第二十八話 「急に強くなったって、そりゃあ厄い匂いがするな」
「えー。では、気を取り直して討伐すっぞー」
「はーい…………」「了解しましたっす…………」「み、皆頑張ろうね…………」
「うむっ! 妾に任せるが良いっ!」「ケインさん! イレイン! 見ててくださいっ!」
行儀悪くも煙草を吸いながら言うアベルの言葉に、返ってきた反応は二分。
イレイン、ガルシア、ケインは疲れた様に。
対してフラウとミリーは、やる気満々と。
最早、やる気の失せたアベルは軽く流して終わりと言わんばかりに、今日は近場で乱獲と決め込む。
「あの子達に任せたら、また狩り尽くしてしまう勢いだけれどいいの?」
「討伐禁止令が出るだろうが、今回ばかりは構わないさ」
イレインの出した魔獣探知の反応へ、一目散に駆けていくフラウとミリー。
それを少し遅れて追う教え子達の後から、アベルとリーシュアリアは話しながら歩く。
「禁止令が出たら、私達が自由に動ける時間が確保出来る、という事かしら?」
「それもある、だが。今回は問題にならないだろうよ。何せ、魔王探索の調査中だ。街道沿いが平和になるなら、向こうとしても余計な手間が省けるってモンだ」
何処か拗ねた様に言う彼に、彼女は暗い悦楽を覚える。
(ふふっ、いい気味だわ。でも――――)
リーシュアリアはアベルを憎んでいる、だから、彼が苦しむ様は見ていて心地が良い。
しかしその反面、心に相反した感情が渦巻いた。
(――――貴男のその殺意は、私のモノよ)
アベルが無理矢理、彼女の全てを奪い此処に存在するのだ。
そして、総てを捧げると常々言っている。
ならば、ならばならば、彼の心、愛情だけでなく――――その『殺意』でさえも、彼女のモノ。
そう、リーシュアリアという存在に、しかと向けられるべきであるのだ。
(ラセーラ、どこの馬の骨との知らない貴女に何かに――――)
リーシュアリアは大輪の花を咲かすように嫣然と微笑むと、アベルの外套を掴みその足を止めさせる。
「あん? 何だ――――!?」
「聞きなさい。『アベル・フェルーノ』」
彼女は、彼の頬をむにっと摘んでぐにぐにと引っ張った。
「私の事を護ろうとしてくれるのは嬉しいわ、でも、違うでしょう?」
今度は摘んだ跡を優しく包み、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
彼の右目だけに、リーシュアリアの姿が写った。
リーシュアリアの両目にも、きっとアベルの姿が写っている筈だ。
「…………違うって、何だよ」
幼い頃を思い出させるような口調に、リーシュアリアは柔らかく笑みを浮かべる。
「責任を果たしなさい、アトリーの騎士アベル。貴男はあの日、私に日常を返すと言った。その日常とは、何?」
「それは――――」
アベルの顔は彼女の手から離れ、イレイン達の方へ向いた。
彼女達は、最初と変わらず元気に走っている。
「貴男が教官として、冒険者として。この街であの子達の成長を手助けしながら平和に暮らしていく。――――そうでしょう?」
民を見捨て、自らの右腕と左目まで失って、リーシュアリアという存在を手にしているならば。
今ある周囲は護ってみせろ、と彼女は傲慢にも言い放った。
アベルは眩しそうにイレイン達を見た後、リーシュアリアの前で膝を付く。
そして、御伽噺の王子の様に、そしてかつて騎士立った頃の様に、彼女の手の甲に唇を落とした。
「――――そうだな。俺が悪かった、出来る限りの事はしよう我が皇女殿下」
「善きに計らいなさい、我が騎士アベル・フェルーノ」
気障ったらしい遣り取りに二人揃って苦笑すると、イレイン達に追いつくべく、運命を知らずただ幸せだった頃の様に手を繋いで走り出した。
□
「ねぇフラウさん、あれって皆の話にあった…………」
「ちっ、あ奴等まだ残っておったのか」
イレインの示した地点に真っ先に到着した二人は、魔獣達の『異変』に気づき足を止め、近くの木に隠れて様子を伺う事にした。
異変とは即ち、――――魔獣同士の吸血行為。
「一角兎の血を、変な管を出して三尾犬達が吸い取ってる…………!?」
一角兎は四、五匹は居る様に見えたが、そのどれもが倒れ伏し、群がる三尾犬は十匹以上。
似たような光景をフラウは何度も見ていたが、初めて見るミリーは、戸惑うばかりだ。
「アベルが倒した奴が親玉だった筈だが…………あの時のハグレであれば――――ふむ、考えても埒があかんか。行くぞ小娘!」
「え、あっ!? フラウさん――――!?」
吸血行為に夢中になっている三尾犬めがけて、フラウが走り出す。
彼女を追うべきか、イレイン達を待つべきか、ミリーは逡巡した後、後に続いた。
(大丈夫。私には『これ』があるものっ!)
