第三十一話 「面倒な……、倒したんじゃねぇのかよ」



「――――どうだガルシア、突き止められたか?」


「駄目ですアニキ、失敗しました…………」


「すまないアベル殿、こっちも見失った」


「わかった、ありがとう。…………ったく、どうなってやがるんだ」


 あの日、街に帰還したケイン達に聞かされたのは、ミリーの失踪だった。


 医者やヴィオラの見立てでは、リーシュアリアが目を覚ますのに数日はかかる見込みで、故にその時間をミリーとラセーラの捜索に当てる事に。


 だが解った事は、アベル達の視点からは接点が無いと考えられていた彼女達が、二人で行動している事。


 事情を聞こうと待ち伏せしたり、目撃情報があった所をフラウに急行して貰っても、何一つ成果は得られず。


 今日はギルド職員にも応援を頼み、何とか尾行まで持ち込んだものの、誰も追いつけずに見失う始末。


 取りあえず小休憩という事で、ギルドの酒場の角にある丸テーブルに陣取り、全員に果実の絞りを配り、喉を潤しながら話し合う。


「…………不味いな、この状況は」


「そうですよね…………二人とも一向に捕まりませんし、ミリー…………何があったって言うの…………」


「元気だせよイレインちゃん、オレ達が諦めたら話し合う事も出来ないからな」


「ありがとうガルシアさん…………」


 落ち込むイレインをガルシアが慰める中、ケインは周囲を見渡しながらアベルに質問する。


「二人が捕まらないのもそうですけど、兄貴が『不味い』って言ってるのは、もう一つ意味ありますよね?」


「その通りだケイン。――――フラウ、お前は何か気付いているか?」


 試すように聞くアベルに、フラウは大きな胸を張って揺らして言う。


「見くびらないで欲しいぞアベル殿。問題はあの小娘の名声が高まっている事であろう? 今もほら、皆が噂しとる」


「…………そういえば」


「…………確かに」


 しかし、それが何を意味しているのだろうかと視線で問いかける年少組に、アベルは苦虫を噛み潰した様な表情をした。


「奴らは何の為に、名を上げている? そして、何で名が上がったのか、って事だ」


「最初のは解りませんけど、後半はアレですよね」


「巨大吸血魔獣を次々に討伐して――――ああっ、そうか!」


 アベルの言いたい事に気付いたガルシアの言葉を、フラウが補足した。


「あんなモノが何匹も街の周囲に出現しているのは、正しく異常事態と言っても過言でもなかろう。それに――――」


 言葉を濁すフラウに、ケインがきっぱり切り込む。


「――――二人の行動には意味がある。最悪、その魔獣達と繋がっているかもしれない。そういう事ですね」


「…………それ、本気で言っているんですかケインさん。確かにミリーが急に強くなったり、色々怪しい所ありますけど、魔獣に組みする事なんて」


「そうですよケインさん、だいたい魔獣と手を組むってどうやるんですか。前のラッセル商会の時だって、自滅に近いんですから」


 一般常識から考えれば、突飛な意見にイレインはムスっとし、ガルシアは不審な目を向ける。


「気持ちは解るがな、俺の考えは大凡ケインと同じだ。…………そうだな、お前達には教えて――――」


 アベルがとある前例を上げようとした瞬間、受付嬢の一人が声をかける。


「――――お話中申し訳有りませんアベルさん。リーシュアリアさんが目を覚ましました。それで、至急来て欲しいと、ヴィオラ支部長も呼ばれているみたいで」


「解った直ぐ向かう、知らせてくれてありがとう。――――そういう訳だ。お前等医務室に行くぞ」


 リーシュアリアが、目を覚ました事は喜ばしい。


 だが、ヴィオラまで呼びつける事情とは何か。


 全員が不穏な予感を覚えながら、席から立ち上がった。





 目覚めたリーシュアリアは、ベッドの上で体を起こしアベル達を待っていた。


 そのの顔色は悪くなさそうに見えたが、表情は険しく、隣にはヴィオラだけではない、パトラも同席している。


 彼女が居るベッドの脇に、アベル、ヴィオラ、パトラの三人が、そして残りはその後ろに。


 全員が揃い、扉に施錠がされたのを確認してから彼女は切り出した。



「――――――魔王が発生したわ」



 その瞬間、殆どの者が殺気立ち、今一つ飲み込めない表情をしているのは、イレインとガルシアの経験が浅い二人だ。


 彼女たちはリーシュアリアに今すぐ質問したかったが、ぐっと思いとどまって、発言をアベル達に任せる。


「それは、確かな事なのね? リーシュアリアちゃん」


「糞女、間違いだったらタダじゃおかないわ」


 聞き間違い、勘違いであって欲しい。


 そんな、縋るような意図を滲ませて聞き返す二人に、リーシュアリアは真剣な顔で繰り返した。


