第九話 「お前もアニキって呼ぶのか……いや、いいけどよ」
天獄への道、プルガトリオという単語が出てしまった以上、アベルは勿論の事、リーシュアリアだって動かざる得ない。
どこか遠くで悪事を働く分には、どうでもいいが。
身近に迫っているなら、話は別だ。
ガルシア達がギルドで獲物の売却をしている間に、首尾良く泊まっている場所をリーシュアリアは聞き出し。
そして今、二人は街の北西部。
小壁に近い、奴隷商の倉庫の側まで来ていた。
この辺りは地元商人の倉庫が多くあり、通る者といえば、彼らが共同で雇った警備の者が数人だけ。
苦労せずに、奴隷商の倉庫が見える狭い路地を見つけ、二人はそこに潜む。
「倉庫と言っても普通の家に近いわね。ああ、でも扱う物が人間なら…………」
「こういうこった。そういえば、お前がこういう所に来るのは初めてだったか」
リーシュアリアは奴隷ではあるが、奴隷商に売られて奴隷になった訳ではない。
彼女の場合、アベルが無理矢理に奴隷とし側に置いてるだけなのだ。
ともあれ。
「平屋建てで、出入り口は表と裏。…………見張りが居ないな、不用心な。首輪に上等なのを使ってる気配もないが…………」
「あら、首輪に上等なのってあるの?」
自らの首輪を気にしつつ、リーシュアリアは問いかけた。
「材質なんかもそうだけどな、高級なのは魔法がかかってるんだ。逃亡防止や主人の意志で懲罰を与える様なのがな」
「ふぅん、私のは?」
「残念ながら、その時手持ちだった竜種の皮の首輪だな、加工費ぐらいしかかかってない」
ドラゴンの皮の首輪。
素材としては上等だが、何故魔法は無いのか。
少し不満気に彼女が睨むと、アベルは口元を歪めて綺麗な黒髪を撫でた。
「お前は俺がいないと生きていけないし、一人では容易に死ぬことすら出来ないだろう? ――――それに、俺の事を愛してるんだ。魔法なんてなくなって、十分さ」
「嫌な人、解放してくれたら清々するのに」
心底嫌そうな口調とは裏腹に、リーシュアリアは頬を赤らめ、アベルの外套をきゅっと握った。
「嫌な人ついでに、頼みごとだ。――――『手遅れ』な者の気配はあるか?」
気軽さの中に、棘が含まれた言葉。
彼女は目を閉じ、彼女にしか解らない『何か』を探る。
「――――、居ないわ」
「やっぱりか」
「やっぱりって、何か気づいていたのなら言いなさいよ」
口を尖らせる彼女に、アベルは倉庫を眺めながら言った。
「確証は無い、だがすぐに判る事だ。行くぞ」
「はいはい、中に入って殺すの? それとも外で?」
歩き出す彼の背中を追って、リーシュアリアを路地から出る。
「外だ、お前はそこの木の陰に居ろ。合図したら縛り上げて外にだせ」
出来るなとは、聞くまでもない事だ。
リーシュアリアも何も言わず、アベルは格子の無い唯一の窓に手をかける。
(なんだ、鍵もかかってないぞ?)
管理が徹底していないという事は、それだけ商会が落ち目なのか。
それとも、ガルシアという少年の性格故か。
答えはその両方であったが、アベルはこれ幸いと忍び込む。
(これだけ不用心だと、いっそ罠だと思えてくる)
音も無く中に入ったアベルが見たのは、腹を出して暢気に寝ているガルシアの姿。
そして机の上には、件の魔法薬が、作成途中の物と一緒に置いてある。
(――――今回は『外れ』か? いやしかし、『プルガトリオ』『天獄への道』、その二つの名を知っているんだ、無関係では無い筈だ)
机の上にある材料には、『天獄への道』に必要なあるべき『液体』が無かった。
もしそれがあるのならば、先程リーシュアリアの探知に引っかかっていた筈。
(総ては、コイツを起こしてからか)
アベルはそれらを、証拠として押収すると、小声で呟く。
「――――やれ」
その瞬間、窓から黒い太縄の様な物が六本飛び出し、先日ダリーがそうなった様に、声も出せず身動き一つ出来ない状態になって、窓から運び出された。
□
「さて、目が覚めたかな? 冒険者ガルシア」
さっきの路地にて、アベルは顔も声も隠さずガルシアの正面に立ち、腹に一発。
「っ!? ~~~~もがもがもがっ!?」
「こんな夜分にすまないな、ちょっと聞きたい事があるんだ。――――ギルドナイトとして、だ」
ガルシアの後ろにはリーシュアリア。
こちらは念のために黒いローブを着て、フードを目深に被り、無言。
頬にナイフがぺちぺちと当たる、冷たい感触。
そして身動きできない状況に、ガルシアは漸く事態を把握した。
「今から口枷を外してやるが、――――大声を上げたら殺す。こちらが嘘だと判断したら殺す、上手く囀れば…………なぁ、判るだろう?」
正義か悪かで断じれば、アベルは正義の側だが、まるで悪党の様なやり方に、リーシュアリアは何とも言えない表情をする。