ミリーは今、奴隷だった頃とは違う武器を装備している。
武器とはイレイン謹製の装備、殴る度に相手の魔力や魔法の一部を吸収し、その威力を増す『英雄の籠手』
同じく『英雄の長靴』
そして、物理的防御、魔法的防御の両方に対応する『力の皮帯』
それらがあれば――――負ける筈がない。
「――――『戦闘開始』」
「んなっ!? なんだそれはっ! 狡いぞ小娘ぇっ!?」
ミリーが魔力を込めて言葉を出した瞬間、弦楽器の奏でるそれと似た音が大きく鳴り響き、魔獣達の注意を引く。
籠手や長靴が光輝き、革帯から全身を包み込む様に透明の膜が。
それだけではない、たった一歩の踏み込みで、人間の姿とはいえ、伝説の魔狼の疾走を追い越し――――。
「てぇあああああああああああああああっ!」
先ずは一匹、その頭をぐしゃっと殴り潰す。
「次っ――――!」
「妾の分も残すがいいぞっ!」
追いついたフラウも、その身体能力の高さを生かし、力任せに三匹纏めて殴殺。
「そっちの方が多く――――効かないんだからっ!」
「ほえっ!? 小娘、マジ狡くないかっ!?」
フラウに気を取られたミリーの隙を付き、二匹の三尾犬が左右から遅いかかるも、革帯に施された魔術によって、彼女の体に触れる事無く弾きとばされた。
「とぅああああああああああっ!」
「妾だってええええええええっ!」
彼女達二人が拳や脚を振るう毎に、魔獣の命が消え去る。
最初の十匹をあっという間に討伐し終えた後、ミリーとフラウは獰猛に笑い合い。
「行きますよフラウさんっ!」
「競争だ小娘っ!」
騒ぎを聞きつけて集まってきた、追加の三尾犬の群めがけて突撃を開始した。
イレイン達、教え子三人組が追いついたのはその頃。
「ああっ! もう始まっちゃってるっ!」
「うーん、はしゃいでるなぁフラウ…………」
「な、なぁイレインちゃん。ミリーってあんなに強かったか?」
「あ、それは僕も気になった。確か魔法を使えるわけでも、誰かに格闘術を習った訳でも無いんだろう?」
次々と魔獣を屠る二人を前に、援護は必要なのだろうかと感じつつ、三人は役割を果たしながら会話。
「――――『それっ!』 ああ、それはですねぇ。ミリーには新作の魔術武具を渡してあるんですっ! 自信作なんですよ、えへへ」
「はい、念のための魔法薬。…………解体でもするかなぁ」
「弓矢を持ってきてて良かったよ、っと! …………こっちが当てる間に、十匹単位で倒してないあの二人」
「――――『てやっ!』 ミリーなら使いこなせると思ってましたっ!」
年相応の胸を張るイレインは、しかして内心、首を傾げる。
(おっかしいなぁ…………。ミリーの魔力じゃあんな威力は出ない筈なんだけど…………)
幼馴染みであるミリーの事は、一番良く把握しているとイレインは自負している。
それ故の疑問。
そもそも、籠手等から魔力の光は溢れない筈だし、その威力や防御力も、計算上、彼女が万が一孤立した時に誰かが駆けつける時間を稼ぐ程度のモノ。
間違っても、体に触れる前に弾き飛ばしたり、骨すら砕くようには作っていない。
(せいぜい三尾犬を軽々投げ飛ばす程度の筈、…………一度死にかけてから魔力が上がった?)
そんな荒唐無稽な話があるのだろうか、もしそれが本当なら、祖父から教えがあった筈だ。
イレインが釈然としない気持ちを抱えたまま援護を、そしてアベルが到着する頃には、周辺には魔獣の反応は無くなっていた。
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