第十五話 「――さぁ、処刑の時間だ」



 長きに渡る魔獣との戦いで、都市に進入されて戦場になった、という話は少なくない。


 今でも、最前線と呼ばれる魔王出現区域、そこにある都市などは、日常的に事が起こっているという。


 そんな訳であるから、ディアーレンにも対処の規範というべきものが伝わっており。


 該当区域から民が避難した後のがらんどうな大通りをアベル達は進んでいた。


「いやぁ、不幸中の幸いってやつだなイレインちゃん、お前等が南門周辺を刈り尽くしたお陰で、うちの家族も安心して避難できたってもんよ」


「はうぅ~~」


 恥ずかしそうに縮こまるイレインに、アベルが苦笑しながら代わりに答える。


「おいおい、それ誉めてんのかわかんねぇよドーソン」


「感謝してるって事ですよアベルの旦那」


 突入組の一人、ドーソンがそう言うと、同意する声が口々にあがった。


 ディアーレンの冒険者は、この街の出身者が多い。


 自分たちの食い扶持が、一時的に減る様な失敗だったとしても、結果的に安全が付いてくるなら、歓迎だってするのである。


「しかしアベルの兄貴、あのアイって子は何者なんです? 魔獣を閉じこめた上、こっちが出入り自由なんて便利で強力な結界魔法、聞いたことありませんぜ?」


 同じく突入組の一人、黒髭のランドがアベルに問いかけた。


 アイの存在は、かつての亡国でも王族とその周辺しか知らない機密。


 国が滅んでいるからと言って、おいそれと話す訳にはいかない。


「やんごとない所の秘蔵っ子って事で満足しとけ、この街に来たのは偶然に等しいし、あの魔法は本人にしか使えない類だ」


「…………成る程、深く聞かない方が良いって事ですな、了解しましたとも兄貴」


 ランドも冒険者歴が長い人物だ、触れられたく無い話題、触れてはいけない事柄、そういうのに聡い。


「物わかりが良くて助かるよドーソン。――――おいお前等っ! お喋りはここまでだっ! ガルシアから渡された、筋力増強の魔法薬は飲んだかっ!」


「あいよ兄貴っ!」


「はっはーっ! こいつはいい感じですぜ兄貴っ!」


「いい腕してんじゃねぇか新米っ! 生き残れよぉ!」


 ひゃっはーと声は楽しげに、しかして獰猛な顔をし始めた突入組に、アベルは満足そうに頷いて指示を出し始める。


 ラッセル商会の前に着いたのだ。


 裏口にドーソンが統率する高位冒険者三人、表はアベルとランド、そしてイレインとガルシアだ。


 全員が配置に着いた事を確認すると、今度は商会を包囲する衛兵と十人程の中級冒険者達に向かって叫んだ。


「討ち漏らしや逃げる奴は必ず殺せっ! 一匹たりとも逃すんじゃねぇぞっ!」


 恐らく彼らの出番は無いだろうが、念には念を入れて置いて問題は無い。


「お任せあれアベルさんっ! そちらも御武運をっ!」


「任せとけっ! ――――イレイン、やれっ!」


 アベルは腰から玉鋼の片手剣、現役時代からの相棒をを引き抜く。


 それを見た全員が、同じく剣や盾を構えた。


 空気が張りつめる中、イレインの呪文詠唱が響きわたる。


「『我求めるは――――』」


 ラッセル商会の中に、急激で深い眠りを誘う霧を出すのだ。


 言祝ぐのは通常の呪文、しかし彼女の施した魔術により、その精度は高く、効果は強く。


 呪文詠唱とともにローブの文様が淡く煌めき、戦いの熱気がじわじわと高まって――――。


「はいっ! ――――『眠りの霧』! 三・二・一、今ですっ!」



「――――突入っ!!」



 そして今、戦いの火蓋が切って落とされた。


 アベルはドアを蹴り破り、先陣を切って突入。


 同時に建物の裏手でも同様の光景が。


「――――邪魔だっ!」


 事前に建物の見取り図は頭に叩き込んでいる、アベルはすれ違い様に、進路の一匹の首を落とす。


「気を付けろっ! コイツ等は特別製だっ! 魔法の効果は半減すると思えっ!」


「はいっ!」


「了解しましたアニキ!」


「だろうと思ったよっ!」


 これはイレインの所為ではない。


 通常の魔法であれば、全ての魔獣は眠りに落ちていただろう。


 だがこれは――――。


(――――プルガトリオっ! 面倒な事をっ!)


