、捕縛技術等があるが。


 アベルも含めた多くの訓練教官は、それを教える事は無い。


 というのもそれは、初心者を脱出する為の通過儀礼であるからだ。


 危険性と緊急性が予想され無い限り、イレインとガルシアの為にも、手本を見せない心算であったが。


 今此処に至っては、そうも言っていられない。


 とはいえ、この数日間で指示を出し、教えてしまったも同然なのはたった今気が付いた所なのだが。


 ともあれ。


 再び受付と酒場の広間まで戻ってきたアベル達は、リーシュアリアも含めて作戦の通達である。


「お前等、緊急性と危険度は理解しているな。今からは俺の指示通り動いてくれ」


「解りましたアニキ。けど、どうやって捕まえるんですか? この三日間、後ろ姿を見る事しか出来なかったのに…………」


 ガルシアの疑問に、アベルはイレインにも諭す様に答える。


「大丈夫だ、俺に考えがある。――――ああ、強引な手を使うがお前達は真似するなよ」


「わたしも了解しました」


「うむ、妾達も了解じゃ、しかしその考えとは?」


 皆を代表して先を促すフラウに、アベルは言った。


「何、方法は今までと同じだよ。違うのは探知するのがイレインでは無くリーシュアリア。そして移動手段にはフラウ、お前の本来の姿を使わせて貰う。建物の上を行くことになるが、なるべく壊すなよ」


