第十二話 「ちょいと運が悪そうだが、良い子達だな」
一般的な奴隷の暮らしとは何か。
食事は粗末で、部屋は雑魚寝。
重労働で、水浴びすら十分に――――というのは正しくない。
正確には、山賊や海賊に買われた不運な奴隷、というのがそれに当てはまる。
大凡の場合、各々の奴隷に期待される奉公先によって待遇の差はあれど。
十分な食事と数人一組の部屋、簡単な職業訓練を施される。
然もあらん。
奴隷とは確かに商品でもあるが、娼館や冒険者、傭兵団などが買い上げない限り。
一時的な労働力としての人材派遣、という面が半分以上占める。
自身の風評に頓着しない者の中には、短期雇用の場として使う者も存在する程で。
とどのつまり、一つの職業として成り立っているのである。
では、アベルとイレインが今日訪れた、ラッセル商会の奴隷達はどうか。
「…………意外とまともな暮らしなんだな」
「やっぱり意外ですよね、アニキ?」
「こんな辺鄙な所に逃げてきた様な奴らにしては、悪くない。もっと――――」
言葉を濁したアベルに、ガルシアは苦笑する。
彼らは今、イレインとミリーが庭で奴隷達に青空教室を開いている光景を、微笑ましく眺めていた。
先日の晩は、ガルシアの部屋しか確認していなかったが。
中に入ったアベルとイレインを待っていたのは、少し裕福な孤児院の暮らしと、そう大差ない生活ぶり。
「アニキの想像は間違ってません、こっちに流れてくるまでに、多くのガキが死にました。オレ以外にも借金の形に雇われた冒険者が居ましたけど…………」
「…………そうか」
辛かっただろうな、悲しかっただろうな、そんな言葉は出さなかった。
「何も言わないんですね、アニキ」
「慰めが欲しかったか? 同情が? それとも責めて欲しかったか? ――――どれも違うだろう?」
「噂通りアニキは、そこらの大人達とは違いますね…………」
これは、ガルシアが悪かった訳でも、奴隷達が悪かった訳でもない。
魔獣が闊歩する世界で、生き残る事の出来る『運』が。
そして、ラッセル商会という所に買われた『運』が。
だた、そう。――――『運』が無かった、それだけの事である。
アベルは彼の頭に手を延ばし、乱暴に頭をくしゃくしゃと撫でる。
もう子供ではないが大人でもない彼は、目を赤くしながら、されるがままになった。
「誇れ。そしてガキ共の顔を覚えておけ、お前は今、確かに誰かを救っているんだ。――――良く頑張ったな」
「はい、はい…………アニキ、オレ…………」
ガルシアには、情が移った子供や、同僚が居たかもしれない。
そして恐らく、助ける事が出来なかったのも多かったのだろう。
喪ったモノは多い。
だが彼と奴隷達は、確かに此処に在るのだ。
そよ風が草木の匂いを運ぶ中、子供達の賑やかな声の側で、二人は静かに。
やがて、ガルシアの様子に気づいた子供が、近寄って来た。
「ガルシアさま、泣いてるのー?」
「いや、これは目にゴミが入っただけさ。――――よし、お前等っ! そろそろ昼飯にすっから当番共は手伝えよ! 今日はアニキとイレインちゃんも一緒に食うんだからなっ! 気合い入れろよっ!」
はーい、おー! がんばる、など子供達は元気良く声を上げ、家の中に入っていく。
「はいはいっ! わたしもお手伝いしまーっす! アベル教官、楽しみに待っててくださいね」
「助かるよイレインちゃん、よければガキ共に色々教えてくれないか? アイツ等簡単なモノしか出来ないから…………」
「あー。ミリーちゃんは料理苦手ですもんねぇ…………。わっかりましたっ! 任せてくださいよぉ」
ガルシアとイレインの二人も中に入り、庭にはアベルとミリーが取り残された。
彼女は、授業で使った木の棒や、文字が掘られた手作りの板を片づけている。
「…………ほう、これで教えているのか」
「はい、私は料理とかは苦手ですけど。村では実家の雑貨店の一人娘でしたので…………」
「成る程。――――どれ、半分持とう」
ミリーは恐縮して断ったが、アベルはにっこり笑って強引に取り上げる。
「あうぅ、あ、ありがとうございますっ!」
「何、飯代と言ったら安すぎるが、がこれくらいはな。で、何処に置く?」
「案内しますっ!」
アベルは、ミリーの頭で揺れるポニーテールを眺めながら家の中に。
そして彼女の部屋に持って行った後、食堂代わりの大部屋に向かう。
「ああ、そうだ。お前は手伝わなくてもいいのか?」
「ええっと、その。ミリー姉ちゃんは皿運びだけって、言われちゃって…………」
恥ずかしそうにもじもじと俯くミリーに、アベルは適当な椅子に腰を下ろしながら言った。
「なら、暇つぶし代わりに、お前とイレインの事を教えてくれないか?」