 彼の組織が手を加えた魔獣は、全ての能力が高く引き上げられる。


 そも魔獣は、元となった動物の可能性を無制限に引き出す性質を持つ、ましてや今回は人間が素材だ。


 その能力は高く、未知数。


 魔獣の動きを鈍らせたイレインは賞賛されるべきであり、いとも簡単に倒すアベルが異常なだけである。


「俺たちは上へ行くっ! 向かってくるヤツ以外は裏手組に任せとけっ!」


 そこらかしこに散らばる、手や足などの『食い残し』を横目に、アベル達は建物左手側の階段へ。


(チィっ、こりゃ生き残りは居ねぇな)


 実の所、アベルがこの敵に遭遇したのは初めてでは無い。


 だからこの惨劇は解っていた事だった、なにせ――――彼等の故郷は『これ』で滅んだのだ。


「イレインっ! ガルシアっ! 解っているなっ!」


「はいっ! ――――『それっ!』」


「それでオレがぁああああああっ!」


「ひゅう、中々やるじゃないか新入りよぉっ! ほいせぇええっとっ!」


 アベルは階段の途中に居る二匹を瞬殺、イレインとガルシアは共同で後から襲いかかる一匹を足止め、止めはランドの斧の重い一撃だ。


 四人あっという間に二階にたどり着き、進む前に状態の確認。


「イレインっ!」 「――――問題ないですっ!」


「ガルシアっ!」 「――――傷一つ無いですっ!」


「ランドっ!」  「――――行けるぜ兄貴ぃ!」


 階下では戦いの音が聞こえるが、苦戦している感じではない。


 問題は――――。


「――――イレインっ! この階の反応は解るかっ!」


「はいっ! 直ぐに――――え、あれ? うん?」


 ローブの仕込んだ魔術で探知の魔法を使ったイレインは、その結果に首を傾げた。


 この建物の外、領主の城の上と、ギルドの中にも反応があったからだ。


 だがそれは、瞬き一つの間も無く消え、建物内部のみの反応となる。


(――――今のは? ううん、それどころじゃない)


 初めて実践に出てから、イレインは探査魔法を改良している、少なくともこの建物内に限っては間違いが無い筈だ。


「二階に反応無し、一階は後四つ、いえ三つ! 三階に一つですっ! これは…………」


「どうした嬢ちゃん」


 ランドの問いかけに、イレインは難しい顔をした。


「三階の反応が変なんです、幾つもの反応が一つ重なってて――――」


「――――共食いだイレイン」


 共食い、とは普通の魔獣でも起こりえる現象である。


 それは同胞を食らい、力の全てを一つに集め強力な個体を生み出す、――――言わば『蠱毒の壷』


 最悪の場合、新たなる魔王が出現する前兆だ。


「ランドっ! 下に言って建物を爆破する準備しとけっ!」


「――――了解しましたっ! 下の奴らにも伝えますっ!」


「イレイン、ガルシアっ! 命の保証はしないっ! それで良いなら着いてこいっ!」


 アベルは返事を待たず、直線通路の先に見える階段へ疾走。


 ランドもまた階段を駆け下り、残された少年少女は頷きあい信頼する教官に続く。


(いざとなったら二人を抱えて逃げる魔力は残ってるっ! ――――でも!)


(オレは多分見ているだけしか出来ない、――――でもよぉ!)


 あの人が負ける筈が無い。


 短い付き合いだが、心の底からの確信があった。


 そして――――。


「よぅ、テメェが親玉か。また随分と奇天烈な姿になてんじゃねぇか」


「GRUAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 三階へ登り、豪華な扉を蹴破った先にアベルが見たものは、醜悪な魔獣だった。


 顔は人間のまま、その太り具合からしてラッセルだろう。


 胴体はケンタウルスの様に、人間部分と狼の部分に。


 人間部分の胴からは四本の腕が、狼の部分には六本の足が。


 どこも毛深く、しかしてその一本一本が針の様に尖っている。


 手足の爪は肥大化し鉤爪の如く、一番上の腕などは鉤爪が延びに延び、まるで剣の様だった。


「――――――――死ねぇえええいっ!」


「GUGYAOOOOOOOOO!」


 お互いを認識しあったのは一瞬。


 イレインとガルシアが部屋にたどり着き、様子を伺うと同時に、アベルの小剣とラッセルの鉤爪が交差する。


「ははっ――――! そんなものかよっ!」


 体格差はラッセルの勝利、腕力、機動力といったモノもまた。


 だがアベルは、音の早さで繰り出されるを鉤爪をやすやすと受け流し。


 初見では回避不能と思われた延びる体毛の針は、アベルの体に触れる事なくへし曲げられる。


(堅い、こりゃあ苦労するぞ)


 但し、それは普通の冒険者の場合である。


 突入組の様な高位冒険者でも、単独では無く、念入りな準備と、そして大きく開けた場所でと時間があれば、勝利を掴めるだろう。


 だが、――――ここに居るのはアベルである。


 片目と片腕を喪ってもなお、人類最強と密かに謳われる存在。


 彼はラッセルの突進を避け、間髪入れずにその足を切りつけ。


 振り向く間も与えず、ありとあらゆる場所を攻撃する。


(――――剣が通らないか、魔法付与できる奴がいればよかったんだが)


