第十話 「――稼ぎ時だな!」



 ガルシアとの接触後から、まる二日。


 件の悪徳奴隷商、――――ラッセル商会の内偵報告を待ちで状況は動かない。


 先日の稼ぎもあるので、アベルは怠惰に過ごせると思ったが、そうはリーシュアリアとイレインが許さなかった。


 流石に一日は休んだが、イレインたっての希望で今日は南の小門から草原に出勤。


 つまりは、討伐のお時間である。


「教官っ! 今、わたしは燃えていますよっ!」


「うんうん、元気だなイレインは」


 若い少女が、元気な姿を見せるのは素晴らしい。


 素晴らしいが、アベルとしてはせめてギルドで内勤という名のサボりをしたい。


(とはいえ、付き合ってやらんとなぁ…………)


 イレインが気合い全開なのは、理由があった。


「ミリーに聞いたら、自分を買い戻すのに金貨三枚必要なんです! だから、今日も沢山狩りましょう! おーーっ!」


 勢いよく両腕を上げる彼女に、アベルは一応釘を差す。


「気持ちは解るが、無理は禁物だ。何より前回以上に狩ったって持ち帰れないぞ?」


 一角兎が五十匹、三尾犬が十五匹。


 売却額は銀貨三枚で、ディアーレンの一般市民なら節約に節約を重ねて一ヶ月は暮らせるが、ミリーの金額には遠く及ばない。


(つーか、ボリ過ぎだろ。いくら見目が良くて処女の少女つっても、銀貨三百枚が相場だろうに)


 余談だが、仮に娼館などに買われた場合。


 衣食住代、教育費などを上乗せされ、買い戻すのに銀貨千枚、売れっ子にでもなれば二千枚まで膨れ上がる。


(コイツが金を貯めるのが早いか、あっちが潰れるのが先か)


 いかにイレインが天稟の持ち主だと言っても、所詮は駆け出し冒険者。


 報奨額の高い魔獣の生息域や、売却額を上げるノウハウなど、経験が圧倒的に足りない。


(俺一人なら、その辺の山の飛竜でも狩るんだが)


 イレインであれば、同じ事が出来るかもしれないが、そこまでたどり着くのに成長する時間が無い。


(無い無い尽くしで、さて、どうするイレイン)


