第二十七話 「よし、殺るか――」



 魔王発生の可能性にギルドと街が慌ただしくなる中、一方でアベルは其方に加わる事無く、冒険者として復帰する羽目になっていた。


 書類上の上では、アベルの高位冒険者資格は失効していないし。


 そもそも、何だかんだで討伐に出ていたので、事情を知らぬ者からは寧ろ、今まで引退していたの? と首を傾げられていたが、それはそれ、これはこれ。


 アベルとしては釈然としないモノを感じつつも、とある書類を提出する事となった。


 即ち、――――パーティ結成である。


 頭目はアベル(リーシュアリア)


 団員はイレイン、ガルシア、ケイン、フラウ、ミリー。


 そこに状況に応じて、元奴隷の子らを手伝いとして臨時に雇う、という構成である。


 そして彼らは現在、西の狩り場に。――――親睦会を兼ねた初討伐。


 他の者達を横一列にならばせ、アベルは頭目として音頭を取った。


「えー、諸君。これから俺達はフェルーノ騎士団として活動していく事となるが――――」


 アベルが出した単語『フェルーノ騎士団』とは、今は無き古巣の名前。


 彼としては、もっと良い名前があるだろうと言ったのだが。


「フェルーノとは、亡国にて旦那様が将軍として率いる筈だった騎士団の名前。…………くだらない感傷だと解っているわ、でも――――」


 とリーシュアリアが切なげに、眉尻に涙を浮かべるという過剰演出と共に発言すれば、意見が纏まってしまうというもの。


 絶対に嫌がらせだとアベルは確信していたが、その気になっている団員達に、遠慮はしないでください、と情に厚い瞳で言われてしまえば仕様がない。


 ともあれ、結成記念に討伐と言う流れになったのだが。


「――――のう、アベル殿。そこな小娘が居るのは良しとしても、何故この不届き者が居るんじゃ?」


「あっらぁ? だってケインはアタシのモノですもの、側に居るのは当然じゃない」


「ふ、二人とも、せめて離れて…………」


 流れを遮ったのはフラウだった、彼女はケインの左腕に抱きつき、同じく彼の右腕に抱きつく美女、――――ラセーラを敵意丸出しで睨む。


「…………ラセーラ、ケインから離れろ。どうしてもと言うから部外者であるお前の同行を認めたんだ。面倒を起こす様なら今すぐ帰れ」


「いやん、アベル君怖ーい」


 ケラケラと笑ってケインから離れた彼女は、一瞬、ニヤリと笑うとアベルにすり寄る。


(――――なっ!? 今コイツっ!!)


 次の瞬間、アベルは目を丸くした。


 ラセーラに、するりと腕を取られたからだ。


 端から見れば、アベルが無条件で彼女の接近を受け入れた様に見えたが、実態はそうではない。


(虚を突かれた。いや、体術だけじゃない、何かの暗示か!?)


 例えば一流の間諜は、その何気ない仕草一つで熟練の戦士の気を反らす事が可能だという。


 恐らくラセーラはその技術の持ち主だろう、だが、アベルはそういう手合いを見破る技術を拾得している。


(何処の手の者だ、何が目的で裏に誰が居る?)


 何れにせよ解るのは、――――強者。


 直接的な戦闘がどこまで出来るのは未知数だが、ケインの夢に出てきた人物との符合点は多い。


(一筋縄では行かないか…………)


 アベルは無言でラセーラの腕を払い、その度に彼女も笑顔で腕を絡ませる。


 無益な攻防が何度も繰り返される中、焦れたリーシュアリアがとうとう口を挟んだ。


「ラセーラ、といったかしら? 貴女少し馴れ馴れしいわね、旦那様から離れなさい」


「なぁに~~? 嫉妬? ふふっ、可愛いんだから」


 見せつける様に、豊満な胸を押しつけるラセーラに、表面上は笑顔のリーシュアリアの額に青筋が浮かぶ。


 アベルとて、この金髪美女を引き剥がそうとしているが、いかんせん片腕の身。何より――――。


(――――!? はあっ!? なんだコイツ、リーシュアリア並みに力が強いぞ!?)