 ちらりとイレインを見、しかしてその隙を逃さず死角からの一撃を、見ずに回避する。


(今のイレインにそれを期待するのは酷か、付与が出来るかどうかも知らねぇしな)


 では、どうすればラッセルを倒せるのか。


 アベルは防戦に回りながら、思考する。


(外に出したら被害がでる、建物ごと爆破しても倒せそうにない)


 決定打は与えられない、だが他の冒険者では力量が足りない。


(ドーソンとランドが居れば、いや奴がデカくて三人で戦うにはちと狭い。どっちかが死ぬか)


 幸か不幸かこの均衡を保っているのは、三階部分をほぼ丸ごと使用した部屋の構造に起因している。


 アベルが受け流した鉤爪は壁を裂き、ラッセルの巨体に耐えきれず、床は所々抜け始めて。


 見ている二人が、芸術すら覚える回避行動を見せる中、アベルは決断した。


(お前には勿体ないぐらいだが、――――切り札を使うっ!)


 その直後、アベルは余裕を以て交わしていた攻撃を、態と眼帯へ掠らせる。


「そろそろ、処刑の時間だよラッセル――――」


「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 千切れ落ちる眼帯に、イレインとガルシアが息を飲んだとき、それは始まった。




「――――『魔眼・解放』」




 瞬間、アベルの左の瞼がは開かれ。


 そこには無き眼球の代わりに、時計を思わせる仕掛けが施された義眼が。


 義眼、アベルが魔眼と呼ぶそれは黄金に輝き、そして脳裏に、涼やかな女性の声が響く。



『偽・黄金瞳。第一解放――――塵ハ塵ニ、灰ハ灰ニ』



 其れは、この世の理を超越した力。


 アベルが見し歪んだ理を、正常な姿に戻す力。



「GAAAAAAAああああああああっ――――」



 ラッセルの体から力が抜ける、魔獣の本能に汚染された思考が雪解けを始める。



『知ラセ――――、ヒトツ、フタツ』



 動きを止め、困惑の光を目に浮かべたラッセルに向かいアベルは踏み出す。


 このアベルだけに聞こえる声が、十二を数えたら効果は終いだ。



「――――あれは、人間が関わってはいけないもんだぜラッセル」



『イツツ、ムッツ、ナナツ』



 アベルは剣を振り上げる。



 そして。



「もし来世があるなら、今度は真っ当な人生を送るんだな」



『トオアマリヒトツ、トオアマリフタツ。――――歪ミシ逆シマハ終ワル』



 剣はあっけなくラッセルの心臓を貫き、哀れで愚かな犠牲者は、どうと音を立てて倒れた。


 アベルが左瞼を閉じ剣を鞘に納める中、ラッセルの巨体から黒い肉が溶ける様に消え。


 残るはバラバラになった死体と、ラッセル自身の死体。


(ああ、ああ。…………教官、貴男こそ――――)


(凄げぇよアニキ、あんなに簡単に倒した上、元の姿にもどしてしまうなんて)


 その光景を、イレインとガルシアはしかと目に焼き付けていた。


 アベルがどの様な手段で、魔獣を倒したのか。


 階下で倒した時は戻らなかったのに、何故ラッセルの時だけは肉体が人間にもどったのか。


 そのどちらも解らなかったが、一つだけ、理解できる事があった。


 訓練教官アベルは、紛う事なき『英雄』である、と――――





 アベルの戦いの一部始終を、二人以外にも目撃している者が居た。


 一人はアイ、彼女の特異な魔法ならば容易い事だ。


 そしてもう一人。


「――――久しぶりですね、カナシ」


「愛か、お前も暇だな。こんな所で見物か?」


 ラッセル商会から少し離れた建物の屋上には、アイの他に先客が。


 そのカナシと呼ばれた少女は、ラッセル商会に惨劇をもたらした異国の貴族令嬢、その人であった。


「見たか? どの世界でも三下の抱える憎悪など、こんな者だ」


「カナシ、貴女は何時まで――――」


 悲しそうなアイの延ばす手を打ち払い、カナシは告げる。


「例えこの身が『陰』だとしても、私は私の存在意義を果たすだけだ。――――それが嫌なら止めてみせろ、亡霊」


「――――貴女だって」


 アイの言葉は、カナシに届かず空に消える。


「貴女だって、亡霊じゃない」


 数々の言葉を飲み込み、アイは歓声に包まれるアベルの姿を眺める。


 一瞬にしてディアーレンに襲来した嵐は、これまた一瞬にして過ぎ去り。


 そしてまた晴れの日が、日常が戻って来たのであった。


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