 アベルはあくまで付き添い、初日こそ狩り場までエスコートし獲物を釣ってきたが、今日からはそれが無い。


「イレイン、分かってるな? 俺は危ない時だけしか手助けできないぞ」


 本音を言うと、やるからにはガンガン稼ぎたいが、それでは彼女の成長が阻害される。


「はい、大丈夫で――――あっ!」


「どうした? イレイン」


 はっと何かに気づいた表情をするイレインに、アベルは問いかける。


 彼女は、てへへ、と申し訳なさそうにしながら言った。


「その、事後承諾になってしまうんですが。…………今日は、他の人と一緒に狩る約束をしてるんです」


「――――成る程、そういう事か」


 ディアーレン所属の者ならば、その者から事前に一言ある筈だ。


 その場合でも、特別手当が出るので着いていくのも吝かでもないが。


 ともあれ、アベルの耳には小壁の門に多数の人間が集まって来ている音が聞こえた。


 ディアーレン所属では無く、イレインが共同で討伐の話を持ちかけられるパーティなど、一つしか存在しない。


「――――お待たせしましたアベルのアニキっ!」


「イレインっ! おはよ~~うっ! …………アニキ? アベル教官とご兄弟だったんですかガルシア様?」


 そう、今日一緒に討伐するのは、愉快なガルシアと有望な奴隷達だ。


「ミリー、お前もいつか解るさ、アベルさんの凄さがな」


 整った顔を無駄に輝かせたガルシアは、次いでアベルにぐいと近づき手を両手で握る。


「オレ、アニキの事を先輩冒険者のみんなに聞いたんです。――――アニキなら信頼出来る。今日はお願いしますっ!」


 彼は後ろを振り向くと、子供達にも挨拶するように命じた。


 彼らもまた、口々に元気な挨拶をする。


「うむ、今日は宜しく。だが俺は万が一の為の付き添いだ。基本的にはお前等だけでこなせよ」


「はいっ! 分かりましたアニキっ!」


 支部の冒険者から、いったい何を吹き込まれたのだろうか。


 彼らの大多数は教え子で、上位の者達は古くからの戦友も居る。


 何か変な事を言ってなければいいが。


 そんなアベルの心配を裏付ける様に、ガルシアがずいずいと顔を近づけて小声。


「お願いがありますアニキ。後で教えて欲しい事があるんです」


「顔が近い。――――で、何だ?」


 アベルは一歩下がってが、ガルシアは構わず一歩近づく。


「是非、女の子の落とし方をご教授くださいませっ! 先輩方が言ってました、貴族のお姫様から荒くれ者の盗賊まで、老婆も幼女もアニキに落とせない女は居ないって! 後、色町の良いお店も、連れてってくれるだけでいいんですっ!」


「…………ったく、アイツ等は」


 アベルは眉をしかめて、溜息を一つ。


 確かに現役だった頃は、モテていたし女遊びもそれなりだった。


 ――――でもその頃は、リーシュアリアの事を諦めていた時であり、意に添わぬ婚約者がいたからだ。


(つーか、アイツ等も一緒に遊んでただろうに)


 支部に所属する古馴染みの顔を思い出しながら、アベルは頭をかく。


 昔からこのディアーレンを拠点にしていた為、確かに色町は詳しい、教え子何回か連れて行っている。


 なおアベルの名誉の為に言うと、教官となってからはリーシュアリアしか抱いていない。


(まぁ、俺もこんくらいの時は、先輩達に良くしてもらったからなぁ…………)


 恩を返す、というには少し違うかもしれないが。


 男として、世話してやってもいい。


 女性への興味は、男との仲を深めるのに最も効果的な話題だ。


「取り敢えず、全部終わったら奴らも誘って酒飲みにいくか、その後だその後」


「絶対ですよアニキ! 一生着いていきますアニキっ!」


 ひゃっほうと喜ぶガルシアに、何かを察した様なミリーは冷たい視線を送り。


 対してイレインは、首を傾げてつつ無垢な笑顔で言う。


「教官! ガルシアさん! そろそろ出発しましょう?」


「おうっ! では出発!」


 おー、と数々の幼い声が上がり一行は前進する。


(まぁ、ガルシアもまだガキだって事か)


 聞いた所に寄ると、薬師の家系の貴族の三男坊だというのに親の風評で職にあぶれ。


 出奔し冒険者になるも、親の奴隷落ちを救う為、悪徳商会に奴隷の様な条件で所属。


 任された仕事は、子供を死地に送る行為。


(街の外では一人も死なせずに、頑張ってきたんだ。多少はっちゃけても無理はない)


 ガルシアにとって、アベルは正義の味方の様に思えているのだろう。


「ま、悪くないな」


「何か言いました? 教官」


「何でもない、どれ、そろそろお手並みを拝見させて貰おうかな」


「はいっ! 任せてくださいっ! 魔術も精度を上げてきましたし、打ち合わせもばっちりです」


 そう言うと、イレインは駆け出して前方に居るミリーと並ぶ。


 ――――結論から言おう。


 今日の成果は、アベルも驚くほど大漁であった。


 生存の為、罠と防御に秀でたガルシア達の戦法と。


 弓に秀でたエルフのもかくや、という程の精密魔法射撃を、視線一つで可能にするイレイン。


 そして、ガルシア自作の数々の魔法薬が組み合わさった結果。


 南門の小型魔獣は全て狩り尽くされ、むこう一ヶ月は子供一人で遊んでも安全な程に。


 そして報酬といえば、台車数台山盛りの小型魔獣。

 

 数があれば、特殊個体と呼ばれる値段の高い獲物も混じり。


 全部で、銀貨五千にまでに。


 なお、狩り場が無茶苦茶になったので、アベルは監督不行き届きとして特別報酬無しの上、減給となり。


 リーシュアリアからも、盛大な冷たい視線を送られたのだった。


 然もあらん。


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