アベルに懐いているイレインではあるが、どうにも機会が合わず、過去などはあまり聞けていない。
冒険者の過去は、詮索しないという不文律はあるが。
そこはそれ、これはこれ。
イレインをこの先、大事に(アベルの都合の良いように)育てる為にも、知っておきたい事柄だ。
そんなアベルの胸中を知る由も無く、ミリーは満面の笑みで頷いた。
「えっとですね、どこから話そうかな…………」
隣に座った彼女に、アベルは話易そうな所を上げる。
「そうだな、故郷に居た頃はどうだったんだ?」
「はい、それはですね――――」
ミリーは語り出した。
曰く、村の中で唯一の同年代だった事。
他の子供は、上も下も少し年が離れていて、いつも二人で行動していたと。
「ミリーったら、凄いんですよっ! 難しい事、何でも知ってるし魔法だって凄くて、皆に誉められてたんです」
「でもある時、山に迷い込んだ時、イレインが転んで怪我して動けなくなっちゃって、そんな時、思ったんです。私がイレインを守らなきゃって。…………今は、こんな状況ですけど」
少し悲しそうにするミリーの頭を優しく撫でながら、アベルはもう少し踏み込んでみた。
「良かったら、何で奴隷になったか聞いても?」
途端、体を強ばらせたミリーは、きゅっと拳を握ると、ゆっくりと開いて深呼吸した。
「辛いことなら、無理に話さなくてもいい」
「いいえ、よければ聞いてください。ミリーにもまだ話せていないんですけど、きっとアベル様になら」
それはきっと、アベルへの信頼故に、ではないだろう。
アベルがイレインと近く、ミリーとは遠いからだ。
「…………イレインが冒険者になりにこの街へ旅だった後、あの日、村に盗賊がやってきたんです」
そこからは、良くある悲劇だった。
村の若者が衛兵代わりをしていたが、あっという間に殺され。
最大戦力である、イレインの祖父は死去したばかり。
――――それがイレインが旅だった理由の半分であり、彼女の親はその昔に流行病で亡くなっているとの事だった。
辛うじて撃退に成功したものの、ミリーの父母を含め、大勢の者が亡くなった。
彼女は、村の復興を助ける為に、奴隷商に身を任せたのだ。
「あのまま居ても、私は役立たずでしたから。村の皆は家族です、だから…………」
「辛いことを思い出させたな、すまない」
ミリーは首を横に振って、悲しそうに笑った。
「こちらこそ、ありがとうございます。――――その、この事はイレインちゃんに…………」
「ああ、お前が言うまで黙ってるさ」
イレインはこの事実を、そう遠くない内に知るだろう。
だが、心配無い。
こんなにも優しい幼馴染みが居るのだから。
(その為にも、早めに潰して置かないとな)
やはり、夜襲で皆殺しが一番早いのでは、と物騒な事を考えていると。
空気を変えようと思ったのか、ミリーは態と明るい声を出し話題を変えた。
「あ、そうそうっ! 聞いてくださいっ! さっきの遭難の話なんですけど、続きがあって。あれから何ですよ、ミリーが魔術にのめり込んだのって」
「というと?」
アベルは気づかない振りをして、話題に乗る。
子供の強がりを見守るのも、大人のやり口と言うものだ。
「村中の布という布を手当たり次第に、魔術を刺繍して、確か転倒防止とか、物理なんとか、って難しいやつを――――」
イレインの魔術の腕は、祖父の指導だけでなく、実際に数をこなした結果という事らしい。
「ははん、それでアイツのローブは魔術まみれになってんのか」
「ええ、やっぱり直ってないみたいで…………」
アベルの苦笑する姿に、ミリーもまた苦笑い。
そんな時であった。
「おらぁ! 居るかお前等っ! とっとと荷物纏めて東門まで来いっ!」
招かれざる客、ラッセル商会から来た四人のゴロツキが、扉を乱暴に開けて入ってきた。
「がるしあ様っ! うえの人が――――」
「――――エドワードさんっ!? それにゴドフリーさん達まで、突然どうしたんです?」
ずんずん中に入ってきた彼らは、丁度アベルの居る食堂にて、調理場から出てきたエプロン姿のガルシア達に遭遇。
その中にはイレインも。
(なんだコイツ等、妙に焦って。怪我してるみたいだが、ろくに手当もしてねぇな)
嫌な展開だと直感的に判断したアベルは、何食わぬ顔で彼らの前に立った。
「よう、事情は知らないが先ずは手当したらどうだい?」
「なんだぁオマエっ! 部外者が何でここに居やがるっ!」
「エドワードの兄貴、コイツきっとギルドの――――」
どうやらゴロツキの一人は、アベルの事を知っている様だった。
然もあらん。
隻腕隻眼で茶色の髪の青年、それも鍛え上げられた肉体を持つ者など、この街ではアベルしか居ない。
「ラッセル商会のモンなら聞いてないか? この前一緒に狩りをしてな」