「それはまた…………」


 アベルの答えに、ケインは苦笑した。


 どうやら我らが兄貴分は、とても強引な手を使うらしいと。


 先日の一件で、リーシュアリアという女性に、他の者に対しては秘めている、強大な力がある事は理解している。


 恐らくそれで、魔王ラセーラの居場所を突き止めるのだろう。


 そして、本来の姿のフラウを街中で使うという宣言は、それだけ相手を危険視しているという事だ。


 ケインは勿論、イレイン達も同様の答えに行き着き、そして一つの疑問に当たる。


「その、ケインさん。二ついいですか?」


「何だ? イレイン」


「もしかして、魔王を討伐した事は…………」


 幾らなんでもと思う反面、あれだけの強さがあるのだから、という期待。


 アベルとしては聞かれて困る様な事では無いが、かといってそう何度も経験が有るわけではない。


「前のパーティでの共同戦果だけどな、一度だけあるぞ」


 なお、公式記録に残っていない分を含めると、加えて単独討伐が一体、『捕獲』が一体である。


「――――っ!? マジっすかアニキっ!? スゲぇっ!!」


「やっぱり…………」


「だろうな、あの強さも納得行くと言うものじゃ」


 それぞれが感心と納得と驚きを見せる中、当然だと言う風に表情を揺らがせない者が一人、――――リーシュアリアだ。


 その事に気付いたケインは、話題を振ってみる。


「姉御は驚かないんですね、ご存じだったんですか?」


「旦那様はこの世で一番強い人だと、私は信じているモノ。それに、目の前で見たことがあるしね」


「成る程、通りで…………」


 正確に言えば、彼女が目撃したのは非公式の討伐の時、――――アベルとの関係が『壊れた』その瞬間でもあり、憎むべき、許せざる事柄の一つでもある。


 それが故に、棘のある物言いで彼女はアベルに問いかけた。


「それで? 旦那様、あの子の処遇はどうするの? ――――また、殺してみせる?」


「それが必要なら」


 即答してみせたアベルの言葉に、イレインが表情筋が強ばった。


「…………殺すって、ミリーの、事、ですよね」


「さっきも言っただろう、――――最悪、殺す覚悟をしておけと」


 それは諦観が大きく混じった、殺意の目だった。


 全員の顔を見ながら、アベルは続ける。


「俺が魔王討伐の経験があるからって、気を抜くんじゃないぞ。相手が相手だ。はっきり言って、お前達の命まで気にかけてはいられない」


「――――っ! わ、わたしの事はいいです、自分の身は自分で、自分すら守れなくても、命だけは持って逃げてみせます。だから、だからミリーは…………」


 イレインの言葉に、重い沈黙が流れた。


 この場に居る仲間は、ミリーが得た強さ、そしてその行動が彼女の本意で無い事に気付いている。


 そして、――――『洗脳』されているかもしれない事を。


 アベルなら助けられるのではないか、そんな期待と希望の視線をリーシュアリア『以外』が向ける。


 だが、次に出された言葉は、リーシュアリアの予想通りだった。


「悪いが、俺は全知全能でも無ければ、アイツを救えそうな都合のいい手段は持っていない」


 魔眼を使えば、一時的に元に戻せるだろう。


 だが、そこから先は不可能だ。


 たった一度しか使えない『救いの手』は、既に使い終わっている。



「俺達の暮らしが、このディアーレンが確実に守れるのなら、俺はミリーを犠牲にする事を躊躇しない。――――例え、ひと欠片の罪も無かろうとも、だ」



「そんな…………」


「アニキ…………」


 暗い顔をする年少組と反対に、大人達三人は仕方ないという顔。


「ごめんなさいねイレイン。旦那様は強い、でもその手が届く範囲は限られている」


 果たしてそれは、何に対しての謝罪だったのだろうか。


 今ここで解る事は、救いの手が埋まっている現在、彼に出来るのは敵を倒す事だけ。


 それを理解しているケインは、イレインとアベルに向けて言った。


「大丈夫です兄貴。僕達は僕達に出来る事をするだけです。――――例えば、兄貴がミリーちゃんを殺す前に、捕まえてしまうとか」


「――――アベルさん?」


 ケインの言葉に希望を見たイレインは、アベルを見つめる。


「俺はフラウで先行する。…………倒す前に追いついてみせろ」


「はいっ! 絶対に!」


「安心なさいイレイン。私も自重せず協力してあげるから」


「…………おい、リーシュアリア」


「あら、探知をしたらそこで一度役目は終わり、後から一緒に着いてこいって言うのでしょう? なら良いじゃない。(全てを救う)甲斐性無しの(目的の為なら婚約者さえ殺した)冷血漢の旦那様?」


 二人以外が聞いたら、ただの当てこすりにしか聞こえない言葉に。


 彼女の『根』が深い事を再確認しながら、アベルはそっぽを向いた。


「――――ちっ、好きにしろ」


「ですって、頑張りましょうイレイン」


「はいっ! リーシュアリアさんが居れば百人力ですっ!」


 決意に満ちたイレインと、澄ました顔のリーシュアリア。


(お前の行為はただの代償行為だ、解っているのかリーシュアリア?)


 口には出さなかった。


 この世界は弱肉強食、そして――――何より『運』がものを言う。


 イレインがミリーを救えれば、それはアベルにとっても喜ばしい事。


 でも、しかして。現実はそう上手く運ばない事を、痛いほど知っている。


 何せ、世界がもう少し優しければ、アベルとリーシュアリアは此処には居らず、『人間として』幸せに暮らしていたに違いないからだ。


 もしも、という感傷に浸りかけたアベルを現実に引き戻したのは、先ほど会話した受付嬢。


 慌てた様子で此方に来た彼女は、アベルに耳打ちする。


「――――動きました。先ほど西の小門を出たそうです」


「…………感謝する」


 そして顔を引き締めると、アベルは皆に目配せを。


 事態を悟った皆は、ギルドの屋上と入り口に別れる。


「そなたを送り届けたら、妾はケインの所に戻る。それでいいんじゃな?」


「いえ、その必要は無いわ。皆は私が運ぶから」


「…………妾が言う事ではないが、あまり手荒にするでないぞ」


「あの子達なら、平気でしょう」


 甲斐甲斐しくアベルの眼帯を外す彼女に、フラウは一抹の不安を感じながら、建物に己の魔力を注ぎ込む。


 その強度を上げて、巨体が勢いよく踏み込んでも壊れない様にする為だ。


 一度跳んでしまえば、フラウは宙を走る事が出来る。


 準備が整ったと見ると、アベルは巨体となったフラウの背に。眼下では、何事かと冒険者や街の住人が騒ぎ始めている。


「…………西の小門から少し離れた所、今なら追いつけるわ」


「行って来る――――」


 リーシュアリアが指さす方へ、アベルを乗せたフラウは大きく跳躍した。


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