「魔王が発生した、それは間違いない。私の存在にかけて誓うわ」


 その言葉の重みに、ヴィオラとパトラは沈痛な面持ちで深いため息をついた。


 この事実は即ち、ディアーレンが最前線となる事を意味している。


 市民の避難誘導、高位冒険者の誘致、招聘、王都とも直ぐに連絡をとって、軍を派遣して貰わなければならない。


 このディアーレンは、辺境都市としては厳重な部類で、人類最強の呼び声すらあるアベルが居る。


 だが、しかしだ。


 幾らアベルが強くても所詮は一人。過去の例から予測される、数千以上の魔獣の群に襲われたなら即ざに陥落、街の住人、命有るモノ全てが虐殺の憂き目に合う事は容易に予想が付いた。


 そんな動揺や恐怖を一瞬にして飲み込んで、ヴィオラがリーシュアリアに問う。


「敵の詳細は解る?」


「そっちも予想が付いている様に、恐らく吸血種の魔獣。そして、――――――人型の魔王よ」


「~~~~っ!?」


「人型だってっ!? 本当なのかよリーシュアリア」


「残念ながら、間違いはないわパトラ」


 思わず男言葉が出たパトラに、いつもなら茶化す筈の彼女は冷静に告げた。


 人型の魔王、彼女はそう『濁した』が、それは人類から魔王が産まれたという事。


「…………まるで、三百年前の再来ね」


「三百年前というと、魔王ラセーラでしたっけ? このギルドが成立する切っ掛けになったっていう」


 それは長寿種であるヴィオラにとって何気ない言葉、そしてパトラとしては至極普通の返しだったのだろう。


 だが。


(ラセーラっ! そうだ、どうして気が付かなかったっ!? あの金髪女は――――)


 大きくなる疑問を解消する為に、アベルはリーシュアリアに質問する。


「――――『どっち』だ?」


「解らないわ。あからさまに怪しいのはミリーよ。でもラセーラという線も捨てきれない」


「え、ちょっと待ってリーシュアリアちゃん!? ラセーラって、今ラセーラって言った!?」


 驚くヴィオラに、アベルが言う。


「今回の魔王出現の陰に、プルガトリオとの関わりがあると思われる、金髪の美女が居ます。名を――――ラセーラ。彼女はリーシュアリアに『気が付き』ました」


「…………金髪の美女。わたしが嘗て見たのもそんな感じだったわ。でも、確かにあの時――――」


 ヴィオラは普段の温厚な表情と反して、憎しみすら感じさせる表情を見せた。


「ヴィオラ様が見た人物と彼女が同一人物かどうかは解りませんが、現段階では彼女も魔王の可能性が高いと思われます」


「いいえ、可能性では無いわ。――――ああ、気付くべきだった。三百年前のあの時も、始まりは魔獣の吸血行動からだった。人であるが故に、容易に人に紛れ手下を、人々を魔獣に変えて支配を広げて」


「もしかして、ケイン君の周りに少女達が言い寄るって言う事態も…………」


「そうねパトラ、貴方の考えてる通りでしょう。何らかの目的があってケイン君を狙ったのね。…………手口が変わっていないし、確定と見るべきでしょう」


 古の魔王の復活に、全員が沈黙した。


 相手は人類壊滅への王手をかけた強大な魔王、倒すことが出来るのか、そんな不安が医務室に漂う。


「…………その、ヴィオラ支部長。僕の周りに居たあの子達を殺すのですか?」


「最悪の場合は、今現在は隔離処置を。――――浸食が軽度ならば、魔王を倒せば正気に戻るわ」


「ありがとうございます」


 敵の尖兵を抱え込む様な発言を、甘いと取るべきか、英断と取るべきか。


 アベルは判断しかねたが、今はそんな事を考えている暇はない。


 仮に下策だったとしても、その対処は役目ではないからだ。


「――――リーシュアリア、動けるか?」


「ええ、大丈夫よ旦那様。今回のは少し長い立ち眩みの様なものだったから」


「解った。…………ヴィオラ支部長、動きますがいいですね。それからお前達、ミリーを殺す事覚悟をしておけよ」


「そんなっ!? ――――…………いいえ、わかりました」


 俯き、拳を強く握りしめ、苦しそうに言葉を吐き出したイレインに、皆の心配そうな視線が投げられる。


 アベルも彼女の事を案じたが、やはり今は、そんな『些末』な事に構っていられない。


 リーシュアリアがベッドから降りると、即座に医務室の扉へ向かう。


 その背中に、頼もしさと一抹の寂しさを感じながら、ヴィオラは『好意』を差し向ける。


「人手が欲しいなら自由に使いなさい、金銭も同じ。金庫番にも言っておくから――――」


「――――出来るだけの事はする」


 振り向かず、手を上げて返事を返すアベルに、それぞれの思いを抱えながらパーティの皆は続いた。


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