 巨大魔獣でさえ一撃でしとめるアベルの腕力でも、ピクリとも動かない。


 益々彼女への疑惑を深めるアベルであったが、それはそれとして、この状況は非常に不味い。


 何が不味いかというと、言うまでもなくリーシュアリアの機嫌と、一方でミリーがケインへ物理的距離を縮め始め、制止しようとするイレインとガルシアも含めて、ケインが危機である。


 これ以上、場が混乱する前になんとかしなければならない。


「――――旦那様から離れなさい女狐」


「あら、嫉妬は見苦しいわよご同類? それともアベルが一緒じゃないと生きていけないとでも言ってみる?」


 何が目的なのか、ひたすらにリーシュアリアを煽る彼女に、アベルはあえて笑いながら言い放つ。


「ああ、そうとも。俺はリーシュアリアが一緒じゃないと生きて行けないし、コイツも俺と一緒じゃないと生きて行けないんだ」


「――――へぇ、それはとても羨ましいわね」


「ちょ、ちょっとアベルっ!?」


「だからすまないな、例え本気であっても、お前を側に置く訳にはいかないんだ」


 なお、アベル側の理由は精神的な意味であり、リーシュアリア側の理由は『体質』的な意味である。


 ラセーラは一瞬だけ、怪訝そうな顔をするとニンマリ笑って離れた。


「他の女と接触して、すまないなリーシュアリア」


「…………。気安く、触らないで頂けないかしら旦那様」


 腰を抱き寄せるアベルに、リーシュアリアは口を尖らせるも、なされるがまま。


 どう見ても素直になれない女性そのものな彼女に、ラセーラはそっと耳打ちする。


「アタシは本気よ、――――■・■・■・さ・ま。きゃっ、言っちゃったわっ!」


「――――っ!? ちょっと! それって」


 血相を変えて腕を掴もうとしたリーシュアリアの手をするりと躱すと、彼女は言った。


「お邪魔みたいだから、そろそろお暇するわ。――――じゃあね~~!」


「おい、何しに来たんだよお前はっ!?」


 去りゆく金髪美女ラセーラの背中に問いかけても、返答は無し。


 リーシュアリアと共に困惑した顔を見合わせたアベルは、ため息を一つ吐き出すと、ケイン達を止めに入いろうと歩きだし――――。


「――――待って、旦那様」


「どうした? リーシュアリア」


 振り向くとそこには、険しい顔をした愛しい女の姿。


 その顔色は少し青ざめ、何かに耐えるように唇を強く噛みしめている。


 彼女はケイン達の様子を気にしながらアベルに近づき、その逞しい胸板に顔を埋めた。


「あの女、…………私の『正体』に気づいていたわ」


「――――――――そう、か」


 アベルはリーシュアリアを抱きしめながら、無表情に答える。


 彼女の正体、それを知っているのはこの世で四人だけ。


 遠方で暮らす彼の妹と、一緒に居るアイ。


 ディアーレン支部長であるヴィオラと、昔馴染みのパトラ。


 その誰もが口は堅く、また当事者故に他人に話す事は絶対に無い。


 もしその事を知る者が居るとすれば――――。


「今更蒸し返そうなんて、どういう心算だプルガトリオ」


 アベルの心が冷えて固まる、かの組織の目的が何であろうと、ラセーラの正体が何であろうとも。


(もう二度と、リーシュアリアに手は出させない)


 殺す、絶対に殺すと殺気立つアベルに、リーシュアリアは諦観と愛憎が混じった複雑な表情を向けると、一度目を閉じ、ゆっくりと瞼を開ける。


「――――何にせよ、今やる事をやりましょう。さしあたって、『そこ』の仲裁から」


「…………チッ。んでもって、今日の討伐か」


 世の中儘ならないと、アベルは不機嫌そうにため息を付き、リーシュアリアと共にケイン達の方へと歩いて行った。


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