第十七話 「授業の時間だぜ」



 ギルドナイトの仕事とは何だろうか。


 主な業務は、不正を犯す冒険者の取り締まり。


 詐欺行為や恐喝等、つまりは同業相手に行われる犯罪行為の調査、被疑者容疑者の確保。


 最終的にはギルドが処罰を下すが、時にはアベルの様に処刑、処罰をギルドナイト個人が行う事もある。


 勿論、依頼者やギルドに対してでも同様だ。


 時には官憲と協力し、市民相手に行われる冒険者の犯罪行為を取り締まる事も。


「さて、お前等。ここまでは良いか?」


「はいっ!」


「大丈夫ですアニキ!」


 ギルドナイト内に、アベル隊が設立されたその翌日。


 ギルド別館地下に用意された、ギルドナイト専用会議室にアベル達は居た。


 なお、ガルシアの下の居た奴隷の子等の殆どが、ギルドの下働きとして丁稚奉公になり、住まいはそのまま、ギルドの保護下。


 イレインといったら、ミリーが二人部屋を一人で使ってるのをいいことに、転がり込んで居候の身である。


 ともあれ。


 ギルドナイトの中でも、通常の任務に着かないアベルの下で働くとはいえ、基礎的な知識は必要である。


 それ故に、こうして朝から秘密の講義なのであった。


「では次、――――二人の中でギルドナイトを見た者は? 勿論俺を除いてだ」


「それは…………、あれ?」


「なるほど、そういう事っすか…………」


 金髪を揺らし首を傾げるイレインとは違い、冒険者として少し経験者のガルシアは、アベルの言いたい事に気付いた様子。


「よし、ガルシア。言ってみろ」


「はいっ! ギルドナイトは基本的に秘密って事ですねアニキ!」


「そうだ。俺達は街の衛兵や騎士団とは違い、その存在そのモノが秘匿されている。――――理由は解るかイレイン?」


 彼女は少し考えて、難しそうな顔をしながら答えた。


「存在を秘密にし、油断させる為…………ですか?」


「付け加えると、これはギルドナイトを守るためでもあるのよ、イレインちゃん」


 お茶菓子を優雅につまみながら、アベルの隣に座っているリーシュアリアが言った。


「あー、もしかして他のギルドナイトの方々も、冒険者からって事ですかアネゴ?」


「正解。…………だけどアネゴは止めなさい。さん付けでいいから」


 アベルが兄貴と呼ばれる事が多いからか、リーシュアリアもそれに合わせ、姉御と呼ばれる事が多い。


 本人としては、あまり好きではない呼び名だが。


 時折現れる、身の程知らずの好色冒険者を叩きのめす度に、主に女性冒険者や職員からその呼び名が広まっているのが現状なのだ。


 ともあれ。


 イレインは、皆が語った内容を纏める。


「つまり、取り締まる側も冒険者なので、犯人から報復されない様に、油断を誘う為に、その存在が秘匿されている、という事ですね」


「実際に、その名を出して活動する時は、顔や体の特徴を隠す装備が与えられるから、後でパトラの所へ行っておけ、その辺の管理はアイツだ」


 素直に首を縦に振る二人に、アベルは満足そうに頷くと、では、と前置きした。


「ガルシアはもう察している様だが、俺の隊の任務は普通のギルドナイトとは少し違う」


「――――それは『天獄への道』ですか、兄貴」


 少し堅い声で答えたガルシアに、アベル口元を歪めながら言い放つ。



「覚えておけ、そして調査の時でも絶対に口外するな。――――強大な力を得る代わりに、やがて魔獣へと至る魔法薬『天獄への道』」



「そして、それを配る秘密結社『プルガトリオ』」



「先日のラッセル商会の件は、まだ『マシ』だ。あれは一国をも。――――最悪、大陸すべてがひっくり返る事態となる」



 その言葉が二人の頭に浸透するまでに、少しの時間がかかった。


 然もあらん。


 その驚異は記憶に新しいが、如何せん話の規模が大きすぎる。


(そういえば、俺も初めて聞いた時はそうだったなぁ)


 アベルの場合、その薬の特異性も、それにより発生する魔獣の凶悪さも知らず、嘘っぱちだと鼻で笑い飛ばし即座に拳骨をくらったものだ。


「まぁ、そんな気負う事はない。この街でそういった話題を耳にした時は俺かリーシュアリア、或いはパトラとヴィオラ支部長に報告すればいい」


「実際に行動するのはこの人だから、貴方達はその手伝いに徹してもらうわ。――――理由は理解できるわね」


 優しくも、はっきり出されたリーシュアリアの言葉に、二人は神妙に頷く。


 自分達の力量の自覚は勿論の事、アベルとの実力差は嫌という程に見せつけられた。


 アベルはこほん、と咳払いして、二人に告げる。


 言い渡すのはこれからの任務、それは――――。


「では、これからお前等は」


 ごくり、と唾を飲む音二つ。



「――――、普通に冒険者でもやってろ」



「はいっ! ……………………あれ?」


「解りました兄貴! 任せて…………はい?」


 きょとんとする二人に、リーシュアリアが苦笑しながら話した。


「言い忘れてたわね。通常のギルドナイトも、冒険者と兼業なの。その活動は、ギルドに犯罪行為などの報告があって、その上で指示が下された場合のみ」


 熱心な者などは、自主的に警邏や調査をするが。


 ギルドナイト人員の選別基準は、人格と高い実力、そして一定の稼ぎがあり活動する暇がある者。


 要するに、限りなく副業に近いのだ。


 アベルは、リーシュアリアに続けて言う。


「プルガトリオだって。四六時中薬をバラ撒いている訳でもなし。そもそも、この街に奴らが来たのだって偶然に近いんだ。ディアーレンは人類にとっても、あっちにとっても重要な場所じゃないしな」