凄んだだけのアベルに、あっけなく気圧されたゴロツキ達は、舌打ちして事情を話す。
「聞いてるぜ、優秀な訓練教官で元ミスリル級冒険者のアベル。コイツらが世話になった様だな」
「何、それほどでもないさ」
実際の所、本当に何もしていないのに等しいが、面の皮が厚いアベルはさらっと言い放った。
「ちぃと急な話だがな、拠点を移す事になった。――――グズグズするなガルシアっ! 今すぐだっ! とっとと準備しろっ!」
「まぁ待てよ。これから昼飯なんだ。どうだ? 一緒に食べていかないか?」
「…………教官の旦那よう、悪いがこっちは切羽詰まってるんだ。グダグダ抜かす様なら」
雑に巻かれた包帯に血を滲ませた彼らは、腰の剣に手をかけ、事態は一触即発の空気となった。
(取り敢えず、叩きのめしてから考えるか)
まだ子供の奴隷達は一応冒険者とはいえ、目の前で殺すのは教育に悪い。
そういった配慮の元、アベルが動こうとしたその時。
「あがああああああああああああっ! 痛ってぇえええええええええっ!」
「おいオマエっ、肌が黒く――――ぎゃああああああああああああああっ!」
「うぎゃああああああああ!」
「お、俺の腕がああああああああっ!」
彼らの肌が、全身が黒く染まり変貌を始めた。
肥大化した肉体は、四つ足で立つ様に倒れ、黒い毛で覆われる。
顔は狼の様に牙が生え、口が長細くなり――――。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
――――そして、ゴロツキ共は人間大の狼型魔獣に変貌した。
「ガルシアっ! ガキ共を逃がせっ! イレイン、牽制だけでいい、やれるなっ!」
アベルは腰の小剣を抜き、返事を待たずに先ずは眼前の一匹、力任せに脳天へ突き立て、瞬き一つする前に絶命させる。
その姿を見て、驚愕から立ち直ったガルシアとイレインは指示通りに動き出す。
「お前の相手はこっちだっ!」
「テメェら外に逃げろっ! そっちは任せましたアニキ!」
「杖がなくなってぇ――――『樹よっ!』」
ガルシアとミリーが、大慌てで子供達を外に連れ出す中、それを追おうとする二匹をイレインは足止め。
魔獣の足に急成長した樹が絡みついて、その動きを止める。
床の木材を触媒として使ったので、後で修理が必要になるが、そんな事は気にしていられない。
「二匹目ぇっ!」
一匹目に深深と刺さった小剣を即座に諦めたアベルは、黒狼の鼻っつらを殴り、蹴り、隙をついてゴロツキの剣を拾って、今度は喉元から脳まで貫く。
「ごめんなさい教官っ!」
「大丈夫っ! もう一匹に専念しろっ!」
「イレインっ! こっちは全員外に避難したわっ!」
その直後の事だった。
アベルが拳一つで、黒大狼の脳天を砕いたその瞬間。
最後の一匹がイレインへと飛びかかり――――。
「ミリィいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
その間に割って入ったのはミリーだった。
彼女は解っていた、自分が庇わずとも、イレインのローブの防御力でなんとかなると。
だが、――――動いてしまった。
ミリーのイレインへの想いが、魔獣の前へその幼い体を投げ出させた。
「う、ぁ…………イ、レイ、ン…………ぶ、じ……?」
「ミリーっ、ミリーぃ!?」
彼女の体を食いちぎろうと、牙が深くめり込む。
イレインは経験が浅くとっさに動けない。
「糞ったれがっ――――!」
アベルはゴロツキの残したなまくらを拾い、魔獣の顔の横を貫き、そのまま口を開ける様に下に力業で切り落とす。
その行為で折れた剣に執着せず、間髪いれず、指を黒狼の目に拳を叩き込み、その頭を生命活動ごと停止させる。
「ミリー! ミリー! ミリー!」
「下手に動かすなイレインっ!」
感情のままに彼女を揺するイレインを制止に、アベルはその容態を見る。
(――――チィっ! 傷が深いっ! 出血も多いっ!)
大人ではなく子供の体だ、アベルの脳裏に致命傷の三文字が過ぎる。
(だが、俺とコイツに『運』があるなら――――)
アベルは血塗れのミリーを抱き抱えると、走り出した。
普通の医者では無理だ、魔法使いの高位の治癒魔法でないと。
討伐の時に所持する応急手当の道具は、今は持ち合わせていない。
ガルシアも心得があるかもしれないが、もし専門家なら、借金など済ぐに返し終わっている筈だ。
つまりは、現時点で彼の出番は無い。
そしてイレインは、治癒魔法の素養が無いと聞いている。
ならば。
「――――ギルドに行くっ! 着いてこい!」
アベルはミリーの命運を、ギルドに屯する冒険者達に預ける事にした。
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