(…………ええ、そうだったわね。旦那様は手段も方法も選ばないんだったわ。――――昔はもっと正しい人だったのに)
少なくとも、こういうやり方はしなかった。
正々堂々と、真正面から問いただす青さを若さと熱意を。
(でも、それはきっと)
全ては自分の所為だと、暗い悦びを感じながらリーシュアリアは沈黙を守りながら、ガルシアの口枷部分を緩める。
そして、尋問が始まった。
「先ずは一つ目、――――『天獄への道』とは何だ?」
ガルシアは、顔を青くして震えながら答える。
「し、知らない…………。オレはただ上に言われて、その名で適当な薬を広めろって…………」
アベルは彼の作った薬を取り出し、リーシュアリアに見せる。
彼女は首を横に振り、アベルは頷いた。
「いいだろう、では次だ。『プルガトリオ』について話せ」
「そ、それも、同じだ。上から薬と一緒に語れって…………」
「他には?」
ぺちぺちと、ナイフで頬を叩かれるガルシアは、必死に記憶を手繰って言葉を紡ぐ。
「ひっ、ひぃ。あ、うっ、はっ。そ、そうだ。思い出した、確か、そのプルガなんちゃらから切られたからっ、ふ、復讐だって、そんな事を…………」
「成る程、良い情報だガルシア」
この言葉が真実なら、ガルシアと奴隷達は『汚染』されておらず、アベルが手を下す必要は無い。
(奴隷商会を詳しく調べる必要があるな)
プルガトリオというのは、人類に仇なす秘密結社だ。
街中で悪さをしたり、政治の場に干渉する様な真似はしないが、その分滅多に表舞台に姿を表さない。
代わりに彼らは、――――魔獣を使う。
それ故にどの国家からも、ギルド上層部からも危険視されている。
(『切られた』ってこたぁ、証拠が残ってるかどうか怪しいな、だが人の記憶は残る。殺されてなきゃ、証言が引き出せるか)
必要な事は聞いた。
後は、ガルシアの処分はどうするかだが。
口止めして解放、とアベルが考える前に彼が弱々しく懇願を始めた。
「な、なぁ、アベルさん…………オレの命はどうだっていい、いや惜しいよ。でもどうせ助からないのなら、せめてガキ達だけでも助けてくれないか…………」
ほう、とアベルはガルシアを見た。
傾いた悪徳奴隷商会にとって、子供の奴隷など使い捨てに等しいだろう、だから少しでも値がつくようにガルシアに任せている。
一方ガルシアは冒険者だ。
商会に従わない理由が何かあるのかもしれないが、基本は命優先。
(ガキ共の命を優先するか、こいつもまだ若いだろうに…………)
アベルは考える。
元より、黙っていてくれさえいれば、手出しはしないが。
(そういや、魔法薬を作れるみたいだな、特段秀でた腕前って訳じゃあないが)
貴族や冒険者の世界にいれば、錯覚しそうだが。
そもそも魔法使いの素質を持つ者は少ない、そして、イレインの様な技術を持つ者はもっと。
魔法薬の世界も同じだ。
(手近に作れる奴が居るなら、貸しを作っておいて損は無いな)
アベルはニカっと笑うと、リーシュアリアに拘束を解く様に目で合図する。
彼女は彼を解放するや否や、常人では視認できない早さで物陰に隠れた。
「良い心がけだガルシア。――――安心しろ、お前もガキ共も、命までは取らない」
「ごほっ、ごほっ。はぁ、はぁ。…………何か、条件があるんですね」
喉を押さえながら、恐る恐る聞くガルシアに、アベルは言った。
「一つ、今夜の事は誰にも話すな。――――理由も、破った場合の罰も理解できるよな?」
「二つ、奴隷商会は近々、ギルドと国によって潰される。勿論、お前とガキ共の解放は約束しよう。希望があればこの街で暮らせるように手配してやる。――――勿論、解るな? これは『貸し』だ」
「アベル、さん…………?」
無罪放免どころか借金まで帳消しになり解放されるという事実に、ガルシアは暫し呆然となり。
そして、涙を流し始めた。
「ありがとう、ございます…………ううっ、本当に、ありがとうございます――――」
「お前自身の幸運に感謝するんだな、ほら、ガキ共に気づかれない内に帰れ」
「はい、はい――――」
ガルシアは、何度もアベルに向かって頭を下げながら、戻っていった。
彼が完全に見えなくなった頃、リーシュアリアが出てくる。
「すっかり悪党になったわね、ギルド辞めて盗賊の頭にでもなったら?」
「ならお前は、頭の情婦か姐さんって所だな」
「口の減らない男、それで、この後はどうするの?」
「件の奴隷商を潰す手伝いぐらいはするさ、後はまぁ、根回しは任せた」
「結局、私任せなんだから…………」
不満そうな表情もまた美しいと、アベルはリーシュアリアの腰に手を回しながら、帰途についた。
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