 その言葉に、イレインとガルシアの二人は、共に顔を見合わせて肩を落とした。


 彼らとしては、その恩義に報いる為。


 垣間見た、英雄の後ろ姿を追う為に部下になる事を申し出たのだが、やることが何も無いとは想像だにしていなかったのである。


(ま、下手に頑張られて、他の厄介事を引き込まれても面倒だ。気持ちは嬉しいが、その時になったら頑張ってくれ…………)


 語る事はもう無い。後は解散し、表の顔である訓練教官(但し、現在受講者無し)に戻ろうとした所。


 待ったをかけたのは、リーシュアリアだったのだ。


「そうそう、ヴィオラ支部長からの言伝を忘れていたわ」


「あん? 昨日の今日で、また何かあったのか?」


 面倒くさい、と言わんばかりの声を出すアベルを無視して、リーシュアリアは二人に告げる。


「正確には、何かあるかもしれないので調査して欲しい、って依頼よ。討伐の片手間で構わないそうよ」


「おい、待てよリーシュアリア。そんなもん、依頼張り出して普通の奴らに任せればいいじゃねぇか」


 これは最終的に解決までさせられる展開だと、アベルは危機感を覚えた。


 今まではのらりくらりと、熟練冒険者達に手柄を押しつける事に成功していたが。


(イレインは確実に依頼を受けるだろう、ガルシアも間違いない)


 失敗する様に誘導して、部下の身分から外すかという思考がちらついたが、いくら何でも、それは非道というモノである。


 何か良い言い訳は、とアベルが考える中、そうはいかないとリーシュアリアは話を進めた。


「この所、北門周辺の、特に奥の森周辺の狩り場に変な魔獣が出現しているのよ。人に敵対しないで、魔獣を狩る大型魔獣――――これは目撃例が少ないわ。そして、もう一つは噂にもなってるのだけど、何でも一角兎や、三尾犬が冒険者の血のみを狙ってくるとか」


 後者の話は、アベルも耳にしていた。


 だからこそ、西や南の門周辺に連れて行ったのだが。


「はい! アネゴ! 何でオレらに回ってきたんですか?」


「だからアネゴって――――まぁいいわ。理由は簡単、お金よ。ラッセル商会緊急討伐依頼の件で、結構な金額が飛んでいったらしくてね、真偽が定かでは無い情報の確認は、身内で安くすませましょう、という事ね」


 ふむ、とアベルの損得勘定は答えを出した。


 恐らく調査報酬は雀の涙という所だろう、それならば、出世に繋がらない感じなのでは、先程の予感は、間違いだったのでは、と。


「――――よし、俺も」


「だめよ旦那様。これは二人の入団試験の様なモノなんだから。それに、さっき相談したい事があるって人が訪ねて来てたわよ」


 むむむ、とアベルは黙り、代わりにイレインとガルシアは目を輝かせて言った。


「受けますその依頼っ!」


「任せてくださいアニキ! このくらいの雑用、見事こなしてみせますってっ!」


 これはもう、確定事項で覆らない。


 そう判断したアベルは、二人に許可を出す。


「…………はぁ、仕方ないか。お前等、ちゃんと準備していけよ。調査の仕方は講義でやったから覚えてるな?」


「はいっ! 大丈夫ですっ!」


「ならいい。連れて行きたい奴がいるなら、今の内に言っておけよ」


 ガルシアはイレインと少しばかり相談すると、直ぐに結論を出す。


「ウチの子の盾役と斥候を一人づつ、いいですか?」


「そいつらが使えるかどうかはパトラに聞け。――――リーシュアリア、パトラの所に一緒に付き添ってやれ、但し、あんまり口出しするなよ」


「はい、旦那様」


 では行動開始と全員が席を立つ、なお講義に使った黒板の掃除と、茶菓子などの片づけも忘れてはいない。


 そんな中、アベルは聞き忘れていたとリーシュアリアに。


「そういえば、相談って誰だ」


「調教師の子よ、確かケインって名前だったわよね、旦那様の教え子でしょう?」


「ああ、アイツか…………」


 ケインは灰色の髪に、痩せ形長身の気弱そうな二十歳。


 冒険者の中でも珍しい眼鏡姿と、大陸中を見渡しても希有な、魔物を従える才能の持ち主だ。


「まぁ、あの事だろうなぁ」


 彼がどんな相談を持ちかけるか、アベルは検討が付いていたが。


 ともあれ、聞かないことには始まらない。


 会議室は、別館の禁書庫の奥から出入りできる。


 そこで三人と別れたアベルは、彼が待っているという教官室へ向かった。


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